「ワイルド・ギース~救戦のバトン~」 

低迷アクション

第1話

 つい数時間前までは、ひげ面、ニヤケ面な、兵隊達の顔を歪ませるには充分な数の5.56ミリフルメタルジャケット(徹甲弾)を、手にした突撃銃から発射した時、


IGA (Integration government army 統合政府軍)平和維持部隊所属の

“イワルクリン・ディアス”少尉相当官は軽いめまいと強い吐き気に襲われる。


世界が“こんな事”になり、軍人と言う職業は只の飾りに成り下がった事が、主な原因だが、ディアスはまだ24、士官学校を出ての初任務で戦闘を経験するとは考えていなかった。


(躊躇うな!やるべき事を成せ)


頭を振り、額に穴を開けた亡骸を飛び超え、淡い照明で彩られた拠点を進む。


随行の兵士達には、目標を確保してから、無線を入れ、援護に駆け付けてもらう手筈だ。


彼等とて、実戦は今回が初めて…悪を倒すのは、手から一千度の炎を出す女子コーセーや、化学の誤用で生まれた筋肉だらけの覆面達の領分と来ている。


「だが、今回は事情が違う。俺達がやらなければいけないんだ」


呟き終わるのを見計らったかのように、目前の通路から新たな敵が飛び出す。


サプレッサー付きの銃口を上げるが、敵の方が一枚上手、消音装置で長くなった部分を、掴まれてしまう。


正規兵と違い、彼等、反政府武装組織は、ヒラヒラ衣装とステッキを持った少女が頭上から降下してきた時、臆することなく、RPGロケットを撃ち込んだ連中、実戦の場数では敵わない。現に、目の前の男は、殺気と驚愕半々の顔から一転…


「お前、IGAの坊やか?何しに…」


銃声が響き、半笑い変化の表情に穴が開く。


「だから、言ったろ?少尉殿、音消し装置なんて、役に立たねぇってな?」


軽口を遮るように、複数の怒号とこちらに向かってくる足音が聞こえ、

自身の頭は


“絶対絶命”


“本部に背いた許可なし作戦はやっぱり失敗”


“戦う必要のない世界で、わざわざ死地に赴いた愚か者”


と言う言葉を並べ始める。


だが、ディアスには、何故か、目の前で笑う“傭兵”と一緒なら、どうにかなると言う確信があった…



 

 「こちら、フライアウトから、イーグルネスト(本部)へ、

コンボイ(輸送隊)が到着。ゲートを開ける。許可してくれ」


「イーグルネストからフライアウト、確認した。それと追加事項だ。

“耳なが”のお客さん達は見えるか?コンボイ隊のすぐ傍で“逆転生”の兆候が確認され、確保した。人数は4人。全員女性、美人のエスコートだ。コンボイの連中、耳じゃなくて、鼻を長くしているぜ?」


「了解、確認した。通信終わり……あれが“エルフ”初めて見た…」


話は数時間前に戻る。


砂漠の駐屯地ゲート守衛班長であるディアスは、トラックの中から、こちらを不思議そうに見つめる“異世界からの訪問者達”に視線を向け、


自分が“今世界における最前線”に来た事を実感する。


彼が初めて、この存在を知ったのは、地元の中心街…


外宇宙からやってきた侵略者達が空に広がる中、それらと戦う、マントを羽織った同い年くらいの青年…


以降、彼等、彼女達のような異能の存在が、世界各地に現れ、


“魔法少女”や“スーパーヒーロー”と言う称号の下、これと同等か異常(以上)

の力を持つ怪人、怪獣達との戦いが展開されていく。


各国の政府は結託して、彼等の支援に回る事を決め、ディアスの所属するIGAが発足される。


やがて、時代が進む中で、この世界ではない“異世界”の存在が確認され、向こうに行く者や、向こうから来てしまう者達も、当たり前のモノとなりつつあった。


異能、亜人の登場は多くの福音をもたらしたと言う者もいる。だが、ディアス達、現場に就く者には、とてもそうとは思えない“現実”を見るハメになる。


エルフ達を乗せたトラックがゲートをくぐる瞬間、乾いた銃声が砂漠に響く。


「銃声!?…こちら、フライアウト、攻撃を受けた。繰り返す。攻撃を受けた」


無線にがなるが、返答はない。視れば、基地を囲む渓谷のあちこちから、黒い戦闘服の男達が姿を現し始めている。


地元の武装勢力と言う事は一目瞭然…ディアスは迷わず、銃を構える。


「イーグルネスト、左右の渓谷に10人づつ、エルフを乗せたトラック後方に

15人、ゲートに接近。発砲許可、いや、発砲する。クソッ、何故、誰も答えないんだ?」


通信をしている間に、トラックの包囲が進む。ディアスは迷わず、銃の安全装置を外す。通信機が鳴ったのは、その時だった。


「こちら、イーグルネスト、フライアウト、発砲は許可できない。何もするな」


「何だってっ?」


「まぁ、そういう事だ。白人の坊や」


いつの間にか、サングラスをかけた男がゲートの停止棒ごしに銃口を叩く。


「お前は?」


銃を下げるが、いつでも撃てるように、引き鉄に指を乗せたままだ。しかし、相手は毛ほども気にならないと言った顔で、言葉を続ける。


「俺は、まぁ、そうだな。おたく等の言うところのテロリスト、武装勢力のリーダーだ。だが、今から行う事を見れば、公平な商売人と名乗った方がいいな。オイッ、始めろ」


男の合図でトラックからエルフの少女達が降ろされ、彼等の用意した車両に連行されていく。


「貴様っ!一体何を?」


「お前、新顔か?だから、そんなにテンパってるんだな?考えてみろ?お前等の国じゃまだしも、ここは紛争の混乱地域、統合政府の専門機関にあの子等を送るなんて、


労力、誰が受け持つ?お前達の財源はカツカツなのを知らないのか?これは上と、俺達との間で決まっている事だ。


今は何処も亜人種は定員割れ…需要も供給も足りている。わざわざ保護してやる必要もない。だけど、いるからには、誰かがなんとかしてやらないといけない。


そこで、俺達の出番だ。彼女達にも、あの子達なりの役割があるんだよ?


まぁ、これはヤパーニッシュのエロ本で学んだ事だがな。ハハ、お?


やるかぃ?坊や?ここはゲートの外だぜ?お前の小っちゃな正義感で基地の全員を危険に晒すか?基地だけじゃない。兵士達の家族、しいては国レベルの干渉だぞ?一介の少尉殿に取れんのか?責任?…そうだ。それでいい。何もするな?なっ?あばよ、新米の少尉さん」


半笑いの男の後ろで、荷台に乗せられたエルフ達が自分を不安そうに見つめる。


ディアスは、その視線に詫びるように、頭を下げた…



 拠点内に設けられたテントや建物のあちこちから銃を構えた兵隊達が飛び出してくる。


「不味いな、敵さん、結構本気だぞ?」


全く“不味い”と思ってない口調で笑う相棒にディアスは隣で、改めて舌を巻く。


基地で会った時から、この男の妙な自信は揺らぐ事はない。そう、あの時から…



 「クソッ」


本部のドアを開け、毒づく。自分達の任務は平和を維持する事…そのための犠牲として、彼女達がいるのだと、逆に諭された。


怒りのままに踏み入れた食堂では、誰もがディアスから目を逸らし、背を向ける。


全員が知っているのだ。知らなかったのは、自分だけ…こんな公然の秘密…


「一体、俺達は何のために…ってか?顔に出てるぜ?少尉さん」


少し笑ったような声に苛立ち、顔を上げる。赤ら顔の東洋系、加えて自分達とは違う迷彩服を着た男が立っている。


「傭兵か?」


IGAの兵員だけでは、駐屯地の運営は出来ない。必要品の調達、基地防衛の予備兵員として、多くの傭兵や現地スタッフが出入りしていた。目の前の男もそうなのだろう。ディアスの予想は外れる事なく、ニカッとした笑い顔で証明された。


「エセクタ(正解)今や殆どが社員のPMC(民間軍事会社)と違って、昔ながらのワイルド・ギース (渡り雁)の“ティト・源治 (ティト・げんじ)”


せっかく、エルフさんに会えるってんで、期待して来たら、胸糞悪い現状、

こうなりゃ、連中が教えてくれた異世界ふうぞ…で一発」


「ふざけるな」


低く唸りながら、胸倉をつかむ。ぶつけてはならない鬱憤が腹の中から、

一気にせり上がってくる。


「昨日は味方、明日は敵の二枚舌傭兵が何を抜かしやがる。こっちが好きで、

あの子達を見捨てたとでも?人種も世界も違う、不安しかない世の中で、文字通りの絶望を与える事を良しとするでも?


誰が好き好んで……だけど、仕方ないんだ。人ならざる力を持つ者達は活躍しすぎた。今や、彼等、彼女達は一人残らず制限をつけられてる。見合う敵を全部倒してしまったからな?たかが、戦車に武装ヘリを持ったテロリストには介入できない法律があるとさ。


現状はあの子達がいない時代より悪くなってる。俺達くらいの戦力じゃ、何もできない。司令官が言ってたよ。何故?IGAが出来たか?それは、異能の味方、敵、両方によって、散々疲弊された戦力をどうにか再建し、建前を作るためだと…


そりゃそうだ。核ミサイルも効かない奴等がのさばる世の中じゃ、正義なんて遂行できやしない。俺達は出来ない。何も、何も…」


「それだけか?」


「何っ?」


「言いたい事はそれだけか?と聞いたんだよ」


口調は軽いが、その顔はとうに笑っていない。ゆっくりと両腕を離すと、

相手は、こちらに背を向け、歩き出す。


「どうするんだ?」


思わず問いかけるディアスに、源治は肩を竦める。


「そう聞くって事は、もう答えはわかってんだろ?俺がわざわざ、アンタみたいな新米少尉に声かけた理由は何故だと思う?奴等の居場所を知りたいからだ。


まぁ、期待外れだったみたいだから、他、当たるさ。なんせ、俺も着いたばかりで、よくわからん新参者だからな?」


まるで飲みに行くような口調の傭兵…だが、こちらの疑問は尽きない。


「1人で戦うのか?何故だ?どうして、そこまで?」


「異能の嬢ちゃん、兄ちゃんが何も出来ない。IGAは力がない。


前の時代よりヒドイ、それは違う。今も昔も変わらない。


あの子達は困ってる。だから、助ける。ただ、それだけ…これは、いつも同じ。変わる事はない。おわかり、少尉殿?」


「…」


ディアスの無言を肯定と受け取ったのか?相手は食堂の出口へ向かう。


「待て!」


「?」


「俺も行く」


「‥‥…上出来だ。少尉」


ニヤリと顔を歪ませる源治、それで全てが決まった…



フルオート連射の突撃銃は、すぐ、空になる。新たに4人を倒した後、空の弾倉を飛ばし、異国の言葉が聞こえた室内に手榴弾を投げ込むと、間髪入れずの爆風に負けないくらいの大声で吠える。


「装填!源治頼む!」


「全く、人使いの粗い少尉殿だ!」


軽口を叩く源治がウサギのように飛び上がり、後方に迫った兵士達に、大振りのM16ライフルを振り回し、将棋倒しに蹴散らす。


「旧式の16で、よくやる」


「おたくの416と弾倉共有できるんだ。文句は無しだぜ?」


「…後ろは任せる」


新たな弾倉を差し込んだ突撃銃を連射しながら、ディアスは暗い室内に突進する。近くにいた兵士を銃床で殴りつけ、エルフ達の居場所を尋ねた。


「お前達、何をしているのか、わかっているのか?これは…」


床に寝そべった男のすぐ横を撃つ。


「エ・ル・フ・は・何・処・だ?」


「お、奥の部屋」


「ありがとう」


軍用ブーツでお礼を見舞うと、弾切れの突撃銃を捨て、木のドアを蹴破る。この国独特の臭いとは違う匂い…蒼褪め、震えてはいるが、その美しさは何ら変わらない。


声をかける前に気づく。恐らく言葉が通じない事と、敵の返り血を浴びた自身と外の爆音&銃声は、彼女達にとっては恐怖であると…


片手を上げ、誠実さを示す顔で頷く。エルフの1人がゆっくりと進んでくる段階で、気持ちが通じた事を確信し、直後の激痛…彼女達の音楽のような悲鳴を背に、


振り返れば、床に伸びた男とは別の4人が銃を構えて立つ。


「全く、ヒーロー気取りの馬鹿者が、一人で何が出来る?」


(フッ、コイツ等、俺が一人で来たと思ってるな)


「ああ、そうとも。少尉殿、コイツラは何もわかっていない、かましてやれ」


怒り狂った男達の背後に、源治が現れる。相手が後ろを向く前に、あらかじめ、手元に抜いておいた9ミリ拳銃を腰だめに連射した。


「ヒューッ、ジョン・ウェインも真っ青の早撃ち…てか、俺に当たる可能性は

考えてたか?」


「いや、まったく…」


「ヒデェな、これだから、正規軍の奴は………少尉殿?」


倒れた4人の前で、自らも腰を落とす。エルフ達への被弾を恐れ、相手が撃ったのは、貫通力の弱い拳銃弾…防弾ベストなら防げたが、当たり所が少し不味い。


外では12.7ミリ重機関銃の叩くような音が響いている。連絡をよこさないのを心配した、随行兵達が来てくれたのだろう。


源治の後に続くディアスに声をかけてきた下士官達の顔が浮かぶ。


「貴方の話は感動しました。自分達も同じ思いです。是非、同行させて下さい」


皆が正義のために志願した兵士達だ。能力があるないも関係ない、全員が

同じ気持ちなのだ。


しかし、誰もが様々なしがらみの中で動けない現実に突き当たっていく。昔、テレビで言っていた言葉にもある。


「現実世界に魔法少女やアクションヒーローと言った正義の味方が現れたとします。


しかし、現実の世界では、彼等は常識と言う制約の中で戦う事が出来ず、最後は悪に屈してしまうでしょう」


それを壊してくれたのが、目の前の“渡り雁”だった。彼がいなければ…


「違うな。少尉殿、アンタは自分で決めた。新米の将校さんにしては、大したモンだ」


心を読んだような源治に頷き、ゆっくりと地べたに頭へ移せば、

柔らかい何かに乗せられる。


逆さまでも美しいエルフの顔へ、どうにか笑みを返す自身に源治の言葉が響く。


「あんたはよくやった。今はとりあえず眠るといい。さよならだ。少尉。また、会おう」


旧式のM16ライフルを掲げ、去っていく傭兵を目で追う内に、ディアスの

意識はゆっくり遠のいた…



 「ディアス少尉、貴官の行為は我がIGAの公然の秘密…


いえ、れっきとした異世界人身売買のシンジケートの一つを潰す事に成功し、自組織の腐敗を正してくれた。


まず、その点に関しては感謝する」


名札によれば“リヤン” (後は発音しにくい)と言う、自分より若く見えるアジア人の女性将官は、この面談で、ディアス自身に何か不利な事が起こる事はないと前置きした上で、質問を開始した。


源治の去った後、味方の兵士に救出されたディアスは、砂漠から本国へ“治療”と称した事実上の証人喚問のため、帰国する。


病室のベッドで静養する彼の前に、リヤンが現れ、前述の流れとなった。


「ただ、これは身体的、宗教的、思想的観念に関わる事だから、質問を答えるかは、貴官の判断で構わない。いいね?」


「…はい。少佐殿」


「よし、それでは、単刀直入に聞く。君は何か異能の力を有しているのか?」


「ハッ?…」


思わぬ質問に目を丸くしてしまう。だが、少佐の顔は変わらない。


「少佐、質問の意味を図りかねますが…」


「少尉、貴官の士官学校時代の成績を見たし、過去の来歴も調べたが、特殊部隊員としての経験もなし、実戦もこれが初めてだ。その新米兵士と言っていい君が、


50人近いゲリラ兵の拠点に乗り込んで、38名を殺害、肩を撃たれただけで、帰還するのは、どんな計算をしてもあり得ない。それこそ、スーパーヒーローでもなければな?


どうだね。何か言う事はあるか?」


「だから、それは上官にも伝えましたが、現地傭兵の協力があって、彼のおかげで、異世界人達を救出する事が出来ました。それだけです」


少しムキになる自分の前に、端末が差し出される。


「……!?…これは…」


「食堂、後は反政府勢力の拠点にあった監視カメラ全ての映像だ。これを見て、わかる通り…」


食堂の壁に向かって叫ぶ自身、敵の拠点で相手に銃を掴まれた時は、銃口を無理やり口に突っ込み、撃ち飛ばす。弾が無くなれば、手榴弾を投げ、ウサギのように飛び跳ね、敵を蹴散らしていくディアス…そう、全ては


「君一人がやった事だ。ディアス少尉」…



 呆然とするディアスの前でリヤンの淡々とした声が響く。


「我々は君の言う“ティト・源治”について、証言に基づき、出来る限りの

情報を集めた。まず、彼が持っていた旧式のM16ライフル、これは、今では、反政府勢力や海賊が使う旧式のモノだ。いくら、弾と弾倉が共有できるからと言って、使う傭兵は少ない。


更に服装から察するに、彼の戦闘様式は1970年代の東南アジアの戦役に参加していた人間のようだ。そこから、身元がわかった」


あらかじめ渡されたファイルの中から、彼女の細い指が、一枚の古ぼけた写真を取り出す。そこに映っていたのは…


「源治…」


「オーストラリアSAS(特殊作戦群)所属、ティト・源治、最終階級は上級曹長、1972年当時の年齢は35歳」


「35歳…」


「生きてるなら、80を超えてる」


「死んだんですか?」


「5年前にね。ちょうど、異能者の存在が認知され始めてきた頃の事よ。

72年以降、彼は軍を除隊し、傭兵として、各地の戦場を戦った。

味方についたのは、常に圧制者と戦う反体制側、貧しき者達の救い手であり続けた」


「…すいません、頭の整理が追い付かないです…」


「…………これは、生前、彼が残した最後の映像よ」


タブレットの映像が切り替わり、深い皺の刻まれた老人の姿が映る。見た目はだいぶ変わったが、つい数日前に戦った源治の面影があった。いや、これは自分の妄想?それともゴーストなのか?疑問が頭を占め続ける中で、気が付けば、動画の再生は進んでいる。


「‥‥‥‥である事から、昨今、新たな正義を担う者達が姿を現し、より一層の平和に対する可能性が高まったと言える。しかし、四半世紀を戦場で戦い続けた経験から、新しい力は、それを扱うのが、人である限り、必ず平和に貢献しなくなり、最後は人類には災いをもたらす事は歴史が証明している。


核兵器は平和をもたらしたか?コンピューター制御によるミサイル、兵士の代わりとして投入された無人兵器は、今や人類の新たな脅威となった。


これらの力には制限がかけられ、やがては過去から培われてきた原始的な悪が幅を効かす。いつの世でも…


正義と悪の流れは常に同じ…この戦いに終わりはない。強い制圧力を持つ力は、統制され、使えなくなるか、悪に利用され、台頭を許す。


ならば、私は、これら普遍的な悪に対し、同じく原始的な正義を掲げたい。世の利益や制約に囚われず、ただ、困っている者、弱きものを助けたいと言う純粋な理念を持つ者達の手助けをする。不肖、ティト・源治、この身を捧げ、諸君等と戦い続ける所存である。その具…」


「映像はここまで、これが彼の正体よ。貴方が見たモノはわからないけど、

まぁ、こんな世の中だから…何かあるのかもしれない」


喋り終えたリヤンは立ち上がる。その動きにディアスは慌てる。


「少佐殿、私は」


「昇進よ。中尉」


「ハッ?」


「口止め料と思ってちょうだい。どっちにしろ、貴方はたった一人で異世界からの来訪者達を救出した英雄よ。これからもよろしくね」


「了解…です」


敬礼を返す自身に、少し微笑んだようなリヤンが病室を出ていく。


後に残されたディアスはベットに体を沈める。まだ、全体の疲れがとれていない。医者の話によれば、一カ月は絶対安静との事だ。


結局、源治が何だったのかはわからない。ただ、彼は教えてくれた。誰のために、何のために戦うのかと言う事を…


また、自分に同じ事が出来るか?一抹の憂いは、源治の言葉を思い出し、すぐの杞憂…声に出して呟く。


「また会おう。ワイルド・ギース」…



 病室を後にしたリヤンは制服下に隠した45口径自動拳銃をチェックする。


上層部は汚職の収束に躍起になっている。反政府勢力の上客の中には政府関係者、異能者達も含まれている。


今、ここでディアス中尉を始末してしまえば、丸く収まると思う者がいるのは事実だ。それをやらせる訳にはいかない。これを防ぐために自身がいる。


IGAは腐敗に満ちすぎた。正すのは今しかない。


実戦はディアス程ではないが、経験はある。それに…


「一人ではない…よね?」


ディアスには源治の映像全てを見せてはいない。まだ、こちらとしても解析中の段階で、中尉をこれ以上混乱させる必要はないと判断した。彼と同じ“源治と共に戦った人間”が世界中で増えていると言う事実を伝える事もだ。


動画の中で、源治はその具体的な方法について語っていた。


現れ始めた異能勢力達の技術、そこには、魔術や最新のAI、ナノマシンなど、この世界で出来る全ての技術を用いた実験が行われていた。


映像の最後、源治の全身は溶解し、粉のようになったところで、動画は終わっている。


IGAの調査機関によれば、ウィルスのように自身の体を世界中に散布、もしくは霊体…これはかなり怪しいとの事だったが、


あるいは、特定の要素に反応するナノマシンなのか?


全てはまだ解析中だが、彼の試みは成功したことを示している。


今の自分には確かめようがない。だが、わかる事はある。ディアスの証言から、源治の理念は変わっていない。そう、あの時から…


リヤンが子供の頃、彼女の国は戦時下だった。独裁政権と反政府軍の攻防は、当然のごとく、民間人にまで被害を及ぼすようになる。リヤンの住んでいた村も政府軍の攻撃を受けた。


助けたのは、反政府側についた源治の部隊だ。


「困ってる人を助ける。当たり前だろ?」


軽い口調で、人々を全力で助ける傭兵の背中を追いかけ、いつの間にか軍人になっていた。正義が正義を遂行できないと知った今も、志は変わっていない。


廊下の雰囲気が変わった。予想通り、敵は近づいてきている。


「いよいよね」


肩に吊るしたホルスターから銃を抜き、深呼吸する。軍の正式は9ミリだが、彼の出現がわからない以上、ディアスと同じ条件で臨みたい。


源治が遺したモノは、全うな正義とは言えない。いくら正しい事をしたいと言う者の手助けとは言え、常人をヒーロー級にする行為は、その本人の体に負担をかける。今の所、死者は出ていないが、これ以降はわからない。悪に限りがなければ、必ず犠牲者は出る。


それを止める理由は勿論ない。


結果はどうであれ、ディアスも彼等も戦う事を選んだ。命を懸けて、正義が出来ない正義を遂行する。


これこそが源治が謳う、いや、人類に求められる平和への理念なのかもしれない。


通路に黒いマントを羽織ったヒーロー風の男が現れる。彼の後ろにはIGA直轄の部隊員達が続く。


相手が口を開く前に銃を構え、戦う意思を見せる。後ろから声が響いたのは、その時だった。


「45口径か、ちょうどいい。俺の1911(拳銃の名前)と弾共有できるな。少佐殿!」


振り返れば、子供の頃と変わらない赤ら顔が不適に笑っていた。懐かしさで言葉に詰まる自身を見た表情に、変化がある。


「おおっ??あの時の嬢ちゃんかっ?大きくなったな。ハハ、なんだ。また困ってるのか?」


息を呑んだのは数秒…後は口角が上がるだけ、自信を胸に言葉を返す。


「ええっ、でも、今回は違う。困ってる人を私が助けるの」


リヤンの言葉に源治は頷き、自分の隣に並ぶと、同じように口角を歪ませ、いつもの軽口で言葉を放った。


「それじゃ、行くか。嬢ちゃ…いや、少佐殿」…(終)  

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