和尚、のような

加治木満月

神を信じる者たち

昔、唐という国に、宝志和尚という聖人がいた。徳が高く、他の人の模範になれるほど尊い存在だったので、帝は

「あの和尚の姿を肖像画にして描きとどめよう」

と有名な絵師を五人ほど呼んだ。

「もしかしたら、一人でも描き間違えることがあるかもしれない」

と、五人それぞれ別々に写すべきように命じ、絵師たちに書かせ始めた。五人の絵師は和尚のもとへ行き、宣旨を承ったことを伝えると、

「しばらく」

と言って、法衣の装束を身につけて出てこられたので、五人の絵師はそれぞれの道具を広げ、和尚のことを囲うように配置についた。ある一人の絵師が、筆を染めようとした、その時和尚が、

「しばらく。私には本当の姿がある。それを見て、書き写しなさい」

というので、絵師たちは、すぐには描かずに、和尚のお顔を見つめていると、和尚はいきなり親指の爪で額の皮を引き裂き、断ち切って皮を左右へ引き退けた。すると、中から金色の菩薩が顔をのぞかせた。絵師たちは皆、金色の顔した男など見たことがなく、時が止まったかのように手を止めた。一人の絵師は驚き、一人の絵師

は感動し、一人の絵師は怯え、一人の絵師は何も動じていなかった。


「うわあー!」


怯えていた絵師は、絵筆を捨て、扉のもとへまっしぐら。


「嫌だ!僕には貴方様の顔を描けない!」


怯える絵師は門番の静止を振り切り、叫びながら走り去った。他の絵師からしたら、彼がなぜここまで怯えていたのかわからなかった。だって彼らからしたら、この和尚は本物の神のように見え、怯えることなど一切なく、むしろ彼の顔を見たことで救われると思った。神の御加護を受けているようだと感じていた。

「ふっ、馬鹿な奴め」

あの時、何も動じなかった絵師が、怯えて逃げ出した絵師を小ばかにするように鼻で笑う。彼はあの顔を見ても、驚くことも感動することもなく、ただあの顔を見つめるだけ。そして描く。動じない絵師に続くようにあとの三人も描き始める。四人の絵師たちは、止めていた手を再び動かし、描き続けた。

それぞれ見た通り描き写したものを、帝のもとへ持ち帰ったところ、帝はとても驚かれた。絵師たちの描いた和尚の肖像画が、少し、おかしかったのだ。

「どういうことだ…」

帝は驚き、困惑した。それは、自分が知る和尚の顔ではなかったため、違和感を覚え、困惑した。別の遣いを和尚のもとへ送り尋ねてみることにした。遣いが和尚のもとへ着いたには、金色の顔ではなくなり、皮を破る前の顔に戻っていた。

「あの、これーどういうことなのでしょうかー」

と遣いが和尚に聞くと、彼はニヤっと微笑み、何も言わずに姿を消した。その同時刻、あの時和尚の肖像画を描いていたときに怯えていた絵師が、町中に気が狂ったように情報を流していた。

「あの和尚は人ではない!妖怪である!あの和尚の言うことを信じるな!」

あの日以降、ずっとこう言いふらしていた絵師。最初は町人から誰一人も信じてもらえなく、町で孤立していた絵師だったが、あの和尚の言うことを信じている町人たちは、もちろん絵師の言うことを信じることはなかった。だが、帝やその遣いから情報が漏れ、

「和尚は普通の人ではない」

と人々は言い合ったそうだ。自分の言い分を信じてもらえることができた絵師は、あの日から孤立することなく、町で暮らすことができている。だがあの日、和尚の顔を見てから、絵筆が持てなくなってしまった。筆を持つと、頭の中で和尚の顔がフラッシュバックし呼吸が苦しくなるばかりで描けなくなった。そのため絵で生活することはできなくなり、生活は困窮していくばかり。

一方あの日何も動じなかった絵師は、あの日以降絵で賞を取ったり、大口の契約を獲得したりと、絵師として十分な生活を送っていた。


もしかしたら、あの和尚の本当の姿は、妖怪でもなんでもなく本物の神であり、信じるも信じないも、コツコツ努力し、チャンスをつかむ者に、神の御加護が与えられるのかもしれない。


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和尚、のような 加治木満月 @kaziki_moon77

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