腐体保土(ふてほど)
瘴気領域@漫画化してます
不適切にもほどがある
今年の流行語大賞が「ふてほど」になったと聞いて、僕は心臓が凍る思いがしました。しかし、よくよく確かめてみるとドラマのタイトルの略称なんですね。うちのアパートにはテレビを置いていませんから、そんなドラマが流行ってたなんてぜんぜん知りませんでした。ネットはもちろんつないでますけど、SNSでは馬鹿話ばかりしてますし。
ああ、「ふてほど」と聞いてなぜ驚いたのか。それをまだお話していなかったですね。ええっと、お恥ずかしい話なのですが、僕の地元っていわゆる因習村ってやつなんですよ。
因習村、知りませんか? 変な風習がいまだに続いている田舎の辺鄙な村。「お前か! あの祠を壊したのは!」みたいなの、SNSでさんざん擦られてたじゃないですか。
あんなの、現実には存在しないって思うじゃないですか。
まあでも、リアルにあるんですよ、因習村。
なんで表沙汰にならないのかって言うと……それは僕自身、地元を出て東京の大学に進学してからわかりましたよ。地元じゃ当たり前のことだから、それが変なことだなんて気が付かないんですね。特別なことだと思わないから、SNSなんかでもわざわざ発信しない。変だって気がついたら、今度は恥ずかしいから発信しない。
私もKが……あ、サークルの友だちです。Kが交通事故で死んだりなんかしてなければ、いまでも地元が因習村だったなんて気が付かなかったと思います。
Kの葬式の帰り道、一緒に行ったNに向かって、何の気なしに言ったんですよね。
「あいつ、実家のマンション暮らしだったよな。ふてほどすんのも大変だろうなあ」
「ふてほど?」
Nが不思議そうな顔をして僕を見ました。
僕は滑舌が悪いから聞き取れなかったのかなと思い、「ふてほどだよ、ふ・て・ほ・ど」と区切って言いました。Nはしばらく考えて、
「不適切にもほどがある、だっけ?」
何を言ってるんだろう、そう思いました。
いま思い返せば、あの頃から流行っていたドラマなんですね。
「違う違う、ふてほど。腐体保土だよ。お前、葬式の常識も知らないのかよ」
「はあ」
このときの僕は真剣にそれが常識だと思い込んでいたのです。
Nには日頃から「田舎者の常識知らず」とからかわれていたので、ここぞとばかりにやり返すつもりで教えてやりました。
「誰かが亡くなったら、ご遺体を天井裏に仰向けに寝かせるだろ。床下から掘ってきた土と一緒にな。それから口と肛門に節を抜いた竹を挿して中が詰まらないようにするだろ。肛門に挿した方の一端は部屋の中まで樋を繋いで、四十九日まで待つ。腐って溶けた内臓が流れ落ちてくるから、それを味噌汁に入れたりして飲むじゃん。そうしないと鬲るュが蜿励¢邯吶′繧ないから。そういうの知らないの?」
いい気になって早口でまくしたてると、Nは目を丸くして、それから顔を歪めて、「こういうときに冗談とか、最悪だな、お前」と怒って僕を置いて帰ってしまいました。
何がいけなかったのかわからなかった僕は、自分の方こそ何かマナー違反をしてしまったのかもしれないと、帰ってからネットで葬式のマナーについてあれこれ調べました。何時間かけたでしょうか。腐体保土なんて風習はどこにもないんですよね。いや、ここで初めて地元が因習村だったって自覚して、青くなりましたよ。
変な噂が立っちゃいけないと思って、Nには「あんな冗談を言って悪かった。僕が言ったことは忘れて、誰にも言わないでくれ」と土下座する勢いで頼み込みました。Nは僕の勢いに気圧されたのか、若干引き気味に了承してくれました。
そんな因習のある村の出身だなんてバレたら、恥ずかしくて大学に行けなくなっちゃうところですから、大げさじゃなく九死に一生を得た気持ちでしたよ。
はあ、それで、どうしてわざわざ自分の恥になるようなことを話しているかと言うと……やっぱり、子どもの頃からの習慣って、それが因習だとわかっていても失くせないものなんですよね。理性とは別問題っていうか。もはや本能的っていうか。
でも、何にも知らない人に因習を押し付けるのも違うじゃないですか。
だから、いまこうして説明しているんです。これから僕がすること――腐体保土にはこういう意味があるんだよって。君の鬲るュは僕がちゃんと蜿励¢邯吶$から安心してって。
今更こんな説明をしたところでもう意味がないのかもしれないけど……。
決して君の遺体を辱めようとか、そういうつもりじゃないってことはちゃんとわかってほしくってさ。
(了)
腐体保土(ふてほど) 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます