第10話

 アンジェリーナはリョウを心配しながらもお茶会や夜会などの公務をこなす日々を過ごしていた。


 もたらされる情報からカトリーヌと王妃のカトレアが手を組んでいるらしい可能性が高くなってきた。自身で失望しながらも父王や弟たちに危害が及ばないようにと注意はし続ける。そうして、セドニアの皇太子のアルバートがやってきてから一月半が過ぎようとしていた。滞在日数は一月という約束だっただけに半月も長くいるのには正直、驚いている。

 アンジェリーナは父王と今後について話をする事にした。弟のカイル王太子も一緒だ。

「アンジェ。何やら最近は不穏な動きがあるようだな」

 父王がアンジェリーナに話しかける。彼女は頷いた。

「ええ。私も常々そう思っていたところです。たぶん、王妃様や妹も絡んでいるかと」

「…母上と二番目の姉上ですか。あの二人は隠れて密談をしていると影の者が知らせてきましたが」

 カイル王太子が言うとアンジェリーナと父王は眉をしかめた。

 アンジェリーナは小さくため息をつきながらリョウからもたらされた情報を二人に伝える事にした。

「父様。カイル、私の影であるリョウからの情報ですが。どうもセドニアの皇太子とカトリーヌが夜な夜な密会をしているとか。後、カトレア様付きの侍女が私の食事に毒を混ぜてスープを出してきました」

「毒入りのスープだと?!」

 父王が驚いてアンジェリーナに詰め寄る。カイル王太子も心配そうに見つめてきた。

「大丈夫だったんですか。姉上?」

「…まあ、私付きの侍女が毒味をして匂いと味がおかしい事にすぐに気づいて。事なきを得たわ」

「そうだったんですか。姉上に何かあってはスルティアの皇帝陛下や皇后陛下に顔向けができませんからね」

 ほっとしたようにカイル王太子は表情を和らげた。父王も詰め寄っていた体勢から椅子に再び座り直した。

「侍女が優秀な者でよかった。でなければ、アンジェリーナが危なかったな。今後は信用のできる侍女に食事を作らせるようにしてくれ」

「わかりました」

 アンジェリーナが頷くと父王とカイル王太子は目配せをした。二人は立ち上がるとアンジェリーナに今後も注意を怠らないように言うと執務室を後にする。アンジェリーナも立ち上がると窓ガラスから空を眺めた。澄んだ空の色にしばし、見とれた。


 アンジェリーナは父王や弟の王太子との密談を終えると自室に戻る。

「姫様」

 窓から声がしてそちらを見るとリョウが入ってくるところだった。アンジェリーナは驚きはしたが天井などから現れる時のような余裕がないのだとすぐに気づく。

「…リョウ。窓から来るなんて珍しいわね」

 それでも言葉にしてしまうのは否めない。リョウはアンジェリーナのすぐ側までやってくると静かに跪く。

「…このような無礼をお許しください。ただ、大変な情報を入手いたしまして」

「大変な情報?」

 アンジェリーナが問い返すとリョウは俯き気味になりながらも言った。

「スルティア皇国の皇帝陛下と皇后陛下がご子息で皇太子のアンドレイ殿下をこちらに遣わすと仰せです」

「ええっ。アンドレイ様を?」

 アンジェリーナが驚きの声をあげてしまうとリョウも困った表情をした。

「その。皇帝陛下も皇后陛下も王妃様と妹君が姫様を殺めようという策略を本気で練っているとお聞きになったようで。皇太子殿下のアンドレイ様に保護して早急にスルティア皇国に連れて帰るようにとお命じになったようです」

 リョウの言葉にアンジェリーナはやっと状況を把握できた。成る程と顎に手を当てて考え込む。

「わかったわ。リョウ、すぐにアンドレイ様がこちらに来られる事は私の方から父様に伝えておくから。手紙を書くから父様に届けて」

「わかりました」

 アンジェリーナは手早く手紙を書く準備をしたのだった。



 あれから、すぐに手紙を書いてリョウに託した。そうして、アンジェリーナは父王にスルティア皇国の皇太子がルクセン王国に来訪する事を知らせた。父王はアンジェリーナからの手紙を読むと返事を送ってくれる。

 それには、「妹のカトリーヌを呼んで二人だけのお茶会をせよ。自白を促す魔法薬を渡すからカトリーヌに飲ませたらいい」とあった。アンジェリーナは細かい段取りをリョウと相談して決めた。

 翌日、アンジェリーナは妹のカトリーヌにお茶会の招待状を送った。カトリーヌからはすぐに返事は来なかった。三日ほどして返事がきた。

「姉様の招待は嬉しく思うのですが。何分、体調が思わしくなくて。明日であれば、午後から空いています。

 その時でよければ、お茶会を致しましょう。では。」というものだった。

 アンジェリーナは怪しく思われないように侍女の内、信用できる者にだけはカトリーヌと王妃のカトレアが自分を害するために手を組んでいることを話しておいた。自白を強制する薬をあらかじめ、紅茶か茶菓子の中に混ぜておく事も命じておく。

 侍女で任されたのはリョウの妹にあたるジェマという少女であった。彼女は年が十六歳と若いが頭が良く実務もてきぱきとできる。

 毒や薬草の知識も豊富なので信頼がおけた。ジェマはアンジェリーナからカトリーヌと王妃のカトレアが手を組んでいると聞かされた時はかなり驚いていたが。説明を聞いてからは冷静になってカトレアが以前から怪しい動きをしていたらしい事は情報として掴んでいたと教えてくれた。

 これにより、カトリーヌとのお茶会に備えたのだった。




 翌日の午後にアンジェリーナはカトリーヌと二人だけでお茶会をした。カトリーヌの好きなアッサムの紅茶と木苺のパイを用意した。アンジェリーナは同じ紅茶とレモンのタルトを食べていた。

「…姉様。こうやってお茶会をするのは久しぶりね」

「そうね。カトリーヌと会うのも久しぶりだわ。ゆっくりとお話でもして今日は楽しみましょう」

 アンジェリーナが笑いながら言うとカトリーヌは疑われているとも知らずに紅茶を口に含んだ。味に変化はないタイプの薬なので大丈夫なはずだ。アンジェリーナはそう思いながらも顔に笑顔を貼りつける。

 妹を嵌めるような真似はしたくないが。これも国や父王たちのためだと心を鬼にする。カトレアの尻尾を掴むためにはカトリーヌから情報を得るしかない。アンジェリーナは冷や汗を背中にかきながらもまっすぐにカトリーヌを見つめた。

「カトリーヌ。今日はね、あなたに聞きたい事があって呼んだの。王妃様とお手紙のやりとりをよくしていると父様から教えていただいたのだけど。わたしに一言くらいはことわってくれても良かったのではないかしら?」

 さりげなく言うとカトリーヌは目を少し見開いた。だが、すぐに笑顔に戻る。

「まあ、姉様。カトレア様との事知っていたのね。確かに手紙のやりとりはさせていただいているわ。けど、それがどうかしたの?」

「カトリーヌ。この間、ボーガンの矢で狙われた事があったでしょう。この際だからはっきり言うけど。その犯人の身辺を調べていたらあなたがカトレア様と通じていると父様に教えていただいたの。ボーガンの件といいセドニアの皇太子様の事といい、一体どういうつもりなのかしら?」

 笑顔を引っ込めて冷たい表情と声でアンジェリーナは問い詰めていた。カトリーヌも笑顔から真顔に戻った。二人は対峙しながらも互いを見据えたのだった。

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