第15話
アンドレイはアルバートの剣戟を素早い身のこなしでかわす。
アンジェリーナはそれをはらはらとしながら見守る。父王も冷静な目で見ていた。
キィンと剣のかち合う音が鳴る中でアルバートは相手の間合いに踏み込んだ。
「…てぃっ!」
掛け声と共に剣を横に薙いだ。が、アンドレイは後ろに飛び退いてかわした。自分もアルバートとの間合いを詰めて斜めに袈裟斬りをする。
「くっ」
アルバートは後ろに足をずらしてかろうじて避けたが。右肩にかすり傷ができてしまう。アンドレイはさすがに大陸で最強と呼ばれるスルティア帝国皇帝の息子なだけあってかなり強い。
これでは自分は負けてしまう。そんな不安がジリジリと自分の心を焦がす。イライラも混じってアルバートはアンドレイに闇雲に剣を向ける。
アンドレイも冷静にかわしながら相手の隙を伺う。
(私はアンジェリーナ姫と婚約を結びに来たというのに。何故、今頃になってスルティア皇国の皇太子が邪魔をしにくるんだ?!)
自身の中の苛立ちをもて余しながらアルバートは冷静さを失っていた。アンドレイは思いっきり、自分の剣を真上から振りかぶった。そして、跳び跳ねてアルバートに重い一撃を与える。とっさに反射で剣を横に持ちかまえてそれを受け止めた。ギィンと一際大きな音が鳴りアルバートの剣が真っ二つに折れた。アンドレイの剣戟はアルバートの右肩から左胸、脇腹を切り裂いた。アルバートは呻き声をあげて右肩を左手で押さえた。
そのまま、膝を絨毯の上についてしまい、アルバートは座り込んでしまう。
アンドレイはそんな彼の顔に剣をそのまま突きつけた。
「…アルバート。お前は俺に負けた。よって、アンジェリーナとの婚約は白紙に戻す」
「…どういうことだ」
「言った通りだ。お前はルクセン国王と王女を害しようとした。よって、アルバートは今からこの国とスルティア皇国では罪人として扱う。牢獄へ連れていけ」
冷淡にいい放つとアンドレイは騎士たちに目配せをした。命を受けた騎士たちが剣や槍を持って深い傷のせいで動けないアルバートを取り囲む。
「姫。あなたは妹や義母君、弟君たちだけでは飽きたらず、わたしまでも罪人にした。やはり、出会ったあの日の夜にあなたを殺しておくべきだったな」
「…殿下?」
アンジェリーナが問いかけるとアルバートは青い瞳を皮肉げに細めた。
「あなたは恐ろしい人だ。やはり、魔女というのは本当か」
「うるさい。お前に言われる謂われはない。黙っていろ」
アンドレイが冷たくいい放つとアルバートは黙った。騎士たちによりセドニア皇国皇太子だった青年は牢獄に連れていかれた。
アルバートがルクセン王国に捕らえられたという知らせはすぐにセドニア皇国皇帝にもたらされた。皇帝は息子のやった所業に呆れ返り、処遇はルクセン国王とスルティア皇国皇太子のアンドレイに任せると書状で伝えてきた。
アンジェリーナは精神に痛手を負っており、アンドレイが父王と共にアルバートの処断などについて動いていた。自室にてゆっくり休むように言われたアンジェリーナは申し訳なく思いながらもアンドレイや父王の言葉に甘えた。
侍女たちもアンジェリーナを気遣い、消化に良い食事を持ってきてくれたり疲れに効くハーブティを入れてくれたりした。時には寝室に追いやられる事もありアンジェリーナは戸惑ってしまう。
そんなこんなで一週間が過ぎ、アルバートの罪状が決まった。それをアンドレイが知らせに来てくれる。
「アンジェリーナ。アルバートの処断について決まった。一応、セドニア皇国に身柄は移す。そちらで皇帝に処断を任せる予定だ」
「そうですか。何から何までありがとうございます。アンドレイ様」
アンジェリーナが礼を言うと気にするなとアンドレイは笑った。
「君が礼を言う事ではない。むしろ、アルバートに対しては怒ったっていいんだぞ」
「そうですね。けど、怒る気持ちになれなくて」
アンジェリーナが苦笑いしながら言ったらアンドレイは彼女の金の髪をくしゃりと撫でた。驚いたアンジェリーナが彼を見ると優しく目を細めていた。
「まあ、無理はするな。妹姫や義母君たちの事で立ち直れていないのはわかっている。まだ、一月も経っていないしな」
「はあ。そうですね」
「アンジェリーナ。そうだな、この件が片付いたらスルティアに戻ってこい。弟のアンソニーにも話しておかないといけないしな」
「わかりました」
アンジェリーナが頷くとアンドレイはまだ仕事があるからと言って部屋を去っていった。それを見送りながらアンジェリーナはため息をついたのだった。
アンドレイと父王によりアルバートはセドニア皇国に身柄を移された。截断は皇帝に委ねられる。アンジェリーナはもやもやとした気持ちを抱えながらもスルティアに戻る支度をしていた。侍女たちが大半をしていたがアンジェリーナも細々としたものをカバンに詰め込んだりしていた。主に化粧品などたが。
「姫様。今回は大変でしたね」
そう侍女に言われてアンジェリーナはゆっくりとハーブティを飲んだ。
「本当ね。セドニアの皇太子殿下が裏で糸を引いていたとは思わなかったわ」
「まったくです。姫様や妹姫様が狙われて。王妃様もセドニアの皇太子様にそそのかされたと聞いています」
「ジェマ。あなた、なかなかいうわね」
アンジェリーナが話していた侍女とはカイルの監視役をしていたジェマである。ちなみにレオンもカイルの出奔後に役目を解かれて王都に戻ってきていた。ジェマは新しいハーブティをアンジェリーナの持つカップに注いだ。薬草的な香りが部屋に充満する。
ジェマとアンジェリーナはぼんやりとしながらも互いに苦笑しあった。
「ジェマ。スルティアからルクセンに戻ったらすぐに父様は退位なさると思うわ。そして、わたしの戴冠式とアンソニー様との結婚式が行われる。仕事はいっぱいあるわ。心して取りかかってね」
「わかりました。姫様」
お願いするわと言ってアンジェリーナはまたハーブティを口に含んだ。ほんのりとした苦味と甘味が広がり、気持ちを落ち着かせてくれる。
ジェマに笑いかけたのだった。
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