第2話 邂逅 謎のサイエンティスト

初めて怪人を目撃し、また自分も怪人になったあの出来事から三日、なぜ自分があのような姿に変貌したのか、そしてなぜ戦えたのか、そんなことがずっと引っかかって仕事にも身が入らない。

「りんごちゃーん、どうしたよ浮かない顔して〜」

「うん?まぁ、身の回りで色々起きてね……」

「ふゥ〜ん」

「はい雑談終わり!授業やるよ授業」生徒に心配はかけたくないのだが、最近は自分の体への不安からか眠れない夜も続いている。


あの時、人を殺してしまった。人間ではない異形の姿となった。その事実を未だ信じる事ができずに、今日も終業の時間が来る。


「りんごセンセーまたね〜」

気さくに呼ぶ生徒に軽く会釈して、学校を後にする。


またボーッとバイクに乗っていると、目の前に人型の何かが飛来してくる。

それは倫悟りんごの前に音もなく着地した。

蝙蝠こうもり。正確には、蝙蝠の特徴を持った『怪人』だった。

蝙蝠の怪人は車のフロントガラスを蹴破ると、中にいる人を引きずり出す。見せしめのように高々と掲げ、鋭い爪で切りつけた。刹那、倫悟は無意識に叫ぶ。「変身!」

男が「巨大な虫」の姿に変わってしまう小説のタイトル。まさに今、人間大の飛蝗ばったへと変貌を遂げようとする倫悟にはうってつけの言葉だった。


次の車を狙う蝙蝠怪人の背中に、バイクで突っ込む。

フロントフェンダーが右の飛膜を突き破り、蝙蝠怪人は苦悶の声を上げる。

少々心が痛むが、相手は罪のない人々を傷つけた怪人だ。容赦はない。

「クソが!なんなんだこのバッタ野郎は!」腕を必死に動かして飛ぼうとするが飛膜に穴が空いているためうまく飛びあがれない。

ここぞとばかりに天高く蹴り飛ばして、人目につかない山の方向へ移動する。


ここまで深い森の中に来たらもう誰にも見られていないだろう。全力の徒手空拳で相手をする。

「いきなり現れたと思ったら狩りの邪魔しやがって!なんなんだよてめェ!」

激昂して悪態をつく蝙蝠怪人に対し、冷静に答える。

疾駆しっくセイバー…そう名付けられた」

「シックセーバーだァ?なんだかよくわからねぇがカッコつけやがって…ぶっ潰してやる!」

「…雑談は終わりだ」

木を踏み台のようにして跳び、蹴り、その先の木でまた跳び、拳を振るう。

人間を超越した身体から放つ攻撃は重く、そして激しい。蝙蝠の飛膜は左右ともにボロ切れのようになっている。

「ま、待ってくれ!もう人は襲わない!」

命乞いは聞かない。聞きたくない。これ以上言葉を交わすと嫌でも「相手が人間であること」を意識してしまい、攻撃の手が緩んでしまいそうだから。

無理やり言葉を遮るようにくびに蹴りを入れると、蝙蝠怪人は崩れ落ち、溶けた。

人間の姿に戻り、先刻さっきまで生きていた物体が地面に染み込む様を暫く見ていると、背後から呼びかけられた。


「君が疾駆セイバーだね」

どうしてそれを、と振り向く。白衣を着ていて猫背の、自分より10歳ほど上に見える男が立っていた。

「知っているよ、この仮面に全て写っていたからね」男が懐から取り出したのは、見覚えのあるライオンの仮面だった。

「この仮面のほら、耳の部分にカメラがあるだろう?私はこのカメラを通して、君の初陣の一部始終を見届けていたんだ、だから…」と早口で語る白衣の男の姿は、どこかで見覚えがあった。

「あなた、もしかして僕の知り合いですか?」既視感の正体を探り、思い切って聞いてみる。

「いや別に知り合いっていうわけではないんだけどね、君をサポートしたくて、それで声をかけたんだけど…」と男はまた早口で語る。

不審に思い名前を聞くと、意外とあっさり明かしてくれた。

「私は宰苑さいえん慈亞じあ、化学とか生物学とか物理学とか…まぁ色々やってるけど平たく言えば『学者』だ。あとはエンジニア的な仕事もやるけど…まぁとりあえず学者って事でいいよ。」

彼の自己紹介を聞いて、どこで見たのかを思い出した。

TV番組で、何かすごい発見や発明をした人として何回か放送されているのを見たことがあったのだ。

「とりあえず来なって」と半ば強引に車に詰め込まれ、どこにいくかもわからないまま揺られる。

「安心して、バイクは後ろに乗っけてあるから」

そういう問題じゃないんだけどな、という言葉を飲み込んで、窓の外に浮かぶ雲を見上げる。


***


「ここが私の自宅兼ラボだ」

到着した場所が想像以上に大きな建物で驚く。

葉刈はかり…法律事務所…?」

「あぁ、そっちは友人の事務所でね、私のラボはこっちだ」

と指された方は一見普通の家のようだったが、戸を開けた瞬間異様な空気に呑まれる。

「なんですか、これ…」大量のガラス製実験器具に、図鑑でしか見たことのない生物の骨格標本、ケーブルまみれのマネキンのようなものまである。机の上に積み上げられた紙は研究資料だろうか、何やら複雑な内容の文に機械部品の絵が添えられている。


ラボに戻るなり、壁に付けられた通信機器で誰かと話し始める。

あおい、疾駆セイバーの青年を連れてきたよ。至急ラボに来たまえ」


***


「弁護士をやってる葉刈はかりあおいだ、よろしく」

相棒が連れてきた青年に名刺を渡し、軽く自己紹介をすると同時に、慈亞とは高校からの仲であること、そして「疾駆セイバー」として技術的協力を受けて街を守っていたことを明かす。


しかしこんなに柔和で温厚そうな青年が、本当にあの飛蝗ばったのような怪人、もとい疾駆セイバーなのだろうか?

あの時目の当たりにした圧倒的な殺傷能力、そしてあの蜘蛛を圧倒した驚異的な格闘センスを持つようには到底見えない。

「そういえば君、名前は?」と聞くと、少し戸惑うような仕草をしたのち「皆導かいどう倫悟りんごです、徒無あだなしで国語教師やってます」と素直に答えてくれた。

正直彼が疾駆セイバーだとは未だに信じられないが、絵に描いたような好青年だ。彼に任せて正解だったと思っているとスマホが鳴る。

「葉刈先生、クライアント待たせてるんで早めに戻ってきてくださいね」

「悪い、今行く」と一言伝え、事務所に急ぐ。


***


「なんだか、不思議な学者さんだったな…」

葉刈が事務所に戻った後、宰苑と話したことをバイクに跨って思い出す。多くの怪人に見られる特徴のこと、それに紐付いて近年増加している怪人犯罪のこと、そして自分の身体に関して彼が独自に研究した内容。


帰宅してすぐ彼らの名刺を机に置き、急いでパソコンを開く。

自分は疾駆セイバーという異形の戦士である前に教師、人間だと強く言い聞かせるように、拳に残った生々しい打撃の感触を振り払うように、テストの作問に取り掛かった。

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