第13話
アンジェリーナがソファーに座るとカイルも向かい側に同じように座った。
「姉上。今日はわざわざご足労いただきありがとうございます。それで、こうやっていらしたという事は何かありましたか?」
カイルの問いかけにアンジェリーナは内心で驚いた。なかなか、鋭い見方をする。そう思いながら口を開いた。
「…ええ。今日、こちらへ来たのはね。あなたの今後をどうするかについて話し合うために赴いたの。父様がカイルの場合はもう大きいから話し合った上で決めさせたら良いとおっしゃって」
アンジェリーナはそこで言葉を切った。カイルはまっすぐに姉を見つめる。
「なるほど。そのために来られたのですね。でしたら、姉上にお願いがあります」
「何かしら?」
「…弟たちは罪を犯してはいませんから。命だけは助けていただきたい」
カイルはそう言って頭を下げた。アンジェリーナは慌てて頭を上げるように言う。
「カイル。私相手に頭を下げなくて良いわ。けど、アンリとウェルシスについてはもう今後の処遇は決まっているの」
「もう決まっているのですか?」
「そうよ。アンリとウェルシスは王族の身分を剥奪した上でカトレア様のご実家の公爵家に養子入りする事が決まったわ。カイルにとっても伯父様に当たる現公爵が監視役と養育を請け負ってくださるのよ」
そこまで説明をするとカイルは顔を俯けて考え込むような素振りをみせた。
「そうですか。じゃあ、弟たちは王族の身分を剥奪されるくらいですむのですね。でしたら、僕は王太子の身分を返上します。そして、ルクセン王国を出て他国を旅して回りたいと思います」
「そう。カイルは王太子の身分を返上するのね。わかったわ」
「姉上。それでなんですが。母上とカトリーヌの姉上はどうなったのか聞いてもいいですか?」
カイルは真剣な表情で問いかける。アンジェリーナは瞼を伏せて少し躊躇ってから答えた。
「…カトレア様は王宮内の塔に幽閉された後に食事に混ぜられた毒で亡くなったわ。どうも、お世話をしていた侍女が犯人らしいけど。それとカトリーヌは命は助かったけど国外追放されたわ」
淡々と告げるとカイルは沈痛な表情を浮かべた。アンジェリーナは言うんじゃなかったと後悔する。だが、カイルは姉をまっすぐにまた見つめるとこう言った。
「アンジェ姉上。母が迷惑をかけて申し訳なく思っています。僕は明日にでも離宮を出ます。カトリーヌ姉上と同じように国外追放の処遇にしてくださいませんか?」
「それを決めるのは父様いえ、陛下よ。私からは何も言えない。けど、お伝えしておくわ」
「それで十分です。今までありがとうございました」
カイルは深々と座りながらも頭を下げる。今度はアンジェリーナも上げるようには言わなかった。
その後、姉が王都に帰るのをカイルは見送った。自室の窓からだったが。翌日には彼の姿はなかった。
レオンとジェマからの報告書にはカイルは旅支度を簡単にすませると朝早くに離宮を一人で出立したらしい。見送りはレオンとジェマだけの侘しいものだったという。が、カイルは穏やかな笑顔で別れを告げてジェマやレオンに礼を述べたらしい。そうして、彼は旅立ちルクセンから遠く離れた国で一生を過ごしたと伝えられている。
アンジェリーナはカイルと話し合った後ですぐに王都へと出発した。途中で宿で休みながらの旅になった。四日後には予定通り、王都に戻って宮に入った。
出迎えてくれたのは侍女と三人の護衛の騎士だけだった。それでも、盛大に出迎えられるよりはましだと思う。だが、アンジェリーナはあることに思い至った。そう、セドニア皇国の皇太子のアルバートがまだ王城に滞在中なのだ。それにスルティア皇国の皇太子、アンドレイも来るらしい。
面倒事が一挙にきて項垂れそうになった。妹の事や義母たちの事でそこまで気が回らなかった。
アンジェリーナはすぐに侍女たちに確認する。
「…ねえ。スルティアからまだ、皇太子殿下は来られていないわよね?」
彼女がきくと侍女の内の一人が申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「それが。姫様が離宮からこちらに戻られる一日前にいらっしゃいまして。急の事で陛下が御自身で応対をなさいました。今、姫様がお戻りになられたと知らせがいっていると思います」
「そう。後、セドニアの皇太子様はどうなさっているの?」
「…まだ、この王城にいらっしゃいます。セドニア皇国から帰還を促す書状が届いているらしいのですが。姫様がお戻りになるまではと粘っておられます」
アンジェリーナは一気に脱力感に苛まれる。まだ、こちらにいたのか。そう思いながらも一時的に自室へ戻ったのだった。
その後、アルバートとアンドレイが使っているらしい客室棟に向かった。一応、父王には帰ってきた事を知らせるように騎士を遣わした。
アンジェリーナは侍女の案内を受けながらアンドレイのいる客室の一つにたどり着いた。ドアをノックすると中から返事がする。侍女が静かにドアを開けた。
アンジェリーナは中に入った。すると、一人掛けのソファーに栗毛色のまっすぐな髪を短く切り揃えて赤紫色の瞳が印象的な青年がこちらに視線を向けていた。
「…もしや、その金の髪と瞳は。ルクセンのアンジェリーナ姫ではないか?」
低いバリトンの声がアンジェリーナの耳に届く。
「ええ。確かに私がルクセン王国のアンジェリーナですけど」
「やっぱり。久しぶりだな、姫。少し見ない間に一段と綺麗になった」
にこやかに笑いながら言う彼にアンジェリーナは相変わらずだとため息をつく。
「それはそうと。いきなり、こちらに来られるなんて。連絡の一つくらいは寄越してください。アンドレイ様」
アンジェリーナが眉間に皺を寄せながら栗毛色の髪の青年、スルティア皇国の皇太子ことアンドレイに苦言を呈したのだった。
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