第14話

 アンジェリーナに対してアンドレイは飄々とした表情を見せた。


「姫。リョウから聞いたぞ。何でも、王妃が謀反を起こして幽閉されたと。カトリーヌ姫も国外追放されたらしいともな。後、弟君たちも王城にはいないのだろう?」

「…ええ。そのような事はありましたけど」

「そうか。では、今は君一人だけになったか」

 アンジェリーナは黙ったままでアンドレイを見据える。この方は何のつもりでこちらに来たのか。

 アンジェリーナは疑いを込めて問いかけた。

「アンドレイ様。何故、今のような時期にルクセン王国にいらしたのですか?」

「そうだな。まず様子見に来た事は確かだ。後はセドニアの皇太子を牽制しにかな」

「…牽制?」

 アンジェリーナが小首を傾げるとアンドレイは苦笑した。

「セドニアの皇太子はああ見えてなかなかの曲者だぞ。狡猾というか。頭が良いだけでなく恐ろしく切れる奴だ。俺は会った事が何度かあるからわかるがな」

「はあ。そうなんですか」

「姫。こう言っては何だが。セドニアの皇太子、アルバート殿だけはやめておけ。あいつと結婚したって国を良いように操られて乗っ取られるだけだ」

 アルバートの悪口を言いにわざわざ、ルクセンに来たのか。そんな気がしないでもなかった。

「アンドレイ様。では、アルバート殿下ではなくあなたと婚約した方が良いという事でしょうか?」

 アンジェリーナが問いかけるとアンドレイはふうむと唸って顎を撫でた。

「…まあ。それは言いにくい事だが。そうだな、俺は皇太子だから無理だな。けど、弟のアンソニーだったら王位継承権は低いから。婚約相手にはお勧めかな」

「そうですね。王位継承者が私以外いないとなるとアンソニー様とか国内の有力貴族のご子息に婿入りしていただかないと。国が立ち居かなくなります」

「そういうこと。俺はね、君に考え直してもらいたいと考えていた。だから、セドニアの皇太子との婚約は白紙にしたら良いと思う」

 アンジェリーナは真面目に言うアンドレイに舌を巻いた。アンドレイがこんな個人的な理由でルクセン王国を訪れていたとは。けど、彼の言う通りにしていいのかとも思う。

「姫。俺はね、君やルクセン王国の事を考えた上で言っている。まあ、弟のアンソニーを選んでもらえたら、国にとっても都合がいいというのもあるけど。アルバート殿は顔は良いがな。君がセドニアに嫁いでしまったら現国王の後継はどうなる。だったら、姫が王になって跡を継ぐしかない。それは君も真剣に考えないと駄目だ」

「私が女王になると。けど、アンソニー様は王配になってくださるでしょうか」

「なってくれるよ。アンソニーは俺と違って君の事が好きらしいから。昔から姫の事をよく知っているから

 王配になっても嫌がらないんじゃないかな」

 アンドレイは大丈夫と言ってアンジェリーナの金色の髪を乱さないように軽く撫でた。その手つきは昔と変わらない。

「…わかりました。アルバート殿下にはセドニア皇国に帰っていただけるようにお願いします。アンドレイ様、協力していただけますか?」

「もちろん。協力するよ」

 アンドレイはにっこりと笑いながらアンジェリーナの肩をポンと叩いたのだった。




 あれから、アンジェリーナはアンドレイを伴って父王ことヴィルヘルム王に謁見したいと侍従に頼んだ。侍従は午後からだったら時間は空いていると教えてくれた。

 午後になり、二人で謁見の間に向かう。アンドレイと中に入ると父王を待つ。アンジェリーナは絨毯に膝を立てて座り顔を俯けた。アンドレイも片手を胸に当てて跪く。

 騎士などがやる礼の仕方だ。アンジェリーナはそんな事を思いながらも前を向いた。

 謁見の間には騎士や大臣達だけでアルバートの姿はない。しばらくして父王が謁見の間に入ってきた。侍従が大きな声で「国王陛下の謁見が始まります。静粛に!!」と告げた。

 だが、父王一人だけではなかった。もう一人いてアンジェリーナは目線だけを上に移した。

 そう、父王の隣には腕を組んだ銀髪と蒼眼のアルバートが佇んでいる。彼はアンジェリーナの隣にいるアンドレイを睨んでいた。

「…アンジェリーナ、それにスルテイアの皇太子殿。よくぞ、わしに会いに来てくれた。ご苦労である」

「いえ。今回はお忙しい最中に時間を取っていただき、ありがとうございます。さて、陛下。このたび、わたしがこちらを訪れたのはどういう事かお分かりですね?」

「聞いてはいる。あなたがこちらへ来られたのはアンジェリーナとアルバート殿との婚約を解消させるためであろう。そして、アンジェリーナをわしの後継、皇太子にするために」

 父王は淡々と告げる。アンジェリーナはその言葉に驚いてしまう。

 アンドレイは水面下で父王とそんな駆け引きをしていたとは。信じられなかった。

「…どういうことです。陛下、わたしと姫との婚約は決定事項だとおっしゃっていたでしょう。それを何故、今になって解消するなどと。アンドレイ殿、君が姫に吹き込んだのか」

 アルバートが焦りを隠さずに言い募る。アンドレイはそんな彼にせせら笑うように言った。

「お前の目的は聞いている。この国を乗っ取るためにアンジェの妹のカトリーヌ姫に言い寄り、王妃にも甘い言葉で近づいた。アンジェと陛下を殺すためにな。だが、アンジェやヴィルヘルム王の方が一枚上手だった」

「なるほど。君はわたしの事を調べていたのか。だが、惜しいな。カトリーヌ姫を籠絡したのは黄金の魔女殿をセドニアに迎え入れるための布石だったんだがな」

 皇太子二人組は互いを睨み合った。この視線だけで相手を殺せそうなほどにその目つきは険しかった。

「…父様。やはり、カトリーヌは操られていたのですね」

「そうだな。可哀そうな事ではあるが」

 アンジェリーナは小声で父王と話した。アンドレイとアルバートは睨み合ったままだ。

「アルバート殿。もう、お前の罪状は明らかになっている。大人しく引く事だな」

「ふふ。君は昔から甘いな。わたしがそう簡単に諦めるわけがないだろう!」

 アルバートはアンドレイをぎっと睨むと静かに腰に佩いた剣を鞘から抜いた。そして、一段上の玉座の側から一気に走って距離を詰めた。

 チャキっと剣を構えなおしてアルバートはアンドレイ目掛けて剣を突き出した。が、寸手の差でアンドレイはアンジェリーナを腕に抱え込んで押し倒した。それにより、アルバートの剣戟を避けてみせた。

 アルバートは舌打ちをして剣をアンドレイの顔に突きつける。アンドレイは静かに立ち上がると彼も腰の剣を鞘から抜いた。

 アンジェリーナは側にいた騎士に助け起こされて安全な場所に避難した。それを見届けたアンドレイは片手でアルバートの突きつけていた剣をいなすようにカチ合わせた。

 キインと音が鳴り、二人の戦いが始まったのだった。

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