第2話
実の所、もう戻るべき実家もない。
父が再婚した後、男爵家は新しい妻とその連れ子、義兄であるフィリップが幅を利かせており、俺が入り込む余地は最早なかった。これが元義母の高笑いの理由でもある。
俺は領地の片隅にある、今は誰も使ってない小さな別邸へと移り住み、静かな一人暮らしを始めることにしたのだ。
「ふぅ……。とりあえず形にはなったかな」
屋敷の整理を終えた後、俺は母から託された家宝の宝石を取り出した。
単なる装飾品に見えるその宝石は、魔法が掛けられており、特定の呪文を唱えることで中に隠された金塊が取り出せる仕組みになっている。
「母さんには……本当に感謝だな」
元は婿入り先の家計に暗雲が差し込めた際、助ける為に持っていたものだが……。今となってはもう誰かの為に使う必要も無い。
魔法を解き、取り出した金塊の極一部を換金しながら、俺は慎ましくも快適な生活を始めた。
一方で、ベレトン家は混乱の渦中にあった。
俺が離婚後すぐに警告した通り、領地の管理や税収の処理を行える者がいなくなり、財政は悪化の一途をたどったらしい。
加えて、あの義母クラリスとジェナの親子は元々揃って金遣いが荒く、頭では分かっていても必要な資金を浪費し続けた。生活水準を落とす事が出来なかったのだ。
それに加え、新しく婿にやってきた男も相当金勘定に疎いらしい。
その結果として家門の財政は破綻に追い込まれた。
全て噂に聞こえてきた程度だが、恐らく大体は当たっているんだろう。
それから数年後のことだった。
俺が街で日用品等の買い揃えをしていると、ボロボロの服をまとったジェナが突然現れた。
「リュクス……! わ、私が間違ってた。あ、あなたこそ本当に私にふさわしい夫だったわ。今度こそ、私とやり直して!」
「お前は……っ」
彼女はそう言いながら、無理やり俺の腕を掴もうとした。
そこには最早最低限の品性も無い。しかし自尊心だけは無駄に持っていて、やはりどこまでも歪な女だった。
その瞬間、威圧的な声が響く。
「下衆な人だこと……、リュクス様に気安く触れないで頂けませんか?」
振り向くとそこには一人の女性――俺の付き添い人である侯爵令嬢のポーリンが立っていた。
俺と彼女の出会いは本当に偶然だった。彼女の妹――エレインが迷子になっていたところを俺が助けたのがきっかけだ。
それ以来、彼女とは親しい関係を築いていた。
「な!? どうして貴女が此処に!? う、浮気をしていたのリュクス!!」
「この期に及んで浮気などと……聞くに堪えませんね。ジェナさん、貴女の所業はすでに貴族ならば誰の耳にも入っています。今すぐこの場から直ちに立ち去らなければ……当然それ相応の処罰を受けることになる。と、そのくらいは流石に理解できますよね?」
ポーリンの厳しい声に、ジェナは怯えた様子で後ずさりする。
「くっ! お、覚えてなさいよ!」
つまらない捨て台詞を残し、彼女は逃げるように去っていった。
しかしその台詞を最後に、彼女の姿を見かける事は無かった。
借金がどうにもならなくなり、国へ爵位と領地を返上するまでに落ちぶれたらしい。
しかも、新しい男の方はジェナを見限り別の令嬢と浮気。それが発覚した際、ジェナが怒りに身を任せて男の方をナイフで刺して殺害。そして投獄されたらしい。
「救えない人間はどこまでも同じだな……」
呆れ果てた溜息と共に、俺は呟いた。
その後、俺はポーリンとエレインに温かく迎え入れられて家族同然の関係を築くようになった。
それからは俺たち二人の間に愛が生まれるのも自明の理。
何かとうるさい実家の義母と義兄も、侯爵と縁が出来た途端、俺に対して今までの態度は何だったのかと言わんばかりにその腰と頭を低くしてくる始末。
あの二人も、どこまでも俗物でしかないのだろう。
今、俺は幸せだ。
可愛い義妹も持て、本当に好きだと伝えられる女性と出会えて。
彼女からの熱烈な求婚を受け、新たな人生を歩むことを決意するのに一瞬の迷いもなかった。
そうして、ささやかな式を挙げてからしばらくのこと。
「リュクスさん、これからもずっと私たちと共にいてください。貴方と……このお腹の子が居ない生活は考えられません」
「俺も、離れたくないさ。これから先もずっと……」
ポーリンの真摯な言葉に、俺は静かに微笑み頷く。
彼女の、ほんの少しばかり大きくなったお腹を撫でながら。
こうして俺は、暗い過去を振り切る事が出来た。
愛する人たちと共に新しい生活を始めることができたのだ。
俺の事を好き勝手罵倒し続けてきた元妻。離婚してから相当落ちぶれたらしいが今更すり寄って来られても知ったことじゃない こまの ととと @nanashio
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