第3話
村に到着してから数時間が経った。リュークの家で一息ついたものの、どうにも居心地が悪い。外から聞こえる村人たちの声には、俺への疑念や不安が色濃く滲んでいた。
「毒肉を食べた男だと? 本当に人間なのか?」
「魔物の仲間なんじゃないのか?」
そんな声が絶え間なく聞こえてくる。リュークがいくら俺を庇ってくれても、村人たちの態度は冷たいままだった。
「気にするなよ、あいつらはただ怯えてるだけだ」
リュークが苦笑いしながらそう言ったが、俺も気にするなという方が無理な話だ。だが、確かにこの村の状況を見れば、そんな態度にも理由があることは分かる。
村全体が何かに怯えている。木の柵で囲まれた小さな村は、簡易的なバリケードがあちこちに設置され、武器を持った男たちが見張りに立っている。リュークの話では、ここ数ヶ月の間に魔物の出現が急増し、被害も拡大しているとのことだ。
「最近は村の外どころか、柵の近くまで魔物が来るようになったんだ。夜は特に危ない。俺たちにはもうどうしようもない」
リュークの顔には疲労が滲んでいる。この状況で俺が突然現れたのだから、村人たちが警戒するのも当然だろう。とはいえ、このまま黙って見ているわけにもいかない。
「なあ、リューク。一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「俺があの魔物を倒せると分かったら、村の奴らは俺を信じると思うか?」
リュークは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「ああ、絶対に信じるよ。あんたが本当に村を守れるなら、みんな頼らざるを得ないはずだ」
それなら、やるしかない。リュークに頼んで村の周囲の状況を詳しく教えてもらい、魔物が出没しやすい場所を聞き出すことにした。どうせこの村にいる限り、魔物と向き合う羽目になる。それなら、先手を打つ方がいい。
「でも、一人で行くのか?」
「他に誰もいないだろ? それに、俺は自分のやり方でやる」
リュークは渋々ながらも納得してくれた。彼は俺に自家製の槍を渡し、「せめてこれを使ってくれ」と言った。素人仕事ではあるが、ないよりはマシだ。
夜が更けた頃、俺は村の外れにある木立の中に潜んでいた。リュークから聞いた話では、この辺りは特に魔物が現れやすい場所らしい。俺は耳を澄ませながら、焚き火を小さく燃やして待った。
──その時だった。
茂みが揺れる音とともに、闇の中から現れたのは、黒い毛並みの狼型の魔物だった。全身から赤い光が漏れ、鋭い牙を剥き出しにしている。村人が怯えるのも無理はない、異常な雰囲気を纏った化け物だ。
「……やるか」
俺は槍を構え、息を整えた。魔物はこちらに気づき、低く唸り声を上げて突進してくる。俺はその動きをじっくり観察し、タイミングを見計らった。
「今だ!」
魔物の牙が届く寸前、俺は身を低くして横に避け、槍を魔物の横腹に突き立てた。しかし、槍はわずかに食い込んだだけで、思ったほどのダメージを与えられない。
「くそっ、硬すぎる!」
魔物は激怒し、再び突進してくる。俺はそのたびにかわし、攻撃の隙を狙った。だが、何度も同じ手を使えるほど甘くはない。疲労が溜まり始めた頃、ついに魔物の前脚が俺の脇腹を掠めた。
「ぐっ……!」
痛みが走るが、まだ動ける。俺は最後の力を振り絞り、魔物の首元を狙って槍を振り下ろした。
「これで終わりだ!」
槍が魔物の首を貫くと、ようやく魔物は地面に倒れ込み、赤い光を放ちながらゆっくりと霧散していった。全身汗だくになりながら、俺はなんとか勝利を手にした。
「はぁ……やれやれ、これで……」
その場に座り込んだ俺の元に、リュークが駆け寄ってきた。
「すごい……本当に倒したのか!」
リュークの顔には驚きと感嘆が入り混じっている。俺はただ肩をすくめるしかなかった。
「まあ、何とかなったよ」
翌朝、村に戻った俺たちは、昨夜の戦いの話を村人たちに伝えた。リュークが倒した魔物の痕跡を見せると、村人たちの態度が一変した。
「あの魔物を……本当に倒したのか?」
「信じられないが……確かに、この男は村を守れるかもしれない」
少しずつ、俺への視線が変わり始めているのを感じた。それでも、完全に信用されたわけではない。だが、最初の一歩を踏み出したことは確かだ。
リュークは俺に礼を言いながら、こう付け加えた。
「この村は、もっと助けが必要だ。もしよかったら、これからも力を貸してくれないか?」
俺は少し考えた後、頷いた。この村を守ることで、俺自身の生存確率も上がるだろう。それに、俺にはまだこの世界のことが何も分かっていない。ここにいることで、手がかりを得られるかもしれない。
「わかった。しばらく世話になるよ」
こうして、俺は村の「守り手」としての新たな役割を背負うことになった。
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