第3話 覚悟 軍隊蟻のゲリラ
休日こそは、しっかりと羽を伸ばしたいと思うのが人間の
「
「増えてるったって、
自分が対峙した蜘蛛怪人と、先日疾駆セイバーが倒したらしい蝙蝠怪人だ。
「君は忘れているようだが、君が疾駆セイバーの名を託した彼だって立派な
指差されたモニターを見ると、黒いヘルメットのようなものを被った集団が映っている。
防犯カメラをハッキングしているのはいつものことなのでもはや驚きもしないが、あまりにも異質なその集団の動きに目を疑う。
「気付いたようだね、彼ら、動作がまったく同じなんだ」
そう、ヘルメットの形状等に多少の差異はあれど、指先の細かな動きや爪先の向きまで完全に一致しているのだ。まるで働き蟻が先頭の残したフェロモンに沿って動くかのように。
「おそらく、集団で行動することを前提として作られた新型の蟻怪人……言うなれば
「作られた……怪人……?」
「おっと、そういえば葵にも言っていなかったね、まぁ今重要なのはそこじゃないから続きを聞いてくれ」
***
同じく休暇を過ごしていた
「新型の怪人って……怪人は人間が突然変化した姿じゃないんですか!?そんな人工物みたいな……」
「99.9%、人工物だね」
あまりにきっぱりと言われ、驚く。
「生物学的に考えて、何の外的要因もなく人間が昆虫に、哺乳類から節足動物になると思うかい?自然界ではそんなこと起こるわけがないんだな。となれば、人為的に手を加えられて力を得た…そう考えるのが最も自然だろう」
それもそうだが、倫悟は自分の体が改造されたような心当たりなど一切ないのだ。
「でも、だったらどうして、手術も何も受けてない僕が飛蝗の怪人になんかなれたんですか!」
「記憶が改竄されてるんじゃないかぁ?」
倫悟の必死さに対して、拍子抜けなほどあっさりとした返答に半ば呆れる。この人と手を組んでいて本当に大丈夫なのだろうか。
突如として、サイレンがラボ中に響く。
「今度は何なんですか!サイレンさん!」
「私の名前は宰苑だ!噂をすればってやつだね、
***
西陽の強い海岸沿いに三人が到着すると、今まさに工場の作業員を大型のワゴン車に乗せて拉致しようとしている様子だった。映像で見た通りの、一糸乱れぬ動きで。
「……変身」
倫悟が静かに呟くと、飛蝗の怪人、もとい疾駆セイバーへと変化を遂げる。
地面を蹴るように跳び、十人余りいる蟻怪人に殴りかかる。
5発ほど殴られた蟻怪人は燻んだ緑色の体液を吐き出すと、すぐに溶けて消えていく。
「おかしい……怪人にしてはあまりに弱すぎる」
これまで倫悟は蜘蛛や蝙蝠と戦ってきた。今目の前にいる蟻の怪人は普通の人間と比べれば強いのだろうが、これまで戦ってきた怪人たちと比べるとあまりにも弱いのだ。
「なっはっは、さすが飛蝗!素ン晴らしいパワーだねェ!」
物陰から宰苑が軽口を叩いている間にも一体、二体と溶けていく。
統率の取れた動きで襲いかかって来るが、疾駆セイバーに有効打を与えることもなく蹴散らされる。
蟻の怪人たちは言葉を発することもなく、仲間の死を悼む素振りも見せない。
「なんか、人じゃなくてロボットみたいだ……」
不気味な蟻達を流れ作業のように破壊し続けると気づけば周りには誰一人おらず、辺りには蟻の怪人が被っていたヘルメットが転がっている。他の人たちはどこに行ってしまったのだろうか、と慌てて辺りを見回すと、クレーンが連なる方から葉刈が歩いてくる。
「葉刈さん!あの人たちは……」
「安心しろ、作業員の人たちは安全な場所に移動させてきた」
「そんなことより慈亞、データは?」
ドラム缶の陰から現れた宰苑が答える。
「少し解析に時間がかかっているが、問題ないようだ。ラボに戻る頃には終了しているだろう」
何のデータの話をしているのかはわからないが、全員無事ならよかったと胸を撫で下ろし、宰苑の先導に従いラボへ戻る。
***
「それで、データって何のデータですか?」先ほどより抱えていた疑問を宰苑に投げかける。
「ちょうど解析と生成が終わったところだ!話すよりも見た方が早いだろう、どじゃァ〜ん」
腑抜けたオノマトペとともにモニターを向ける。
そこに映っていたのは先ほどの戦闘の映像、そしてそれぞれの動きを再現した3Dモデルのようなものに、何やらよくわからない数値だった。
「平たく言えば、君の戦闘をデータ化、そして数値化したんだ。」
戦闘の数値化、そんな技術があるのかと感心していると、神妙な面持ちで切り出される。
「てなわけで君の戦闘データを過去三回分取らせてもらっていたんだが、どうもおかしい……他の怪人に見られる特徴が、君にだけは一切見られないんだ」
「怪人の…特徴……?」
「これまで観測した怪人のデータを元にした考察だが、一般的な怪人は感情の昂りと共に変貌し、凶暴化する。それも不定期的にだ。」先日ラボで話した内容をおさらいするように語る。
「だが君の場合、そのような兆候が全くと言っていいほどない!戦闘中も恐ろしいほど冷静なんだ!最初は計測ミスかと思ったが、どうやらそうではないらしい…!」宰苑は興奮気味に続けた。
つまり、怪人の姿になっても冷静な自我を保っていられるのは自分だけということなのだろうか。
「怪人の中でも自我が残った特別な個体……逆に言えば、凶暴化した怪人から人を救うことができる唯一の存在ってことか」何かに納得したように、葉刈が呟く。
「疾駆セイバーとして戦うには、最も好都合な体質なのかもしれないね、君は」
そう言われ、ずっと胸の中にあった迷いが消えたような気がした。
「正直、怪人を殺すことには抵抗があります……。でも、僕にしか助けられない人がいるなら、その人たちを助けたい」
これは人間として戦う覚悟なのか、それとも人間であることを捨てて戦う覚悟なのか、倫悟にもわからない。
「そうか、無理はするなよ」
床を見つめる倫悟を励ますような、葉刈の穏やかな声がラボを包んだ。
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