第5話 雪辱 進化するティーチャー
敗北から一日、
「授業始めよっか!
度々学校をサボっている不良三人組は今日もいない。普通に登校している生徒よりも印象に残っているくらいだ。
いつも通りに授業をしながらも、心の中では
「感情に大きな変化が生じたら、か……」
温厚と評されることが多い倫悟は、特に怒ったことも、何かを強く望んだりしたこともなかった。
何事もなく授業が終わり、休み時間。次の授業までは昼休みを挟んで2時間開くので職員室でのんびりしていると突然メッセージが飛び込む。宰苑からだ。
「
「徒無中学校の制服を着た少年が三人いる様子」
倫悟は席を立ち早退の旨を伝えると、バイクに乗って急行した。
***
現場に到着すると、煙を上げる瓦礫の中で重症者が助けを求めていた。
物陰で息を潜めるキャップを被った生徒のもとに駆け寄り、声をかける。
「その帽子は……猛くんだね」
「倫悟センセー…!アンタも学校サボりか?」
「それは訂正するけど、今から見る物は学校にも秘密にしといてほしいかな」
倫悟はすぐさま変身し獅子怪人に蹴りかかる。
「センセーが、
「てめぇ、また邪魔しに来やがったのか!!」
振りおろされる獅子怪人の拳。その肉球に前腕の棘を刺してブロックする。
「当然邪魔させてもらいますよ!こんなに多くの人を傷つけた怪人を許せるほど、僕は優しくない!」
「
激昂した獅子怪人が疾駆セイバーに殴りかかるが、疾駆セイバーは俊敏な動きで躱し、冷静かつ正確に一撃ずつ叩き込む。連続攻撃の中、疾駆セイバーの眼は赫い輝きを放つ。
「僕は君と同じ怪人なんかじゃない!人のために闘う、疾駆セイバーだ!」
強烈な前蹴りで獅子怪人を吹き飛ばすと、猛が叫んだ。
「セン……疾駆セイバー!高大と慎之介が!」
砂塵をあげ路面を滑るように飛んでいった獅子怪人の腕は、ニット帽にストリートファッションの高大と、どこか懐かしい外ハネヘアーの慎之介、いつも猛とつるんでいる二人の生徒を捕らえた。
「来るなら来いよ!このガキどもがどうなってもいいならなァ!」
人質を取った獅子怪人は嘲るように笑う。
「ふざけるな…!」
疾駆セイバーの眼はより強く輝きを増し、倫悟の中で何かの糸が切れたような感覚がした。
「人の命を盾にして弄ぶなんて、僕は絶対に……絶対に許さない!!」
心の奥深くから溢れた叫びと呼応するように、疾駆セイバーの身体は新たな姿に変貌を遂げる。
上半身の見た目こそほぼ変わらないものの脚部はより長く筋肉質に発達し、より飛蝗に近い逆関節になる。従来よりどっしりと構えた安定感のある佇まい。そして強い怒りを宿した真紅の眼光。その気迫に獅子怪人は圧される。
「ち、近づくんじゃねぇ!一歩でも動いたらコイツらの首が飛……」
最後まで啖呵を切る間も与えず、目にもとまらぬ速さで顔面に蹴りを入れ、人質を解放する。
「ナメやがってこのクソ野郎!飛ぶのはあのガキどもじゃねぇ、お前の首だ!」
そう叫びながら突進してきた獅子怪人の脳天を踏みつけ高く跳びあがる。着地と同時にキックを放つと、吹き飛ばされた獅子怪人が壁にめり込む。
舞い上がった砂塵の中で獅子怪人の眼がぎらりと光り、牙を剥いて疾駆セイバーに襲いかかる瞬間、直線軌道で飛来する蹴りが獅子怪人の首に突き刺さる。従来より跳ね上がった跳躍力で一瞬にして接近し、その勢いのままに蹴りを放ったのだ。
「
鋭さを増した足先が肉を抉り頸椎を断つと、血液を噴き出した獅子怪人の身体はその場に崩れ落ち、溶けて消えた。
***
「すげぇんだよ!あんな弱っちそうな倫悟センセーが疾駆セイバーだったなんて…!」
「センセーが疾駆セイバーな訳ねーだろ猛ィ、おめービビりすぎて幻でも見てたんじゃねーの?」
「確かに疾駆セイバーは凄かったけど、僕も高大と同意見だな……アホヘタレの猛ならありえるよ」
「アホヘタレってお前なぁ!」
興奮気味の猛を2人が軽くあしらっていると、そこに倫悟が現れる。
「3人とも、怪我はない?」
「え、あ、ほんとに倫悟センセーいたの!?あぁいや、なんとか無事っす!」
「2人揃って怪人に捕まった時は流石にビビりましたけどね……」
高大と慎之介が答えると、猛が宣言する。
「俺、こいつらを守ってくために、センセーみたいに強くてカッケー男になりたいっす!」
「あはは…喧嘩はほどほどにしといた方がいいんじゃないかなぁ」
なんだか慕ってくれているようで嬉しいが、トラブルに巻き込まれてほしくはないので窘める。
「猛、バカなこと言ってねーで帰っぞ!」
「すんません先生、こいつこういうヤツなんで…」
高大と慎之介に引き摺られて、猛は帰って行った。
「さて、僕も帰ろうかな」
正午のチャイムが響く街を、宰苑のラボまでバイクに跨る。
***
ラボに入ってすぐ宰苑に詰め寄る。
「ちょっと仕事中はないですよ!僕早退したんですからね!?」
「それは本当に悪かったよぉ〜!でも倫悟くん、いろいろ得るものがあったんじゃないか?」
「それは!そうですけど……」
実際感情によって変化した新たな姿を手に入れ、そして生徒との仲も少し深まったような気がするので言い返せなかった。
宰苑はというと、幸い獅子怪人が防犯カメラを破壊しなかったお陰で一部始終を見届けることができたようだ。
「君の身体は2段階の『変身』を行った、生物学的には異なるが『進化』と言っても差し支えのないレベルの変化だ」宰苑は嬉しそうに語りながらパソコンをいじくっている。
画面には「より飛蝗に近づいた後脚によって跳躍力とキック力が上がった 弧を描く軌道も直線的な突進も可能だが、特色からベタに名付けるなら『蹴撃態』?」というメモのようなものが映っている。
「戦いの中で姿を変えてくなんて、スーパーサイヤ人みたいでカッコいいっすね!」どこからともなく現れた謙飛が、羨ましそうに目をきらきらと輝かせる。
「それに私も、やっと『完成』させられそうだよ」何が完成させられそうなのか、この時の倫悟では知る由もなかった。
疾駆セイバー 縁瑠 @Beryl5AFF19
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