第2話



 翌朝、俺は焚き火の跡を片付け、次の食糧を探すべく森を進んでいた。昨夜も何度か魔物に襲われたが、同じ手法で撃退し、その肉を腹に収めたおかげで、体力はかなり回復している。


「意外と生きていけるもんだな……」


 自分でも驚いていた。これまでサバイバルなんて一度も経験したことがない。それなのに、気づけば魔物を倒して食糧に変え、生き延びる術を見つけつつある。だが、問題がないわけではない。この森を抜け出さない限り、延々と魔物相手にサバイバルを続けるしかないのだ。


「どこか人がいる場所を見つけないと……」


 川の流れをたどりながら、見知らぬ植物を観察しつつ歩いていると、遠くから人の声が聞こえた。


「助けてくれぇぇぇ!」


 慌てて声の方に振り返ると、若い男がこちらに向かって全速力で走ってきている。その背後には、昨夜見たのとは違う種類の魔物が追いかけていた。体長2メートルはある巨大な犬のような魔物で、黒い煙のようなものが体を覆っている。


「なんだ、あれは……!」


 男の顔は真っ青で、汗まみれになりながらこちらへと逃げてきている。状況を理解する間もなく、俺の目の前をすり抜けると、男は転倒してしまった。


「くそっ、こうなりゃ仕方ねえ!」


 俺は手頃な石を拾い、魔物の頭めがけて全力で投げつけた。それが奇跡的に命中し、魔物は頭を振ってひるんだ。隙をついて、今度は近くの枝を手に取り、槍のように構えて突進する。枝が魔物の体を貫いた瞬間、魔物は煙のように消え、跡形もなくなった。


「犬なのに悪いことしたな……」


 少しだけ心が痛んだが、すぐに男がこちらに声をかけてきた。


「す、すげぇ……あんた、魔物を倒せるなんて!」


 倒れていた男がこちらを見上げながら呟いた。その顔は疲労と安堵が入り混じっている。


「いや、たまたまだ。お前こそ、こんな危ないところで何してたんだ?」


「俺は……村から来たんだ。リュークって名前だ。村の近くで魔物が増えてて、助けを求めるために森を抜けようとしたんだけど……」


 リュークと名乗る男は、まだ息が荒いまま話を続けた。どうやら近くの村が魔物の脅威に晒されており、彼はその危険を冒して森に入ったらしい。


「そうか……でも、この森はやばいな。俺もここに迷い込んだが、出口が全然わからん」


「迷い込んだ? 旅の人なのか?」


 リュークの問いに、俺は曖昧に頷いた。異世界に飛ばされた、なんて言ったところで信じてもらえそうにない。


「とにかく、腹が減っただろ?」


 昨夜仕留めた魔物の肉を焚き火で再度炙りながらリュークに差し出す。リュークはその肉を見るなり、ギョッとした表情を浮かべた。


「た、食えるわけないだろ! これ、毒持ちの『ファングボア』じゃないか!」


「……マジで?」


 一瞬、頭が真っ白になった。昨夜あれだけ美味いと思って食べた肉が毒持ちだったなんて。俺はすぐに体調を確認したが、まったく問題はない。


「いや、なんともないけど?」


「嘘だろ……普通なら一口でも食ったら死ぬぞ、それ。なんで平気なんだよ……」


 リュークは驚愕の表情を浮かべたまま、俺をじっと見つめた。


「もしかして……アンタ、魔物の毒に耐性があるのか? いや、トリプルスキル持ちでも毒持ちの魔物は無理だぞ?」


「トリプルスキル……? 毒耐性……?」


 そういえば、魔物の肉を食べたとき、少し喉がピリついた気がしたが、それ以上の症状は出なかった。もしかすると、本当にそういう能力があるのかもしれない。


 リュークは呆然としながらも、俺の話を信じるしかないようだった。彼は俺の力に目をつけたのか、村まで同行してほしいと頼んできた。


「村の人たちも困ってるんだ。アンタみたいに魔物と戦える人がいれば……」


「いや、俺はただ生き残るのに必死なだけで──」


 そう断りかけたが、リュークの必死な表情を見ると、それ以上何も言えなくなった。俺もこの森を抜け出すためには、村に向かった方がいいのかもしれない。


「わかった。とりあえず村まで案内してくれ」


 リュークは顔を輝かせ、俺を村へと誘った。道中、彼は村の状況について話してくれた。


「最近、魔物が異常に増えてるんだ。しかも、これまで見たこともない種類ばかりで、誰も太刀打ちできない。村の守りも限界なんだよ……」


 聞けば、魔物が村を襲うようになったのはここ数ヶ月のことらしい。しかも、普通の武器では魔物に傷をつけられないものも多いという。


 やがて森を抜けると、小さな集落が見えてきた。そこがリュークの言う村だった。遠くからでも分かるほど、村全体に緊張感が漂っている。村人たちはバリケードを作り、周囲を警戒していた。


「ここが……お前の村か」


「そうだよ。……ほら、あそこが俺の家」


 リュークは自分の家を指さしながら、俺を案内した。彼の家に到着すると、待ちわびたように年配の女性が駆け寄ってきた。リュークの母親だろう。


「リューク! 無事だったのね!」


「お袋、大丈夫だ。助けてもらったんだよ、この人に」


 俺が軽く頭を下げると、女性は感謝の言葉を述べながら涙を流していた。その様子を見て、なんだか胸が少し暖かくなった。


 だが、村人たちは俺に疑いの目を向けていた。リュークの説得にも関わらず、「毒肉を食べた男」という話が逆効果を生んだのだ。


「そんな奴、見たことがない……本当に人間なのか?」


「いや、魔物の仲間なんじゃないのか?」


 俺は深く息をつきながら、その視線を正面から受け止めた。


「……お前らが信じないのは勝手だが、俺にはやることがある」


 静かな決意が、村人たちの中に一瞬の沈黙を作り出した──。


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