第二章

第3話

 ・3



 彼らは空洞を通り抜けて、惑星プランタを訪れると、さっそく目的地の町を目指した。その町の名は「ハークル」という栄えた町だ。そこに、フィアに呪いをかけた男ヘイズがいるらしいという情報をミラは掴んでいた。この情報は、彼女が七つの鐘から得たものである。


 ヘイズがアルセから逃れたことから、彼は空色の指輪を所持していたとされている。逃亡に使われた空色の指輪は、七つの鐘が管理しているものである可能性が高い。もしそれが事実であれば(それぐらいしか考えられないのだが)、ヘイズが許可なく空色の指輪を持ち出したことになる。


 ヘイズはどのような方法で、大事な指輪を入手したのか。管理者である彼らは気になるだろう。そのため、ミラがヘイズという名の男について情報を集めていると、七つの鐘は彼の居場所を親切に彼女へと教えた。こちらからも捕まえるように動くつもりですが、フィアさんのこともありますので。ヘイズ周辺について、私共でいろいろ調べておきます。もし彼の行方がわかれば、申し訳ありませんが、ミラさんのほうで『指輪』もお願いできませんか? 彼女はそれを受け入れる。


 どういった経緯で、ヘイズがアルセの屋敷に侵入できたのか。それは異界へと渡ることを実現する特殊な指輪があったからだと言えるだろう。


 アルセの屋敷は、星銀の城がある「世界」とは別の世界に存在している。


 ブリゼも同様に、拠点である蒼穹船はあの世界には存在しない。


 どちらも、星銀の城の中にある「扉」と繋がっているが。




 ハークルは背の高い石の壁に囲まれた町だった。町の出入り口となる門は四つあり、東西南北にそれぞれ位置している。建物も石造りが幾つか見られ、二階建てや三階建てと大きさもさまざまだ。大通りの道幅は広くはないが、そこまで狭くもなく、夜になったとしても闇を照らす街灯があり、深い森の中にいるような暗がりにはならないように思えた。賑やかであるのは、多くの人が住んでいる町なだけはあった。少し通りを歩いても、人々の生活による無造作に捨てられたゴミや、枯れ葉などが特に目立たない、綺麗な街だと見てとれる。新しくできたわけではないだろうが、全体として比較的明るい雰囲気のある町だった。それはもしかすると、暗い色の建物が少ないことが一つの理由かもしれない。外から見ると、ハークルは白い建物が多い。地上には白い建物が立ち並び、晴れた空には黒い蒼穹船が北西へと飛んでいく。


 衛兵がいるのはもちろんのこと、彼らは門の周りだけでなく町の中を数人で固まりながら歩き、任務を全うしようとしている。槍や剣を持っている彼らが真面目に働いているかはともかく、前もって決められた道を進んでいるようだ。もし彼らが険しい顔をしていたなら、ここに住む人々もどこか似たような表情をしているのだろう。物騒な場所ではないかと、その形相だけで自ずとわかるはずだ。ハークルの町の住人にはそのような表情で歩く者はいない。平和で穏やかな様子が町の中に見受けられた。


 ミラたちは南側の門を通過して、ハークルに入った。人が最も行き交う場所を目指そうとミラが考えていると、フィアが彼女の手を取る。それは、町の中心地ではない南側にいるときのことである。


「フィア、どうしたのですか?」


 ミラは彼女が手を取ったので、何かあったのかと思った。彼女の呪いが一番に頭を過る。目に見えて魔法を使ってはいないとしても、多少の影響は避けられない。


「ミラ、ミラ。見てよ。鍛冶屋がある。すごぐ大きなお店」


 ミラは迷いながら建物に目をやった。


「そうですね。大きなお店だと思います」


「どうかしたの? ミラ」


「いえ、フィアが急に手を取られたので、気分でも悪くなったのかと思って」


「私は平気だよ」とフィアは証拠に笑みを見せる。


「それより、町の中をもっと見て回ろうよ。まだまだ見たことのない面白いものが見られる気がするんだ。この町にある、変わったお店とかさ、探そ。この町は大きいから、きっとたくさんあるよ」


「それはそうかもしれませんが。フィア? ここに来たのは人を探しに来たのであって」


 アイナが後ろから声をかける。


「いいんじゃない? 少しぐらい」


 彼女の傍にはアベルもいる。


「来たばかりで、この辺のことはよくわからないし。街を探索しながら、人に尋ねつつで」


 ミラは顔の向きを戻し、頭を働かせた。その後、フィアの瞳を見る。


「うん?」とフィアが言った。


「そんなに時間がないの?」とアイナが問う。


「そうですね。そうしましょうか。街を探索しながら、人探しということで」


「やった」


 フィアは小振りに調子よく声にした。


 彼らの意見はそのようにまとまった。そのときアベルは何も言わなかったが、それで問題はないようだ。意見があれば、彼はためらわずに言うだろう。


 ミラはこの世界には最低でも四日間いるつもりだった。指輪を使った異界の最低滞在期間は三日間で、その間は指輪を使ってはいけない。だから、焦らず探すことに決めた。呪いがあるのは明らかだが、慌てても上手く事が進むとは限らない。なにも変わりやしない。今できることをやるだけだ、とミラは考えた。


 フィアは街の活気に包まれ、心が踊っている。


「いい天気。街にはたくさんの人がいて、周りの建物も見慣れないものばかり」


 ミラは頷きつつ言う。


「アルセの屋敷がある町とは、街の空気が少し違うのかもしれませんね。建物のせいかもしれませんが、人の様子も異なる気がします」


「人が多いのは確かだね」とアイナが言った。


 フィアは嬉しそうに勢いよく振り返る。


「そうだよね。さすが美しい町、ハークル」


 アベルは明後日の方向を見ていた。


「だいたい活気のある街はどこもこんなもんだろ」


「そうなの?」


「ああ、こういうもんだ」


 ふーん、とフィアは声にする。その後、彼女は時間を置いた。


「アイナは違うかもしれないけど、ミラとアベルはいいよね。外の世界に行くのは、慣れてるから。私はあまりこうやって外の世界に行くことはないし」


「私たちは、それを仕事にしてますからね」


「でも、いいなあと私は思うんだ」


 フィアはそばにあった街灯を寂しげに見つめた。


「見慣れないものを見たりして、知らない星の知らない町に、こんなふうに訪れることができて。ずっと部屋に閉じこもっていたわけではないけど、それがちょっと羨ましいと思ってしまう」


 彼女は慌てたように視線を戻した。


「あっ、でも、ちゃんとわかってはいるつもりだよ。二人の仕事、危ないもんね。大変な仕事だってことは、理解しているつもり。とても大変な仕事。そう理解はしているつもりなんだけど」


 ミラは首を僅かに傾けた。


「そういった考え方は大事だと思いますよ。フィアが思う部分も確かに当てはまります。はっきり言ってしまいますが、これまで私は、フィアが想像できないほどのたくさんの世界を見て回ってきましたから」


「たくさんの世界」とフィアは呟き、くすっと笑った。


「どうかしましたか?」


 彼女は首を横に振る。


「いや、ミラとこうして一緒にいるの、久しぶりかもね」


「そうですね。そうかもしれません」


 アイナがミラの方に寄ってくる。


「ああ、ミラはいいよね。好きな場所に行けて」


「あなたはいつも十分に好き勝手やっているではありませんか」


 フィアは握りこぶしをつくった。


「アイナ、これはいい機会だよ。私たちは、こんなふうに外の町に来ることなんて滅多にないんだから。チャンス。この機会を楽しまないと」


「そう、フィア。よくわかってるね」


 ミラは二人を交互に見つめる。この話は止めた方がいいと感じた。


「えっと、フィア? ここには観光に来たわけではなくてですね」


 彼女は考え込んでいる。


「うん、まずはどうしようかな。じゃあ、アイナ。これからおいしい食べ物を探しに行こうか。この世界の、この国の、この町にあるおいしい料理。それが最優先だと思う。お腹が空いていたら、できることも限られちゃうからね」


「いいね、おいしい料理。身をもって知るというわけだ」


「ねえ、ミラ。みんなでこれから食事にいこうよ。旅の成功を祈ってさ」


 おいしい料理、とミラは呟く。そのあと、どうしたらと自問自答した。


「ええ、そうですね。お昼も近いですし、食事にしましょうか」


「決まりだね。アイナ、これから食事の時間だよ」


「おっ、待ち遠しいね。ちょうどお腹も空いていたし、うずうずが止まらないわい」


 フィアとアイナは二人で盛り上がり、会話が弾んでいく。まさにこのとき、食べたいものや自分の好きなものを思い浮かべていた。それをミラは数歩離れた場所で眺める。勢いに負けてしまいました、と彼女は見つめていた。


「意外と甘いんだな」とアベルが傍に寄って来て、そう言葉にした。


「そう言われると、何も言えません」


 言い訳は思いつくが、「甘い」と下されると、ミラは認めるしかなかった。彼女に甘いのは、自分でもよくわかっている。昔から、せがまれると断れない。


 フィアは口元に手を当てた。


「ううん、まずはこの町で最高においしい料理を出すお店を探さないとね。そうなると、とても難しいところ」


「それは、確かに難しい問題だと言える」


「それなら、アレッタがいいぞ」


「アレッタ?」


 二人が楽しそうに相談していると、一人の男が近づいてきた。彼は店の名前を挙げると、小鼻を膨らませながら、そこにいた彼らを一人ずつ見ていく。


「おいしい食事場所を探しているんだろ? 従姉妹の店でね。ここで一番といえば、その店しかないと紹介させてもらうよ。この町の自慢の店だから、満足してもらえると思う」


 フィアは「アレッタ」と覚えるように口にした。


「えっと、あなたは」


「俺の名前か? バルドだ」


 アイナが尋ねる。


「そのお店、何がおすすめとかある?」


「アレッタのおすすめは、文句なしにパスタだな」


「パスタ」と二人の声が合わさった。声の色からして、彼女たちは興味がある。


 バルドは口を大きく横に広げた。


「うまいぞ、あの店のパスタは。この町で最高にうまいと言える。実は、あの店はパスタ以外もおいしいんだがな。でも、あれが店の中で絶品だと俺は思ってる。もしこれから行くなら、バルドって人が勧めてくれたと言えばいい。間違いなく、腕によりをかけて作ってくれるはずだから」


 バルドは最後に頷いた。彼にとって、「アレッタ」はよほど誇れる店なのだろう。従姉妹のお店だからというだけで、ここまで褒める人もなかなかいない。ひょっとすると、『名の知れた名店』というやつかもしれない。


 それから三十前半と思われる彼は、焦げ茶色の短い髪を片手で触れ、照れくさそうに笑った。彼の硬い髪は、甲に血管が浮き出た男性らしい手で押さえつけられても、元の状態に戻ろうとはね返っていた。


「俺も昨日、そこで食べていたんだ。今思い出しても、あれはよかったな。味も落ちていなかったし、夢中になって腹いっぱいに食べてしまった」


 アイナが問いかける。


「おや、もしかしてその様子だと、今日も行くつもりなのかな?」


「そりゃあそうだ。一日寄ったからといって、俺はまだ食べ足りていない。まあでも、行くとしたら、これからじゃなくて夜になるかもな。昼はもう簡単に済ませたから」


 フィアが小さく独り言を呟く。


「アレッタ。アレッタ。しっかり覚えとかないと」


 バルドはそれを聞いていた。


「町の東側にあるから、まずそこに向かうといい。それで、そうだな。ここで口で説明するより、人に聞く方が簡単だが。町の東側にちょっとした広場があるから、そこに行けばいい。そこからは遠くはない」


 フィアはしっかりと記憶したようだ。


「町の東側、アレッタ」


 すみません、とミラが横から声をかけた。


「もしかして、この町の人ではないのですか?」


 彼は片眉を上げた。


「そうだが、それがどうかしたか?」


「他の町から人が集まるような場所を知っていたら、教えていただけませんか?」


 ミラは「男」を見つけるために、そのような場所を知りたかった。


「この町でとなると、まずは酒場が思いつくけど、雑貨屋にでも行ってみてはどうだろう」


「雑貨屋というと?」


 ミラはどんな店であるのか理解しているつもりだ。ただ、彼がなぜその店を勧めたのか気になった。雑貨屋は人が集まる場所ではあると思うが。


「ハークルにはいくつか雑貨屋がある。『エスポワール』という店は、よく余所からの客人が訪れるそうだ。余所の町から人が集まる場所を探しているんだろ? それなら、そこがいいと思う。まあ、雑貨といっても、旅に必要な物も売っている店だ。もし余所の町について知りたいなら、客に聞いてもいいし、店の主人に聞けばいいだろう。そこの店の主人は話し好きらしいからな」


 ミラは「エスポワールですか」と言い、思考を巡らせた


 バルドは彼女が話し出すのを待っていた。


「そんなことを聞くとなると、もしかして、あんたらは旅人なのか? 見たところ、そんな感じには見えないが。それに荷物もないように思える。ああ、もう預けてきたのか」


 フィアが元気よく言った。


「私たちはそう旅人。四人で旅をしてるんだ」


「おお、あれか、若いってやつか」


 バルドは彼らに目をやる。


「憧れ、夢、いいねえ。それならやっぱり、そこの店に行くことも勧めさせてもらうよ。旅人ならな。実は、俺は『セイブン』からやってきたんだ」


「セイブンって?」


「知らないか? セイブン。海に囲まれた島で、こっからそう遠くもない」


 アベルが答えた。


「この辺のことはあまりよくわからないんだ」


 そうなのか、とバルドは頷く。彼はアベルの服装を気にするように見て、再び視線を戻した。


「俺はそこに住んでるんだ。そこから、この町ハークルに来た。娘が四人いてね。俺もこの町を出る頃には、そのエスポワールという雑貨屋に寄って、お土産でも買って帰ろうと思っている。聞いた話では、その店には珍しいものがあるそうだ」


「娘が四人もいるんだ」とアイナが言った。


「ひとり、まだ小さいのがいてな。近くの島まで船で行って、イルカを一緒に見ようと約束したんだが、それがなかなか」


 バルドがそこまで言うと、フィアが遮るように声を上げた。彼女の目は輝いていた。


「船だって、ミラ。私も船に乗りたい。イルカ、イルカが見たい」


「娘と同じことを言っているな」と彼は笑う。


「セイブン近くの沖合には、のどかな小さな島があって、その辺りではイルカが見られるから、機会があればみんなで船に乗って行くといい。運が良ければ見ることができるはずだ」


 アイナが推し量る。


「とすると、そのまだ小さい子は運が悪くてイルカを見られていないってわけだ」


「まあ、そんなところだ」


 予想通りだったようで、バルドは娘を思い出し、困った顔をしていた。彼の小さな娘はとてもかわいいに違いない。その子に「イルカを見たい」と言われて、船に乗って海に出ている姿が想像できる。だが、少女の願いは残念ながら叶ってはいない。彼には見せてやりたい気持ちはあるようだが、簡単にはイルカが現れないようだ。




 バルドと少しだけ会話をして、そこで別れた。彼の話によると、エスポワールという雑貨屋も町の東側にあるらしい。東側には広場があって、その広場から離れたところにあるそうだ。「町の中心地から遠いところに、エスポワールという店がある。住人に聞けば教えてくれるよ」とバルドは言った。


 彼は最後に片手を振りながら去っていった。フィアはそれを眺めていた。


「小さいときにミラともっと遊びたかったな」


 ミラは心配して問いかける。


「どうかしましたか?」


「ううん、なんでもない。それより、これから大冒険だよ」


「大冒険?」とアイナが言った。


「それはいい響きだね」


「そうだよ。だってさ。アレッタに行って、それからエスポワールにも行くんだから。まだまだ始まったばかり。そうでしょ?」


 彼らはこの町で、最高においしいパスタを食べられる店へと歩き始める。


 ミラはふと考え込んだ。フィアと一緒に外の世界に来ているのは――。こうして、彼女と外の世界に来ることになるとは思ってもみなかった。

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星屑の伝説 時は流れて。戦う女 塚葉アオ @tk-09

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