第4話 敗北 尾行するカートゥニスト

これで何人目なのだろうか、宰苑さいえんからの連絡で出動し、あり怪人を始末する。寝る直前や休日など関係なく出没する怪人達に嫌気がさす。

最近蟻怪人が大量発生しているのは、同じく最近多発している行方不明事件と関係があるのではないかというのが宰苑の考察だ。

蟻怪人のヘルメットを回収するよう言われたのを思い出し、亡骸が溶ける前にメットを外す。


カシャカシャッ、とカメラのシャッター音が響く。

倫悟りんごが素早く振り向くと、怯えたようにドテドテとカラーコーンを倒しながら逃げていく青年が見えた。


江田えでん市に住む人の中でも怪人や疾駆しっくセイバーを目撃した人が増えてきているが、自分が疾駆セイバーであることは知られていないようだ。建物の隙間に隠れて人間の姿に戻る。


***


「これ、言われてたやつです」

蟻怪人のメットを宰苑に手渡す。

「おお、ご苦労ご苦労!あと君に紹介したいのがいるんだけどさぁ」

束ねた長髪を締め直しながら薄暗い書斎を指差すと、黒いミリタリージャケットを着た男がゆらりと現れる。

「あなたは…あ、さっきの!」

先刻自分の写真を撮って逃げた男だった。

「いやぁ、へへ……」

丸い色付きサングラスをかけた茶髪の男は、恥ずかしそうに後頭部をポリポリと掻く。

「彼ずっと君を尾けてたらしいんだけどさ、ここまで突き止めて来ちゃったらしいんだよね」

「どうも!オレ、木岩こいわ項太郎こうたろうって名前で漫画家やってる、尾野寺おのでら謙飛けんとです!」

木岩項太郎。倫悟は読んだことがなかったが、月刊少年ガイアで「バッタもん」という作品を連載開始したという新進気鋭の漫画家だ。

「これ自分が描いてる漫画なんで、よければ!」

差し出された分厚い雑誌を捲り、「バッタもん」のページに目を通す。ダイナミックで迫力のある画風に惹きこまれる。

「いやぁ、勝手に取材しちゃってすみません!」

言われて気づいたが、主人公のファイトスタイルや見た目が疾駆セイバー…飛蝗ばった怪人のそれと酷似していた。

「宰苑さん!もしかしてあなたが…」

「この間ここに来てさぁ、どうしてもって言うから勝手にOKしちゃった!」

ノリが軽いにも程がある。もはや馬鹿なんじゃないのかと呆れていると、謙飛が身を乗り出す。

「それでなんですけど……もしよかったら今後も取材を継続させてもらえないかっていう相談で!」

別に断る理由もなかったため、自分が疾駆セイバーであるのを世間に公表しないことだけを条件として了承する。

「よっしゃー!ガチで感謝っす……うおっ!なんだこれ!」

謙飛が喜んでいると、サイレンが鳴り始める。

「怪人です!宰苑さん、場所は?」

能亜のあ地区の造船場3号ドック、見た感じネコ科…断定はできないがおそらくライオンの怪人だ」

「ライオンか…よし、行きますよ!謙飛さんも!」

倫悟はバイクで、宰苑と謙飛は大型のワゴン車で現場に赴く。


***


「謙飛さん、ここは危ないので遠くから見ていてください」

そう言い残し、倫悟はドック内に飛び降りる。「変身!」空中で叫んだ倫悟の姿は一瞬で変わり、疾駆セイバーの姿で着地する。

ドックの盤木を粉砕して暴れる獅子しし怪人をキッと睨みつける。

「お前も暴れ足りねぇのかぁ?だが残念だなぁ、ここは俺様のテリトリーだ!」叫びながら襲いかかる獅子怪人をふわりと飛び越えて背後に回り、背中を蹴る。これまでの怪人と比べて強い個体なのか、いまひとつ効いていない様子だ。

「んなクソみてぇなキック効くかよ!」

蹴り返され、再び振るわれた爪の攻撃を今度は胸で喰らう。

「ぐはぁっ!」斬りつけられた傷から、緑色の血が滴る。

怯んだところを何度も何度も殴られ、斬りつけられる。

「どうしたバッタ野郎!そんなモンかコラァ!」

防戦一方。なす術もなく蹂躙され、このまま闘い続けたら死ぬ、そう直感した倫悟は獅子怪人の顔面に突き刺さすような膝蹴りをお見舞いし、生じた一瞬の隙を見て離脱する。

人ならざる者の証である血を流しながらヨロヨロと、宰苑の車まで歩く。

「宰苑さん、ラボに戻りましょう…」

宰苑は少し驚いたような表情でドアを開ける。

バイクを車に積んですぐ、人間の姿に戻って退散する。


***


皆導かいどうくんは大丈夫なのか?」

「ああ、さっきから5時間ほど眠っているが、自然治癒力が桁外れに高いから気にする必要はない」

そんなやりとりが聞こえて目を覚ます。

自分の体を見ると、巻かれた包帯に赤い血が滲んでいる。人間の姿の時は元の色に戻るのだろうか。

「皆導くん、体の調子は?」

自分が眠っている間にラボに来ていたのであろう葉刈はかりの問いに答える。

「まだ少し痛みますが、概ね治った感じです」

「私の言った通りだろぉあおい〜!彼は強いんだ!」

「そんなことより!倫悟くんお手柄だよ、まさかこんなイイお土産を持って来てくれるなんて……」

そう言って見せられた膿盆には、動物の歯のようなものが乗っていた。

「君の膝から摘出したんだが、おそらく獅子怪人の犬歯だ」

膝から摘出された犬歯、先ほど膝蹴りをした時に刺さったと思われるそれを宰苑は嬉しそうに見つめる。

「これがあれば怪人の生体研究も捗るって大喜びなんだ、こいつ」葉刈が腕を組みなおしながら伝える。

「それもそうだが、これが刺さりっぱなしだったら君の体も危なかったかもしれないんだぞぉ?感謝したまえよ」

不服そうに口を尖らせる宰苑を横目に、葉刈と謙飛は談笑を始める

「そういえば『バッタもん』第一話、デジタルで読みましたよ!コマ使いやアングルがテクくて…」

「なんか照れるっすね〜」


「……ところで倫悟くん、この間私は『怪人は感情の昂りと共に変身する』と言っただろう」

宰苑が口を開くと、和やかな空気が一気に重々しく変わった。

「君はその限りでない、とも」

「はい、だから僕は決めたんです、人のために戦うって」

「君が疾駆セイバーの姿になっている間、君の感情に大きな変化が生じたら、例えば強い怒りを覚えたら、どうなると思う?」

「大きな…変化……?そうか、感情で変身するなら!」

倫悟は自分の可能性を悟る。

「感情が変身のトリガーになるのか、変身することで気性が荒くなるのかはわからないが、賭けてみる価値はあるだろう」

「なんかフリーザ様みたいでカッコイイっすね……!」

「変身するまでどうなるかはわからない、可能性の獣ってやつだな」謙飛は目を輝かせ、葉刈はうんうんと頷いた。

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