第8話「キツネの神さまがバチを当てる」

 聞こえたのは、子どもの声だった。

 ひとりじゃない。何人もの子どもが声を張り上げてる。

 内容は──



「お前みたいな奴がいるから、村のみんなが困ってるんだ!!」

「魔物が現れたのもお前のせいに決まってる!!」

「お前がいなければ、村は平和になるんだ! さっさと死ね!!」



 なんだこれ。

 集団がひとりをののしってるような……?


「ハツホさま!」

「行ってみるのじゃ!!」


 俺たちが向かったのは村はずれだ。

 そこには村を囲むさくと、広場があった。

 遊び場になっているのか、たくさんの子どもたちが集まってる。

 大人もいる。ひとり……いや、3人も。



 数人の子どもたちが……ひとりの少女に石を投げつけている。



「なにしてんだこらぁ!!」


 思わず、俺は走り出していた。

 少女の前に立って、さやに入ったままの剣を振る。

 弾かれた石が地面に落ちる。って……危ねぇ。


 石のサイズは拳大こぶしだいくらい。

 こんなの、人にぶつけるものじゃないってのに。


「なにやってるんだ。お前たちは!!」

「…………?」


 子どもたちは答えない。

 逆に「なんで邪魔じゃまするんだろう?」「意味わかんない」って顔で俺を見てる。


「大人がいるのに、なんでだまって見てる!?」


 俺は側にいた大人の男性にった。


「この子を殺す気か? どうして子どもに石をぶつけてるんだ!? なんで大人がそれを止めないんだよ!?」

「……あんたたちは誰だ?」


 大人のひとりが口を開いた。


「よそ者が、村のやり方に口を出さないでもらいたいな」

「俺は『ゴーズ大公家』より、この村を救うクエストを依頼された者だ」


 俺は管理者ツヴァイを指さした。

 さっきからずっとついてきてたんだよな。この人。

 俺たちが村人から証言を聞こうとして……失敗するところも、黙って見てた。

 管理者はクエストのやり方には干渉かんしょうしないってことだろう。


 だけど、これは話が別だ。

 村人たちが『あんたたちは誰だ』って聞いてるんだからな。

 不審に思われないように、管理者も身分を明かす義務があるはずだ。


「いかにも。自分は『ゴース大公家』に所属する者で、名をツヴァイと言う」


 管理者は胸のペンダントをあらわにした。

 つばさある蛇の紋章もんしょうが現れる。

『ゴーズ大公家』のしるしらしい。


「ああ、クエストの参加者さまでしたか。これは失礼」


 大公家の紋章を見た男性が、表情を変える。

 彼は管理者に向かって、深々と頭を下げて、


「お見苦しいところをお見せしました。ですが、その娘は『呪われた子』なんでね、こういう目にあうのは仕方ないんですよ」

「呪われた子?」

「……ちっ」


 俺の問いに、村人が嫌そうな顔になる。


「あんたには関係ない話ですがね。その子どもは……ハーフエルフなんですよ」


 村人の男性は言った。


 俺は少女の方を見た。

 彼女は、両手で耳をおおっている。

 指の間から、とがった耳がのぞいていた。


「ハーフエルフは邪神じゃしん崇拝すうはいしていると言われているんですよ。ご存じないんですか?」

「知らねぇよ。なんだよ邪神って」

「この世界では神と認められなかった者たちです」


 男性は吐き捨てた。


「その者たちを崇拝すうはいする者のまわりでは、よくないころ起こると言われております。みんな言ってますよ。この村に災いが訪れたのは、こいつの責任だって」

「そんなことあるわけないだろ」


 俺はハツホさまの方を見た。


 ハツホさまは異世界の稲荷神いなりしんだ。

 異世界の神さまだから、この世界では神として認められていない。

『この世界では神と認められなかった者』が邪神なら、ハツホさまも邪神ということになる。


 そして、俺はハツホさまを崇拝すうはい……というか尊敬している。

 もちろん、悪いことなんか起きてない。

 というかハツホさまに悪いことをしたのは俺の方だ。

 俺のせいでハツホさまはこの世界に来ることになったんだから。


 でも、俺はハツホさまのおかげで『神クエスト』に参加できるようになった。

 悪いことなんか起きてない。逆に良いことが起きてる。

 つまり、神と認められなかったものを崇拝すうはいしても、悪いことは起きない。


 というか……邪神とかそういうのは関係ないだろ。

 集団で子どもに石をぶつける方が邪悪だ。なんでそれがわからない?

 他人に文句をつけるなら、鏡で自分をよく見てからにしろってんだ。


「クエストの参加者としてたずねる」


 俺は男性を見据みすえて、告げた。


「あんたは、この子が邪神を崇拝すうはいしているところを見たのか?」

「いいえ」


 男性は首をかしげた。


「家捜ししてみましたがね、そんな気配はありませんでした。しかし、みんなこいつが邪神をあがめていると言って……」

「誰が言っている? あんたか?」

「い、いえ。私では……」

「ここにいる子どもたちか?」

「…………」

「家捜ししても、邪神崇拝の証拠は見つからなかったんだろ。だったら無実なんじゃないか?」

「それをこれから実験するところです」


 男性と子どもたちは、再び石を手に取った。


「村のまわりには魔物が発生し、討伐とうばつのためにクエストが行われるほどになっています。この子がいなくなれば魔物が消えるかどうか、実験しているのですよ」

「わかった……魔物は俺たちが倒す」


 俺は大人たちをにらみ付けて、告げた。


「だから魔物の居場所いばしょを教えろ」

「え?」

「魔物がいなくなれば、その子を攻撃こうげきする理由はなくなるんだよな? だから、魔物の居場所を教えろ。お前は魔物を消すために子どもに石を投げつけようとしてるんだよな? 魔物がいなくなれば、その必要もなくなるんじゃないか?」

「………………あーあ」


 男性は石を地面に投げ捨てた。

 子どもたちも同じようにする。


「よそ者はノリが悪くていけねぇ。しらけちまった。さあ、みんな帰ろう」

「おい。魔物の居場所を教えていけよ」

「すみませんがね、誰が魔物を討伐とうばつするかは、もう決まってるんですよ」


 男性は唇をゆがめて、笑った。


「それはあなたじゃない。えらーい人が、村を救ってくださるんです。あんたは指をくわえて見ていればいいでしょう?」


 そう言って男性と子どもたちは立ち去った。


 俺はハツホさまに耳打ちしてから、それから、少女に近づいた。

 少女は両耳を押さえたままうずくまっている。

 話を聞こうと、俺がしゃがむと──



「「「せーのっ!!」」」



 後ろで、声が聞こえた。

 振り返ると、男性と子どもたちが石を投げるところが見えた。

 やっぱりな。やると思ってた。


「ハツホさま!」

「承知なのじゃ! いでよ、稲荷千歳ノ門いなりちとせのもん!!」


 ハツホさまが指を振ると──俺と子どもたちの間に鳥居とりいが現れる。

 奴らが全力投球した石は鳥居をくぐって、消える。


「──な、なんだ!?」

「──石が消えたよ?」

「──ど、どこに……」


「悪さをする者たちには……こうじゃ!!」


 ハツホさまが天を指さす。


 もうひとつの鳥居は、男性と子どもたちの頭上にあった。

 真横に倒れたような状態で、入り口を地上に向けている。


 そして──



 ──ひゅーん。



 空中の鳥居から石が飛び出した。

 さっき男性と子どもたちが投げた石だ。


 ハツホさまは鳥居とりいと鳥居をつなぐことができる。

 ハツホさまが最初に置いた鳥居は、男性と子どもたちが投げた石を飲み込んだ。

 その出口を、ハツホさまは空中の鳥居に設定したんだ。


 石は、奴らが投げたいきおいいのまま、鳥居から飛び出す。

 そして──そのまま男性と、子どもたちへと降り注いだ。



「ぎぃあああああああっ!!」

「い、痛い!? なんで!?」

「なんでこんなひどいことを!?」


「『ひどいこと』はこっちのセリフじゃ!!」


 ハツホさまが一喝いっかつする。


「天につばすればそのまま返ってくる。人に危害を加える石も同じじゃ!! 反省せい!!」

「ひぃいいいいいっ!?」


 男性と子どもたちは頭を押さえながら、逃げていった。

 それから、ハツホさまは管理者ツヴァイを見据みすえて、


「お主! どうしてだまって見ておった!!」


 ハツホさまは眉をつり上げて、さけんだ。


「子どもがよってたかって石を投げつけられておったのじゃぞ!! 神の使いであるなら……いや、そうでなくとも、だまって見てなどおられぬはずじゃ!! 違うかっ!?」

「管理者の役目は、クエストを円滑えんかつに進めること」


 ツヴァイは淡々たんたんと答えた。

 まるで機械きかいのような口調だった。


「クエストに不備がないかを確認するのが役目。その他のできごとは自分の管轄かんかつではない」

「お主の神は世をただすためにクエストを主催しゅさいしたではないのか!?」

「『神クエスト』を行うことで、世界はよくなっていく。世界がよくなれば、いつかその子どもも救われる。なにも問題はない」

「……お主の神とは相容あいいれぬようじゃ」


 ハツホさまは苦々にがにがしい口調だった。


 俺もハツホさまと同意見だ。

 クエストを主催しゅさいしている神は、俺たちとは考え方が違う。

 世界は救うけど、個人の不幸には興味きょうみがないらしい。


「管理者に質問します。邪神とは?」

「管理者が答えるのは『神クエスト』に関する質問のみ」


 ツヴァイは答えた。

 俺は少し考えてから、


「俺たちの目的は『村のわざわいを排除はいじょする』ことにある。そして村の連中はこの子を、邪神を崇拝すうはいしているかもしれないという理由で迫害はくがいしていた。その意味を知ることはクエストに関係しているはずだ」

「……質問を検討…………了承りょうしょう


 しばらくして、管理者ツヴァイがうなずいた。


「エルフは昔、風と水の神エーテルを崇拝すうはいしていた。だが、エーテルは8柱の上級神に含まれていない。ゆえに、エルフの勢力がおとろえるごとに崇拝者すうはいしゃっていった。今はあがめるものもない。それを邪神と呼ぶか、まつろわぬ神と呼ぶかは人の自由」

「邪神じゃないだろ。それは」

「人の自由。神は関与しない」


 管理者ツヴァイは同じ言葉を繰り返した。


 これが上級神アーカルトの部下のやり方か。

 上級神は人間の世界を救うために『神クエスト』を運営する。

 でも、上級神の部下は……目の前の子どもを救わない。個人の不幸には興味を持たない。

 この世界の神とは、そういうものらしい。

 ハツホさまとはえらい違いだな。まったく。


「怪我はない? 大丈夫?」


 俺は少女に声をかけた。

 少女は、びくん、と肩をふるわせて、それから、顔を上げた。


 幼い少女……いや、今の俺と同じくらいの年齢に見える。15歳くらいかな。


 髪は銀色。大きな赤い目がうるんでいる。

 白い肌のあちこちにアザがある。

 彼女がこんな目にあったのは、今回が初めてじゃなみたいだ。


「もう大丈夫だ。石をぶつけようとしていた人たちは、どこかに行ったよ」

「……ありがと……ござ……ます」


 少女はかすれる声で、答えた。


「でも……平気です。こんなの……慣れてる……から」

「……そっか」


 俺は少女と視線を合わせてから、


「俺はトウヤ・ナーランド。冒険者だ。この村のクエストに参加するために来たんだ」

「我はハツホ。トウヤの守り神……みたいなものじゃ!」

「は、はい。私は……レジーナと言います」


 少女レジーナは深々と頭を下げた。


「助けてくれて……ありがとうございました」

「それはいいんだけど……」


 決めた。この子から話を聞こう。

 そして……できれば、この子の問題を解決したい。


『神クエスト』の最中さいちゅうだけど……まあいいや。

 どのみち、普通にやっても上位貴族たちには勝てないからな。

 あいつらは情報を独占どくせんしてるし、村人たちもあいつらに味方してるし。


 だったら、今はこの子を優先しよう。

 上位神も使徒もこの子を救わない。でも、俺は、あいつらと同じことをしたくない。

 世の中の理不尽りふじんに振り回されてるのは、俺も同じだからな。


「事情を聞かせてくれるかな。もしかしたら、力になれるかもしれない」


 そうして俺たちは、少女レジーナの話を聞くことにしたのだった。

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異世界の神が運営するクエストでポイントを稼いで楽勝生活を送ります。転生したらご近所の神様がついてきました -お狐神さまとぶらり旅- 千月さかき @s_sengetsu

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