第9話

 アンジェリーナが兇手たちにセドニアの事や王妃カトレア、妹のカトリーヌの事を調べるように言ってから半月が過ぎた。


 季節は六月に入り、雨が多い時期になっている。

 兇手たちが掴んできた情報の中に興味深いものがあった。それは妹のカトリーヌについてだった。

『カトリーヌはセドニアの皇太子と密会を重ねている』というものだ。自分の婚約者だというのにカトリーヌに手を出していたのがアンジェリーナは気に食わなかった。あんの女たらしめと悪態をつきたくなったのは仕方がない。

 カトリーヌにもアンジェリーナは呆れていた。あの皇太子のどこがそんなに良いのだろうか。妹とはいえ、彼女の好みがよくわからない。

 アンジェリーナは眉間を揉みながらも疲労回復の魔術を使った。簡単に頭の中で呪文を唱える。

(ヒーリング)

 アンジェリーナの体を白い淡い光が包む。黄金の髪もさらに輝いた。

 少しして、光は消え去った。アンジェリーナは腕や肩などの重苦しさが消えているのを確かめる。

 ぐっと手に力を入れて握りこんだ。

「…ん。大丈夫みたいね」

 一人呟いてから椅子から立ち上がった。廊下に出ようとドアに近づく。だが、ノックをする音がしてアンジェリーナは仕方なく返事をする。

 ドアが開かれて入ってきたのは何故か、セドニアの皇太子であるアルバートだった。アンジェリーナは冷たい視線を送りながらもソファーを勧めた。

「…アンジェ姫。久しぶりだな。先ほど、どなたかの魔力を感じて来たのだが。もしや、あなただったのか?」

 アルバートは真顔で問うてきた。アンジェリーナは顔をしかめながらも答える。

「…私の魔力を感じ取れるとは。殿下も魔術を使われるのですね」

「…まあ、人並みにだが」

 アルバートは苦笑いしながらも頷いた。

「…あなたから異様に敵意を感じるのだが。わたしが何かしたか?」

 アルバートが尋ねるとアンジェリーナはひくりと口元を痙攣させた。一昨日きやがれこの野郎という言葉が喉元まで出そうになる。いけしゃあしゃあとよく言う。

「…あら、ご自身が何をなさったのか知らないとは言わせませんよ。わたくしの寝室に夜這いを無理にかけておいて、何かしたかはないでしょう」

 そう言うとアルバートは顔を引きつらせた。

「よく覚えていたな。確かにあなたには夜這いをかけた事もあった。が、あれは本気でやったわけじゃないんだが」

 とんでもない言葉が出てきた。アンジェリーナは怒りが噴き上げそうになる。

「本気ではなかった?どういう事ですか?」

「…わたしが夜這いをかけたのはあなたの噂を確かめるためだ。スルティア皇国の皇帝夫妻がこの大陸中でも指折りの魔術師だということをな」

 アルバートはやっと、本当の理由を話してみせた。だが、全てを明らかにしたわけではない。それでも、アンジェリーナの怒りが収まるわけがない。この皇太子は自分をおちょくっているのか。

 アンジェリーナは内心、毒づきながらも顔には出さずに言った。

「…確かにスルティア皇国の皇帝ご夫妻は魔術師としては強い力をお持ちです。けど、それを探るために私に夜這いをかけたとなってはあちら様を怒らせます。それはわかっておいでなのですか?」

「それはわかっている。皇帝ご夫妻が強い力を持っていれば、我がセドニア皇国にとっては脅威となりうるからな。だから、確かめる必要があった」

 アルバートはそう言いながらもアンジェリーナに近づいた。

「…皇帝ご夫妻は君をいたく気に入っているのは我が国でも有名でね。防御魔法でも強力なものを君にかけていることも調べさせてはいた」

 そこまでを聞いてアンジェリーナはまた、怒りの沸点を越えそうになる。必死で抑えながら、アンジェリーナは笑顔を浮かべた。

「あら、そうでしたの。私、用事を今、思い出しました。では失礼しますね」

「…えっ。姫?」

 驚くアルバートを置いてアンジェリーナはさっさとその場を離れたのだった。




 アンジェリーナは部屋に戻った。ドアを閉めると同時に静かにリョウが窓から現れた。

「…アンジェ様。お知らせしたいことがあって参りました。今、良いでしょうか?」

「ああ、リョウ。良いわ、ここで教えてちょうだい。防音魔法をかけるわ」

 アンジェリーナは急いで無詠唱で防音魔法を発動する。指を鳴らすと同時に薄い透明な壁が部屋全体を覆う。それを見届けるとアンジェリーナはソファーに座った。

 リョウは跪くと知らせてきた。

「…この間、おっしゃっていた妹君の件の事ですが。確かにカトリーヌ様はアンジェ様とお二人の時の襲撃に関わっておられますね。ボウガンの矢を射たのはカトリーヌ様が雇った兇手のようです」

 それを聞いた途端、アンジェリーナの頭の中でかちりと何かが当てはまる音がした。

「…やっぱり、そうだったのね。カトリーヌにそこまでやらせたのは今の王妃のカトレア様ね?」

「そのようですね。カトレア様とカトリーヌ様はアンジェ様が邪魔のようです。カトリーヌ様は王位は現王太子様が継ぐべきであるとお考えのようですし」

 そうと言いながらアンジェリーナは深く息を吸った。

「つまりは私を完全に消そうとカトレア様は考えているのね」


「…姫、そのようなことは」

 リョウが否定しようとするとアンジェリーナは笑いながら首を横に振った。

「リョウ。私にはわかっていたわ。カトレア様は自身の子の方が大事だということは。私やカトリーヌは憎き恋敵の娘だもの。排除したくなったのもわかろうというものよ」

「姫」

 リョウがさらにいい募ろうとしたがアンジェリーナはその先を許さなかった。リョウはうつむきながらも彼女に近づいて膝まずいた。

「…姫。あまり、そのようなことはおっしゃいますな。俺はあなたの味方でいます」

「…リョウ」

 アンジェリーナが名を呼ぶとリョウは微笑んだ。

「俺はいかなる時でも姫のお側にいます。それとも影の事は信用できませんか?」

「そんなことはないわ。むしろ、巻き込んで悪かったと言いたいわね。けど、ありがとう」

 アンジェリーナはしゃがみこんで跪くリョウに視線を合わせた。彼の手を握ると自身の胸に持っていく。

「姫。何を?」

「…リョウ。あなたに私の力を分けるわ。しばらくは戦いの時に役立つはずよ」

 そう言いながらアンジェリーナは治癒や浄化に役立つ魔力をリョウの手を通して送り込んだ。二人の体が仄かに白く輝いた。「何だか、力がみなぎってきました。これが姫の魔力ですか」

「そうよ。私の力はこの国を守る女神の加護があってこそ扱えるの。いってみれば、神力ね。これはルクセンの民も知らないわ。王家にしかわからない」

「…そうですか。そのような貴重な力を俺ごときに与えるとは」

 リョウはそう言いながらもアンジェリーナに深々と頭を下げた。

「でも、お礼は言います。ありがとうございます。必ず、この与えてくださった神力は役立ててみせます」

「ええ。お願いするわ」

 リョウは失礼しますと言って姿を消した。アンジェリーナはそれを見送ったのだった。

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