サラマンダー・スパイラル ~悲しみの青い自転車~

エイル

悲しみの青い自転車


 ブォーン!!


 エンジン音が山から谷へとこだまします。


 ド田舎の山道をピカピカの黒塗りセダンが爽快に走っていました。軽トラックやバンしか走っていないこの田舎町では珍しく異様な光景に見えるのです。

 

 その車には四人のスーツ姿の男達が乗っていました。




ベイジ「ん?変だな・・・兄貴・・・さっきから何考えてるんですか?」


 運転席からベイジが直ぐ後ろの席に居る私に聞いてきました。



にしま「・・・いや、別に・・・・というかなんでもいいだろ(笑)お前興味ないだろ絶対(笑)」


リュウ「こいつよりも俺が気にはなりますね(笑)さっきからずっと上の空で、俺が質問しても何も答えてくれないじゃないですか。・・・もしかして車酔いですか?こいつの運転が荒いからですか?」


にしま「気にするなよ。こんな雑用ばっか・・・汚ねぇ仕事・・・・・気にしていられないよな・・・わりぃなみんな・・・」



 ピタ・・・・・

 車内の空気が止まりました。




ベイジ「まぁ・・・・・そうですよねぇ・・・」


 ピクッ



リュウ「おい新入り(ベイジ)、お前分かったような口聞いてんじゃねぇぞこの野郎」


 リュウは運転手のベイジをルームミラー越しに睨みつけます。


アオノ「・・・ベイジ運転してんだから前見ろや、あぶねぇだろ。絶対車壊すなよ。壊したらお前時計でも臓器でも何でも売って弁償しろ。それが嫌ならしっかり運転しろ」


ベイジ「あっすいません・・・。失礼しました」



 助手席から注意を受けたベイジは再びハンドルを握りました。



リュウ「そういえばにしまさんって・・・・・社長とみなみさんと幼馴染でしたね。」


にしま「あぁ、そうだよ。それがどうした?幸か不幸か、一緒に育ってしまったからなぁ」


リュウ「こんな時になんかあれなんですが、なんか一つ思い出話とか聞いても良いですかね?せっかく長距離ですし。話していれば・・・酔い止めにもなるかと思って(笑)」


ベイジ「あっ、兄貴!それ俺も聞きたいです!」


にしま「そういう話なら・・・・腐るほどある。どれを話そうか考えるのに大体3時間はかかる・・・・考えるから暫く黙らせてくれ・・・・」


リュウ「そんなにかかるんですか?(笑)」


アオノ「にしまさん、本気で話せるやつだけにして下さいね」







 私は子どもの頃、地域の悪ガキ集団の一味でした。滅茶苦茶悪い人間で、いたずらや悪ふざけが大好きな今考えるととても醜悪な少年でした。人が困る事や私達が楽しいと思える事が大好物でした。

 お笑い芸人でもないのに、常にどうやったらみんなが面白がるかを考えて過ごしていました。面白い事を考えるのはとても大変なのです。トークで笑わせるのか或いは体を張って笑わせるのか。やってみなければ笑いになるかどうか分からない人間でした。


 もっと言えば、目先さえ面白ければ何をしてもとりあえずは良いだろうという、今考えればわけのわからない非常識な考えを私は持っていました。

 常識があるから人が笑うという考えにも到底辿り着いていない年頃でした。





 スポーツ精神がとくに強かった事を思い出します。これから話す時代の若い私はまだ世の中の全てがスポーツ感覚であり、目に見えるもの全てが爽快で新鮮に見えました。



 私が所属するグループには秘密基地のようないつも集まる場所があり、休みの日は秘密基地に気の合う悪ガキ集団と一緒に過ごすことが多くありました。

 とはいえ気にくわない事も多々ありましたが、長い目で見れば気が合うと言うべきでしょうか。この集団の一角に居る事が誇りともなんとも思わないです。私は暇だったんでしょう、きっと。

 きたのがどうとか、みなみがどうとか、今少し私達の界隈では有名人面していますが、私と何一つ変わらない醜悪な人間である事は言うまでもありません。





 メンバーは


 リーダーでありイケメンの きたの


 超悪ガキで誰よりも悪い坊主の ひがしぐち


 相棒で野球が得意なロン毛の みなみ


 そして我らが主人公の にしま


 基本的にはその4人グループでした。





 いつもこのメンバーでガンガン集まっていました。


 ガンガン集まってはいましたが、集まればきたの以外の人間は常にお腹がグーグー鳴っていて、腹が異様に減っておりました。頑張ればドレミファソラシドをお腹で鳴らす事が出来ました。


 とにかくお金が無かった私達は、リーダーであるきたのが所有する山の木で先程お話した秘密基地を作りあげ、そこを拠点として山菜などを収穫し、収穫した山菜を知り合いの商店のおばあちゃんに頼みに頼みこんで、お菓子や焼き芋などと交換して空腹を満たしていました。


 ゲームでいうと、どうぶつの森に似たような事を既に子どもの頃からリアルにやっていました。むしろそういう事をやったのは私達が先なので、どうぶつの森は私達が作ったと言っても過言ではありません。(絶対にそんなことはありません)


 時に誤って毒キノコを収穫し持ち込んでしまい、商店のおばあちゃんに怒られてしまいこともありました。


おばあちゃん「毒キノコ入ってる!!あんたたち、私を殺す気だったでしょう?!」


東・西・南・北「え”””!?」


にしま「いや・・・絶対殺す気はない!!おばあちゃんが死んだら交換出来なくなっちゃうじゃないか!!」


おばあちゃん「あんた達にとって私はその程度の仲かね?!にしまくん?!」


 火に油を注ぎ続ける馬鹿な集団でした。



 ・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・




きたの「あぶなかったー・・・・おい、あれ誰が入れたんだよ?」



ひがしぐち「俺かなぁ?・・・・」


 恐る恐る手を挙げるひがしぐち。


きたの「ひがしぐちか!!聞く前から犯人はお前だと思ってたわ!!前から毒キノコはやめろって言ってるだろ!!あったま悪いな!!何回言えば分かるんだ!!・・ババアが死ぬだろうが!!このタコ!!ババアが死んだら、お前とにしまとみなみは仲良く飢え死にだ!!お前はもうキノコを選別するなよ?!・・・自分のキノコだけいじっとけドアホが!!」


にしま・みなみ「はっはっはっは!!自分のキノコを商店持っていけばいいじゃねぇか!!」


 腹を抱えて笑うにしまとみなみ。ひがしぐちは確認せずに市場に毒キノコを流してしまうことがよくありました。そんな事はさすがに誰も許しません。





 ザックリでしたが・・・・そんなようなことが日常茶飯事で起きていました。一歩間違えたら誰からでも訴えられる身分であった事は隠しようがありません。


 でも楽しかった毎日・・・。結果的に変な事ばかりしているので、勿論大人達に怒られることは多々ありましたが、そういう所も含めて地域から可愛がられている悪ガキ少年グループでした。・・・という風に思いたいです。





 そんな私には子どもの頃から今でも尊敬している、おばちゃんの存在がありました。


 両親が共働きで大変忙しかった為、両親が忙しい時はいつもそのおばちゃんに面倒を見て貰っていました。


 ずっと子どもの頃から根っからの『可愛いキャラ』だったという事もあり、とてもおばちゃんから可愛がられておりました。



 ある日、おばちゃんの家に行った時、おばちゃんから入学祝いで『青い自転車』を貰いました。当時そのようなオシャレな自転車は少なく、とても嬉しかったです。


 とにかくオシャレでカッコいいのでとても気に入っており、本当は寝る時も風呂に入る時もサッカーをする時もずっとずっと一緒に居たかったです。まぁそれは当然不可能ですが・・・。



みなみ「にしまええやんそれー、めちゃめちゃかっこいい。乗らしてよ」


にしま「だろぉ?カッコいいよな。俺のおばちゃんに買って貰ったんよ。」



みなみ「・・・・あー、あのおばちゃんかー。ええなー羨ましいなぁ。」


 友人のみなみもそのデザインを気に入っている様子でした。鼻高々で、出かけるときは必ずその青い自転車に乗って出かけていました。



にしま「よーし、今日もチャリで80kmだすぞー!!」


 自転車をバク漕ぎをする毎日でした。








 それから1ヵ月の月日が流れました。


 私が生まれ育った町は雨が少なかったですが、その日は記録的な大雨で、特定地域では避難勧告が発令されるレベルの大雨でした。



 しかし私達に天気など関係なく、そんな大雨の日でも飽きもせず、またいつものようにみんなで集まっていました。



きたの「おいみんな!!すっげー雨だな!!こんなの初めてだ!!ちょっとみんなで橋のとこまで見に行ってみようぜ!!」


ひがしぐち「いいねー!!お前やっぱ良い事言うわ!!行こう行こう!!こういう時こそ、逆に遊ばなきゃなぁ!!行くぞみんなー!!」


 いつもの悪友達に誘われ、近くの橋の所まで行きました。



 到着すると、橋下の川が濁流になっており、水かさがいつもの2倍以上になっていました。いつどこかが決壊して鉄砲水になってもおかしくない状況でした。



ひがしぐち「おい、なんか投げ入れてみようぜ!!」


 また友人のひがしぐちの悪ノリが始まりました・・・・。





 ・・・・とは言え、何も持っておりませんでしたので、川に投げ入れる物が無く、困っていました。


きたの「うー-ん、どうしよかなー・・・・」





 そこで・・・・天性のファンタジスタ気質である私が動き出しました・・・・。



にしま「・・・・よーし決めた、この自転車投げ込んでみよう!!」 (まぁ・・・後で取りに行けば問題ないだろう・・・・)


きたの「マジかにしま!!男だな!!」


ひがしぐち「いいねー!!にしまかっこいいぞ!!」



みなみ「・・・おい・・・・」


 みなみの制止が間に合わず、こともあろうに私はおばちゃんから買って貰った大事な大事な宝物の青い自転車を川に放り込んでしまいました。



にしま「おらー--!!!」



 ザブーーーン!!!!


 物凄い勢いで自転車は流されて行き、あっという間に見えなくなりました。



きたの・ひがしぐち「ひゃーはっはっはっは!!!」


 橋の腹を抱えて笑い、その場に笑いながら崩れ落ちるきたのとひがしぐち。


 みなみだけは気の毒そうな顔をしていました。


 この時の事をよく回想していますが、今大人になり冷静になって考えてみたら、自分を含めてまともな考えの人間が周りに誰一人も居なかったと思います。子どもながらに本当に常軌を逸していました。



にしま「・・・・」


みなみ「おい、にしま・・・よかったのかよ・・・」


 きたの達が散々笑った後、良い時間になった為、解散になりました。


ひがしぐち「いやー、にしま!!わろうたわ!!wwさすがだな!!wまぁ・・・チャリもう一個買えばいいだけだしな!!お疲れ!!また明日!!」


 体を張ったのに・・・宝物を投げたのに・・・・・俺は心を張ったのに・・・・


 ひがしぐちに関しては本気で一発ぶん殴ってやろうかと思いました。








 解散した後、私は必死の形相で急いで川に戻りました。


 今から自転車を拾いに行けば!!まだ近くにあるはずだ!!!


 持ち前のサッカーや野球、そして柔道で鍛えた俊足を活かして猛ダッシュでさっきの川に戻り、橋を降りて半泣きで草をかき分けて水面を見ていました。


 ここに潜ったら自転車が見えるだろうか・・・・。


 ザァァァァーーー!!





 しかし雨は勢いを増し、バケツに入った水を常に誰かに上からも横からもぶっかけられているような状況でした。そして川はますます氾濫しておりました。物凄い勢いの水流で、もしも足を滑らせて川に落ちたら私の体はどうなるかわかりません。真っ暗で勿論ライト等の道具も無い為、ほぼ周りが見えません。



 すると、そんな中橋の上に人影がみえました・・・・・。








みなみ「にしま!!・・・・」


にしま「・・・みなみか!!・・・」


みなみ「・・・ふふ・・・お前は戻ると思ったわ!!」


にしま「・・・・なんでわかった?」


みなみ「俺はにしまがやることは全部分かってる。相棒だからな。」


にしま「みなみ・・・・よし、潜って一緒にチャリ探そう!!」


みなみ「はぁ?!?!馬鹿かぁ?!・・・・いやいやいやいや!!どう考えても無理だ!!明日の朝には雨が止むから!!そこまで待とう!!今お前飛び込もうとしただろ?!絶対やるなよ!!死ぬぞ!!」


にしま「嫌だ!!何すんだ!離せ!!みなみ!!」


 私はみなみに羽交い絞めにされながら陸地に戻されました。


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・








 みなみとの捜索の甲斐あって自転車は見つかりましたが、自転車は泥と水圧によってグチャグチャになっておりました。再起不能です。


 私は半泣きでした。宝物だったんです・・・・かっこいい自転車・・・・・。この世に形がある物の中で一番大切な物だったんです・・・・。



みなみ「・・・・おいにしま・・・・この事おばちゃんになんて言うんだよ。」


にしま「・・・・言えない。しかもまだ乗ってる姿をおばちゃんに見せてない・・・・。・・・・直そう・・・。」


みなみ「よし、いつもの自転車屋に持っていこうか。」



 知っている自転車屋に二人で運んで持っていきましたが、そこの親父の話だと、フレームが曲がり欠損多数でもう元通りに治すことは出来ないと言われました。



自転車屋「にしまくん、川に自転車ごと落ちたんか?まさか・・・事故とかじゃあないだろうね?」


にしま「みなみ・・・・・・代わりに喋ってくれ・・・・話す元気が無いよ・・・・」


みなみ「運転してたら雨で滑って、川落ちそうになったから自転車から飛び降りたんだよ」


にしま「大変だったよ・・・・・」


 みなみの言い訳でその場を逃れましたが、自転車が治らないと分かった為、私の家の車庫に隠しておくことにしました。











 奇しくも・・・・・・それから直ぐの事でした・・・・・。





 おばちゃんの訃報を聞いたのは・・・・。





 通夜にはみなみ達が来てくれましたが、泣き崩れてずっと顔を伏せていた為、話す元気が今の私には全くありませんでした。



みなみ「にしま・・・あのな・・・」


きたの「やめとけみなみ・・・俺達が気安く声をかけれる状態じゃあないだろう。もぉ帰ろう。こんなにしま見るのは初めてだわ。」


 きたのとみなみの声がかすかに聞こえたので、何か言おうと・・・せっかく来てくれた友人に為に、異常に重い口を開けました。



にしま「・・・・みんな・・・時間ある?・・・ちょっとだけ手伝ってくれないか・・・。」



ひがしぐち「なんだよ!!お前しゃべれんのかよ!人形かと思ったわ!!ははっ!!」



 ひがしぐちだけは、マジであいつだけは許さない・・・・・。





 4人はにしま宅の車庫にあった青い自転車を秘密基地に移動させました。





みなみ「にしま、家に置いとかなくていいのか?おばちゃんの形見だろ。」


にしま「いや・・・ここに置いとくことにするよ。」


きたの「お前がそう言うなら良いけど、なんで?」


にしま「家に置いてあると悲しくなる。ここに置けばみんな居るから気が紛れるから。なんかもぉ・・・・・・泣きすぎて涙が枯れてしまったわ。」








 今までの自分の人生であれほど悲しかった事は無かったです。


 おばの事は亡くなった今も尊敬している。本当の子どもでもない自分を可愛ってくれて、自分の子どものように育ててくれた。自分はおばのように他人を愛せるだろうか。



 ・・・・・・・


 ・・・・・・・


 ・・・・・・・



リュウ「そうだったんですか・・凄く悲しいですね・・・」



 葬式の時、おばちゃんが亡くなってしまったことで悲しかったと感じていたのですが、私は人が死ぬことは悲しい事ではないという事にその時気が付きました。





 体の悪いおばが当時ネットも無い時代だった為、歩いて自転車屋さんへ行き、私の為に『これがいいだろう』と、きっと『喜んでくれるだろう』と青色の少し変わった、私のような人間には勿体ない高級な自転車選んで買ってきてくれたこと。


 そのおばの行動が当時の自分には全く見えていなかった。だから俺は橋から自転車を落としてしまったんだ。おばの『命がけの好意』を踏みにじるような事を私はやってしまった。その事を今もずっと悔やんでいるんだ。



 その日までの私は、おばに一度も自転車を乗る姿を見せておらず、その事ばかり後悔しています。後悔しても戻らないあの日。あの日常の私を呪いたい。ただただ自分の遊びに没頭し、人の親切が分からず、感謝も少ない人間だった。


 最愛のおばが命をもって、そんなにも大事なことを教えてくれたんだから、もうそれはとてつもない感謝でしかない。

 感謝・・・・その人が生きている生きていないは、もぉ俺にとっては関係がないのです。これからの生き方でおばに償う。空から見ていて欲しい、俺の命がけの戦いを。



 「そういう人の気持ちがわかったなら良かったじゃない。親でもない私から学ぶ事があったなんて、私が生きていて傍に居た甲斐があったわ。あなたのおばちゃんで良かったわ」とおばにいつかどこかで・・・・そういう風に・・・・言われるように、恥じない生き方を信念として全うしていくんだ。







 人生は良い事は少なく、悲しい事が沢山あります。私は後にも先にも涙を流したことはこれっきりで、もう二度とおばの事以外では涙は流さないと決めました。

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