第12話

 カトリーヌや王妃のカトレアの事件が解決してから一週間が過ぎた。


 アンジェリーナは通常通りの生活を送っている。

 カトリーヌが追放されてカトレアは幽閉、そして暗殺され悲惨な結末を迎えた。

 だが、一番父王やアンジェリーナの頭を悩ませたのはカトレアの生んだ王子たちだ。王太子のカイルは母同様に幽閉されて第二王子のアンリや第三王子のウェルシスはまだ幼いという理由から見張り付きで後宮の一角にて軟禁されている。カイルたちをどうするかで父王とアンジェリーナ、宰相に大臣たちは話し合った。

「…父様。カイルたちをどうしましょうか?」

 アンジェリーナが問えば父王はふむと顎を撫でた。考え込んでいるらしい。

「…どうするも何も。カイルは大した罪を犯しておらぬからな。仕方ない、三人とも幽閉で良いと思うのだが」

「けど。カイルは良いとしてアンリやウェルシスはまだ幼いですからね。では、こうしましょう。カイルとは私が話し合ってどうしたいか聞いてみます。アンリとウェルシスは王籍剥奪してカトレア様のご実家の公爵家に身柄を預かってもらいましょう」

 アンジェリーナが毅然として言うと父王は沈痛な表情をする。

「そうだな。お前の言う通り、あの子の判断に任せよう。アンリとウェルシスは王族の身分を剥奪の上で公爵家に養子縁組という事に」

 父王とアンジェリーナは互いに頷きあった。


 あれから、アンジェリーナは幽閉先のルクセン王国の東部にある離宮を訪れる事にした。馬車で四日はかかる道のりだ。王太子で弟のカイルは離宮で見張り付きで生活している。アンジェリーナはカトレアの死を告げた方が良いのか悪いのか悩んでいた。カトリーヌの事もある。

(どうしたら良いのか。シェラの母上には申し訳ない事になったわ)

 深いため息をついた。馬車の中にはアンジェリーナ以外誰も乗っていない。不用心だと父王から言われたが。

 それを押してまで来たのはアンジェリーナがカイルと話し合いたかったからだ。まだ、カイルは王太子の位にいる。今後、彼と対立して国が二分されても困るのは確かだった。

 そうであれば、彼と話し合い、今後の事を見据える必要があった。アンジェリーナは決意を固めるとよしっと両手を握りしめたのだった。




 四日が経ってアンジェリーナは離宮に到着した。御者と護衛の騎士たちに待つように命じて一人で中に入る。出迎えてくれたのはリョウの妹の侍女でカトリーヌの自白の件で協力してくれたジェマであった。彼女に監視役兼身の回りの世話役を任せていた。「…姫様。よくぞおいでくださいました」

「ジェマ。こんな辺鄙な所でカイルの監視役は退屈でしょう。それでも、申し出てくれてありがとう」

「そんな事はありませんわ。アンジェリーナ様のご命令とあらば、実行するだけです」

 ジェマは良い笑顔で言い放った。アンジェリーナは相変わらずねと苦笑いする。

「まあ、こんな所で立ち話も何だから。中へ入って良いかしら?」

「もちろんです。アンジェリーナ様、どうぞお入りください」

 ジェマは丁寧に礼をしてアンジェリーナに中に入るよう促してくれたのだった。




 そうして、ジェマともう一人の監視役の執事であるレオンに案内されながらカイルのいる奥の部屋に向かった。レオンは三十歳を迎えたばかりで茶色の髪と瞳の平凡な顔立ちの人物だ。が、明晰で聡明な頭脳と機転が利く所からアンジェリーナに気に入られて侍従として招き入れられた。二年間仕えた彼だがカイルを幽閉してからは世話役と監視役をジェマと共に言いつけた。

 最初は難色を示したが何とか説得して離宮にカイルと一緒に行ってもらった。その甲斐あって今のところは問題も起こっていない。

「姫様。お久しぶりですね。いらっしゃるのをずっと待っていました」

 レオンが言うとアンジェリーナはまた苦笑いした。

「私の方こそ会いたかったわ。レオン、カイルの事を引き受けてくれて助かっているのよ。父様もよろしくと言っていたの」

「そうですか。そう言っていただけると喜ばしい限りです。さすがはわたしの主でいらっしゃる」

 レオンは素晴らしい笑顔で言いきった。アンジェリーナは笑顔を張り付ける。

「…レオン。カイルは元気かしら?」

「お元気でいらっしゃいますよ。毎日、絵を描いたり読書をしたり。たまに楽器を鳴らされています。後、何故か押し花をなさっていますね」

「押し花?」

 アンジェリーナが首を傾げるとレオンは困ったように笑う。

「女性がなさるようなと最初は思いましたが。何でも、庭に咲いた花を保存して図鑑に近い物を作りたいとの事で。そのために集めておられます」

 なるほどと言いながらアンジェリーナは廊下を歩く。レオンはこちらですと告げてとあるドアの前で立ち止まった。

 ノックをすると中から少し低めの声で返事があった。レオンは失礼しますと言ってドアを静かに開ける。

 アンジェリーナがドアをくぐって部屋の中に入った。部屋の窓からは昼間の明かりが入っていて明るい。王都では汗ばむほどに暑かったが。

 東部でも離宮は高山地帯に作られているために気温が平地よりも低かった。離宮はいわゆるルクセン王国の中央から連なっているアズーリ山脈の一つのウィザード山の中腹に作られている。

 さて、部屋の中は夏場であっても程よく過ごしやすく湿っぽさからは遠いといえた。

 窓際には藤の蔦で作られたカウチが置いてあり一人の少年が座っている。白金の真っ直ぐな髪を短く切り揃えて紫の澄んだ瞳が印象に残る少年はアンジェリーナの姿に気づくと顔を上げた。

「…アンジェ姉上?」

 ぽかんとした表情で少年は低めの声を発した。

「もしかして、カイルなの?」

 アンジェリーナが尋ねるとカイルと呼ばれた少年は惚けた顔を戻すと苦笑した。

「ええ。そうです。お久しぶりですね」

 カイルはそう言いながら立ち上がる。カウチからソファーに歩いていく彼をアンジェリーナが追いかけた。少し姉である自分よりも背丈が高くなっている。以前よりもカイルが成長した証拠だ。アンジェリーナは感傷に浸りそうになって意識を戻す。

 カイルはそんな姉を見て複雑な表情をした。それでも、穏やかにアンジェリーナにソファーを勧めたのだった。

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