俺の事を好き勝手罵倒し続けてきた元妻。離婚してから相当落ちぶれたらしいが今更すり寄って来られても知ったことじゃない

こまの ととと

第1話

「リュクス、あなたとの下らない夫婦関係も今日でやっと終わりね」


 夫婦となって五年にもなる妻、伯爵家のジェナ・ベレトンの言葉は俺の心を掠めることすらなかった。ただ、いかにも彼女らしい、見下すような態度に心で少し苦笑してしまっただけだ。


 格下の男爵家から、半ば生贄として差し出されるように婿として政略結婚で結ばれた俺たちの間に愛など、最初から存在しなかったのだから。

 けれど、それはどうでもいい。


 俺は静かに問い返した。


「理由を聞いてもいいな?」


 ジェナは唇を歪にし、嘲笑を浮かべる。


「理由? そんなもの、分かりきっているでしょう。あなたというつまらない男は結局どこまでも、何一つも魅力がないってこと。……それに、私にはもう他に愛する人がいるのよ」


 そこまで言うと、彼女は己の両手を叩いて音を出す。

 まるで何かを呼びつけるように。とは比喩でも無く、本当にその合図で男が一人執務室へと入って来た。


 その男、身形からして結構な家の令息らしく、貴族としての品は持っていた。

 だが、その笑顔。勝ち誇ったようにギラついていて、いやらしい。

 はっきり言って不愉快だった。


 でもそれ以上に気になった部分がある。それは……。


「実はね、私はもう彼は俺の子供を身ごもっているの。羨ましい? でもごめんなさいね、これ以上あなたと偽りの結婚を続けるつもりはないの」


 自らの腹を撫でる仕草。服の上からではあまりわからないが、浮気相手の子供妊娠しているらしい。


 なるほど、これが理由か。けど、実際にはそんなことは数ある理由の一つに過ぎないのだろう。彼女は俺に最初から何の興味も持たず、ただ政略結婚の義務を果たすためだけに俺を迎え入れただけに過ぎない。


 世継ぎすらも「そんなもの、今は必要ないでしょ! 破廉恥な事を言わないで!」と言い放った程だ。

 それからも何かと理由を付けて寝室を共にする事を拒否。その過程で、何故か俺は子供を作れない出来損ないだとか義母に言われる始末だ。


 本当にふざけた話だ。俺はこの女の裸すら見た事がないのに。


 そして自分好みで俺より家柄のいい男を見つけた今、不要になった俺は捨てる。

 つまりは、そういうことなんだろう。


「分かった。俺もはっきり言って断る理由はない、離婚しよう」


 俺は感情を表に出さず、静かに了承した。


「あら素直ね? 少しくらいなら縋りついても別にいいけど?」


 拍子抜けしたのか、ジェナが眉をひそめる。

 なんて態度だ? 反吐が出そうになる。


「もともと俺たちは政略結婚、互いに愛してなんてなかった。子供も無く、お互い望まない結婚生活から解放されるのなら、それに越したことはないだろう」


 冷静に答える俺を見て、ジェナの表情がさらに歪む。

 どうせ俺が泣き喚く姿でも期待していたんだろう。本当に浅ましい女だ。


「あっそ。じゃ、せめてもの情けとして結婚時にあなたが家から持ち込んだ持参金位は返してあげる。それと、あなたが持参したあのみすぼらしい宝石も返してあげるわ。ありがたく思うことねっ!!」


 彼女はそう言い放つと、勝ち誇ったように鼻を鳴らして椅子にふんぞり返る。

 が、その興奮した言葉。よほど俺に涼しい顔をされたのが気に入らなかったらしい。だから、体裁だけは保とうとしてもその言葉の端から悔しさが滲み出ている。


 憐れな女だ。好きでもなかったとはいえ、こんな女と夫婦だったかと思うとやはり反吐が出そうだ。


「そうか分かった。じゃあ、ありがたく頂戴する」


 俺は表情を変えずに頷いた。これには素直に内心で安堵する。

 家宝の宝石は亡き母が俺に託したもので、特定の魔法がなければその真価が分からないように仕掛けられている。彼女がその価値に気づいていないのは明らかだった。


 見た目は唯の安っぽい装飾のアクセサリー。そのままに受け取ってくれて助かったものだ。


「なら、これはせめてもの親切心で最後に言わせてもらう。今までこの領地の管理等を任されていたが……俺は此処を去る以上、早々に代理を見つけるべきだな」


「ふん! 何を言うかと思えば……。所詮それも私やお母様が本来すべき事だったこと。それを、怠けさせないよう躾ける意味でもありがたくあなたにさせてやっていたのよ。あなた一人が居なくなった所で、大して変わりなどしないのよ!」


「……そうかよ。ああ、わかった。ならばもう何も言わない」


 今度は面白くなさそうに鼻を鳴らすこの女。自分の身の程がやっぱり見えてないのだろう。



 離婚の手続きも淡々と進み、俺は持参金と宝石を受け取り、ベレトン家を去る日が訪れた。

 屋敷の出口に立つと、義母であったクラリスがそれはもう満足げな表情で立ちはだかる。


「まあ、リュクスさん。最後に私たちに迷惑をかけることなく出て行くなんて、さすがは元は男爵家の御令息だこと。でもよかったわね、これであなたも自由になったわ。これから先は、惨めな男性にふさわしい人生を送るといいわ!」


 勝利の高笑いを鳴き声が如く鳴らす。そんな彼女のいつもの嫌味はもはや耳障りにも感じない。これでその縁は切れるのだから。

 涼しい顔で微笑み返し、軽く礼をして屋敷を後にした。


 あの家は先代伯爵が病気で急死してからは、あの親子の天下になっている。

 今まで好き勝手やってきた二人だが……これから先、どうなることやら。

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