第3話

「まさか初戦で相まみえるとはな」



 第三訓練場――円状のバトルフィールドに観戦席が取り囲んでいる――にてダイヤは『新人戦』の初戦でリスタと戦うことになった。


 『新人戦』は全部で10回戦あり、その後、体育祭の本戦が始まる。ダイヤはリスタと戦うならば本戦だろうと思っていたのだが、その予想は大きく外れ、まさかの初っ端から本丸と相成った。



「ダイヤさん……またこうして戦える日を楽しみにしていました」


「楽しみ……だと?」



 リスタの言葉にダイヤは眉を顰める。自分にとっては宿敵でありながら相手は享楽を抱いている……その事実に彼は信じがたい思いでいた。



「はい。私、子どもの頃から魔法が大好きで、魔法の方も私に答えてくれて……だから周りからは天才だって言われるんです、けど……そのせいで、私と魔法比べをしてくれる人がいないんです。『リスタは天才だから敵いっこない』って」


「ふん、軟弱なやつらだ。敵う敵わないの問題で挑まんのではない。勝ちたいから挑むのだというのに」


「ダイヤさん……!」



 リスタはダイヤの言葉に眉を綻ばせる。自分にとってはただの友人でありながらも相手は明確な向上心でもって挑んでくれている……その事実に彼女は嬉しく思っていた。



〈両者、準備は整いましたね? それでは、始めてください!〉



 アナウンスが流れ、試合開始のブザーが鳴らされる――それと同時にダイヤは小杖を振るって魔法陣を展開する。五種類の魔法陣に12の詠唱……それが意味するのは第五階梯の魔法。


 ダイヤを取り囲むように水晶の柱が現れ続け、遂にはそれが脚となって立ち上がり、大きく、そして重々しく起動したのだ。



「——《不壊晶巨人の起動ショー・マスト・ゴー・オン》。これが俺の作り上げた最大の魔法だ。かかってくるがいい」


「……すごい、魔法…………!」



 ダイヤの声が巨人の中で反響して響く。リスタはその巨大さに自然と息を呑む。



「さあ来い。貴様の魔法を全て受け止めた上で勝利してやる!」


「私も、本気で行きますね!」



 ダイヤを乗せた巨人が一歩ずつフィールドに足跡を残しながら着実とリスタに近づいていく一方で、リスタもまた自身の魔法を練り始めた。


 当然ながら杖はなく、詠唱も、はたまた魔法陣すらない初級魔法にしかありえない発現方法。しかしその手元にはあの時発現したようなこの世のものとは思えない魔力が炎となって揺らめいていた。



「喰らってください――《獄焦炎ダイヤ・メルト》!」



 地獄のような色の炎がダイヤの巨人に向けて放たれる!


 まるで爆撃を何重にも重ねたような残響が観客席にまで響き渡り、観客を守る強大な障壁にもひびが入るような衝撃が襲う。


 塵すら、空気すら焼き尽くすようなその爆炎は黒煙すら起こすことなくフィールドを、巨人の向こうの壁すらも溶かし崩してしまうほどだった。


 さしもの観客もダイヤの終わりを悟って息を呑む……しかし。



「本当に……すごい……!」



 ダイヤの巨人は、無傷だったのだ。



「これが俺の実力だ。驚き崇めるがいい!」



 ダイヤの声に呼応するかのように観客から歓声が弾ける。あの時は手も足も出ずに敗北したあの炎をダイヤはついに越えて見せたのだ。



「私の全力に耐えられる人がいるなんて……この学園に来てよかった……!」



 バトルフィールドが自己再生機能で回復していくのを察しながら、リスタは次なる魔法を構える。



「まさか、この程度で終わるわけではあるまい――」



 ダイヤもまたリスタに近づこうとして――巨人が塵になって消える。



「え……?」



 リスタが息を零しながら倒れ伏していくダイヤの姿を目で追いかける。



〈ダイヤ=バーナム、魔力切れにより敗北! よって勝者、リスタ・シエラ!〉



 アナウンスはそれだけ伝え、試合終了のブザーを鳴らした。











「ここは……」



 ダイヤ=バーナム・ジェムケイブは医務室のベッドで目を覚ました。


 短く整えた銀髪を枕に沈め、心地よい睡眠から蒼い瞳を開いて天井を仰いで自分がどこにいるか把握して……飛び跳ねるようにシーツをはがして起き上がる。



「お目覚めですか、ダイヤ様。ですがお身体はまだ完全に回復なさっていないでしょう」


「……エトア」



 隣に居た同じくエクスデイ魔導学園の制服を着た猫の獣人の従者の少女、エトアがまだ寝ているように勧めたので、ダイヤはそれに応えるようにベッドに横になる。


 視界は明瞭で、肩に掛かる程度の金髪と大きく丸い碧眼が少女がエトアであることをしっかり確認できた。



「俺は……確か、いや、そうか。俺は負けたのだな。大衆の面前で堂々と」


「ええ。ご立派な姿でした」


「そうだろうな」



 ダイヤはエトアの言葉を皮肉ではなく賞賛として受け取り――実際、エトアは本心で賞賛していた――医務室の天井を見やる。


 何もない、真っ白の空間……まるで今のダイヤの心境のようだった。



「だが、これで終わりではない」


「はい」


「一度は完璧に受け止められたのだ。いずれ全てを受け止める日も近いだろう」


「ええ」


「魔力切れだというなら奴に勝るくらいに鍛えてやる。今より奴が強くなるというのなら俺はその倍の努力をしていつか追い越してやる」


「そうでしょうとも」


「…………だから」


「……はい」


「今は、泣いていいだろうか」


「ええ、よろしいように」



 エトアは主人に恥をかけないように医務室を出ていく。今は医務室には誰もいない。











 そして来たる体育祭の『新人戦』本戦。


 そこには残る9戦全てを勝利してギリギリで本戦に滑り込んだダイヤの姿があった。

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『主人公』に挑み続けるかませ優等生の話 さくらます @2325334

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