距離感

佐伯明理

距離感

そろそろ今年の終わりが近い。そんな折、ふいに思い出した昔の話。


あれは高校生のころ、中学時代から付き合いのある男友だちと二人、観覧車に乗った。

今思えばかなり残酷なことをしでかしたものだ。

付き合いが始まってから通算2度も告白され、2度とも振った相手なのだから。


ただ、わたしもそれなりには好きだった。

その好きな気持ちが恋愛的なものなのかどうか、測りかねていたからこその行動だ。


正直、今となってはそのときにした会話も思い出せないほど色あせている。

それでもあのとき乗った観覧車の赤色は鮮明に思い出せる。

観覧車が軋む音も、高所に昇る時のドキドキも。

五感にはしっかりと刻まれているのだ。


むしろ五感だけが鮮明だからこそのノスタルジーを感じるほどに。


思い出せるのはひとつ、別れ際の光景。


「ごめんね、やっぱり付き合えない」


彼はそう言うわたしに何か言っていたと思うが、それすらも曖昧だ。

ただ、携帯に入っていた連絡先やオンラインゲームのアカウントを消した記憶だけが残っている。

あまりに何事もなく静かに終わりを告げたものだから、それ以降の彼のことは何も知らない。


そのとき、チャイムが鳴る。

いつの間にか子どもたちが帰ってくる時間になっていたらしい。どっちだろうか。

扉を開けながら考えていると、「寒かった~!」という声とともに下の子が顔を覗かせた。


それから、わたしはいつものように子どもたちと何気ない会話をしながら、コーヒーを淹れに行く。

一つを夫の席に置くと、定位置に戻ってパソコンを眺めながら、コーヒーをすすった。


【終】

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距離感 佐伯明理 @SaekiAkari

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