第4話



「行くぞ!」


冷たい洞窟の中で、俺の声が反響する。洞窟の奥に潜む魔物の群れ。彼らを退治するのが今回の依頼だが、俺たち以外に受ける者は誰もいない。それには理由があった。


「倒しても、何も残らない魔物だとさ。」


案内役として同行しているリュークが、震える声で言った。目の前にいるのは黒い霧を纏った狼型の魔物。その数、4匹。どの個体も目が真紅に輝き、低い唸り声を響かせている。


「素材にもならない魔物か……そりゃ、誰もやりたがらないわけだ。」


普通、魔物を討伐すればその死体は肉や骨、毛皮といった貴重な素材になる。それがこの洞窟の魔物は、倒した瞬間に黒い霧となって消える。その霧は何も残さず消え去るだけ。冒険者たちが旨味のない仕事を嫌がるのも無理はない。


俺は腰に下げた即席の木の槍を握り直した。


「だからって、このまま放っておけば村は壊滅だろ。やるしかない。」


先手を打つために、地面から拾った石を全力で投げつけた。狙いは、左端の狼の額。石は見事命中し、魔物が一瞬ひるむ。


「今だ!」


俺はすかさず槍を振り下ろし、魔物の首元に突き立てた。固い毛皮を突き破った感触とともに、魔物は動かなくなる──その瞬間、体が黒い霧に変わり、洞窟内に漂い始めた。


「本当に霧になった……噂通りだな。」


「おい、その霧、吸い込むなよ! 毒かもしれない!」


リュークが叫ぶが、俺は言葉を無視していた。霧は、まるで引き寄せられるように俺の体へと吸い込まれていったのだ。


「なんだこれ……?」


口の中に苦味が広がり、鉄のような味が鼻を抜ける。不味い、正直に言えばとんでもなく不味い。だが、霧を吸い込むと同時に、体の疲労がほんの少し回復するのが分かった。


「……俺、この霧、食えるのか?」


自分でも信じられない感覚だった。霧がただ消え去るのではなく、俺の体内に取り込まれ、エネルギーのようなものに変わる。これが異世界に飛ばされてから手に入れた力の一つなのだろうか?


「残り3匹だ!」


すぐに気を取り直し、次の魔物に向けて槍を構えた。1匹の魔物が突進してきた瞬間、足元の石を蹴り上げて目くらましを狙う。視界が揺れた隙を突き、槍を喉元に突き刺した。


「これで2匹!」


またしても黒い霧が発生し、洞窟内に漂う。その霧を吸い込み、苦い味に顔をしかめながらも次に備える。残る2匹は俺たちをじっと見据え、隙を伺っていた。


リュークが震えた声で呟く。


「……本当に大丈夫なのか、これ?」


「ああ、俺ならなんとかなる。」


正直、自信があるわけじゃない。ただ、やるしかない。それだけだ。


残る2匹が同時に飛びかかってきた。俺はとっさに地面に転がり、槍を振り回して牽制する。1匹の動きを止めたところで、もう1匹が横から爪を振り下ろしてきた。


「くそっ!」


間一髪で体を捻り、爪をかわすが、腕に浅い傷ができた。血が滲むのを見て、動揺しそうになる心を無理やり抑え込む。


「おい、リューク! 足元狙え!」


「わ、分かった!」


リュークが槍で足元を狙い、魔物のバランスを崩した。その瞬間、俺は体重を乗せた一撃で頭部を貫いた。


「これで3匹目!」


またしても黒い霧が漂い、俺の体へと吸い込まれていく。不味い味にも慣れてきた気がするのが、少し嫌だった。


最後の1匹が残った。その時、洞窟の奥から低い唸り声が響く。振り返ると、霧を纏ったさらに巨大な魔物が姿を現した。


「……あれがボスか?」


「間違いない! あれが『霧牙の王』だ!」


体長は5メートル近くあり、全身を纏う霧が渦を巻いている。その赤い目が俺たちを睨みつけた瞬間、洞窟内の空気がさらに重たく感じられた。


「リューク、下がれ!」


「でも、俺も──」


「いいから下がれ! 足手まといになるな!」


リュークは悔しそうな表情を浮かべながらも、後方へと退いた。


『霧牙の王』が低い唸り声とともに跳びかかってきた。俺は咄嗟に転がりながら槍を構えるが、そのスピードに圧倒される。


「速ぇ……!」


何とか体勢を立て直し、槍を振り下ろすが、霧の防御に弾かれる。しかも、その霧が俺の視界を奪うように周囲を覆い始めた。


「まずい……」


足元を狙う攻撃が届かず、逆に一撃を喰らえば終わりだ。だが、この状況で気づいたことがあった。


「この霧……吸い込めばいけるか?」


俺は霧の中で大きく息を吸い込んだ。霧が一気に体内に取り込まれる感覚。不味い味が広がるが、それに伴って霧が薄れ、視界が開ける。


「やっぱり、これで正解か!」


その瞬間、『霧牙の王』が怯んだように見えた。霧を吸い込むことで、その力を削げるのだ。俺は躊躇せず、槍を構えて突進した。


「これで……終わりだ!」


全力で放った一撃が、『霧牙の王』の額に突き刺さる。その体が黒い霧となって消え、洞窟は静寂に包まれた。


「倒した……のか?」


後ろで震えていたリュークが、ゆっくりと前に出てきた。


「ああ、なんとか……な。」


口元には苦味が残り、腹は満たされない。だが、霧を喰らうことで得たわずかな力が、今の俺を支えている。

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魔物を食ってただけなのに?!異世界で一流シェフと間違われた俺の無自覚サバイバル 墓太郎 @haka_taro

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