疾駆セイバー
縁瑠
第1話 継承 疾駆セイバー
「14日から行方不明の男性が遺体で見つかった。遺体の腹部はひどく損傷しており……」
痛々しい事件のネットニュース記事を見ながら家を出る。
世間じゃ怪人だのなんだのと騒がれているが、本当に人間が怪物のような姿になり、しかも人を襲うなんてことが本当にあるのだろうか。そんなことを気にしていると、信号が青になったことに気づかず、後ろからクラクションを鳴らされる。
慌ててアクセルを捻ってクラッチを離す。
少し時間があるとつい物思いに耽ってしまうのはよくない癖だと、自分でも思う。
「
「りんごちゃん、オハヨー」と気さくに挨拶してきた生徒も、実は名前を覚えていないので「僕以外の先生にそういう呼び方しないほうがいいよ〜」などと微笑んで誤魔化す。
悪気はないのだが、別に担任を持っているわけでもないのでどうも覚えられない。
今日もいつも通り、午前3時間、午後1時間の授業をこなす。1日に何回も同じ本を音読するのは、正直飽きるし大変だ。最近は体にも不調が出始めたが、高校受験を控えた生徒たちのためだと自分に言い聞かせて淡々と授業を進める。
家に帰ったらまた授業用のスライドを作って、小テストの採点をして…という生活だが、醤油が残り少なかったことを思い出し今日はスーパーに寄って帰ることにしよう。などとバイクに乗りながら考える。
近道をして路地裏を走っていると、突然現れた異様な人影とすれ違う。
人なのかも怪しいそれは獲物を待ち伏せるかのような奇怪な動きをしており、何よりも頭部と手が
***
「聞こえるか、
「
幼馴染であり科学者の、
「わかった、今向かう。」
淡々と返事をしながら、法定速度ギリギリでバイクを飛ばす。これまで一般のチンピラや雑魚の蟻怪人しか相手にしてこなかった俺にとって、いきなり蜘蛛は少々手厳しいかもしれない。だが今この街、いや、世界で怪人に太刀打ちできるのは俺たちだけなのだ。
到着と同時に、不意打ちで後頭部を蹴り飛ばす。蜘蛛の男は少し怯んだ様子だ。
ここぞとばかりに名乗り口上を叫ぶ。
「
決まった。相棒のパワードスーツが火を吹くぜ、とドヤ顔で殴りかかったが、びくともしない。これまで戦った相手とは比べ物にならない強さであることを一瞬にして理解した次の瞬間、天と地が逆さになった。
受け身もできないまま、電柱に叩きつけられる。まともに息もできない、立てない。スーツがなければ骨折は確実だっただろう。「ありがとな、
***
何か大声で叫んだ後、殴りかかったが吹き飛ばされた。起き上がれない様子だ。
とにかくあの人を助けねばと思い、建物の陰から飛び出して走り出す。僕が助けなければ。僕があいつを倒さなければ。無意識下で怪人を倒そうと決心していた。
一歩、二歩と足が地面につくたび、跳ねるように歩幅が広がっていく。緊張で筋肉が強張っているのだろうか。
そう思った直後、小さな緑色の板のようなものが体から突き出てきた。当然驚愕するが、痛みはない。困惑していると、その板が全身を覆いつくした。
不法投棄のシールがついた姿見に目をやると、倫悟の体は若草色の、巨大な
突如として全身に漲る力、目の前にいる蜘蛛の怪人と同じく異形の者となった自分に困惑しながらも、倫悟は神に感謝する。
「この力なら、あいつを倒せる……!」
先ほど飛ばされたライオン仮面の男にとどめを刺そうとする蜘蛛怪人めがけて、全力で跳躍する。そして空中で姿勢を変え、強烈な横蹴りを脇腹に叩き込む。
相手が怯んだ隙に二発目、三発目と蹴り続ける。
「俺の邪魔をするなぁぁぁっ!」などという怪人の言葉には耳も傾けず、ひたすら執拗にキックとボディーブローをお見舞いする。破けた服の下、蜘蛛のような外骨格の身体から緑色の体液も流れ始めたが、一切気にせず殴り、蹴り続ける。
これまで喧嘩などした事がなかったが、なぜか身体が勝手に最適な動きで相手の攻撃を避け、そして的確な攻撃を打ち出すのだ。
そういえば、先ほど飛ばされた男はどうなっただろうか。「大丈夫ですか!」と呼びかけると、男は苦しそうに言葉を吐く。「待て……そいつは、俺が…………」何を言っているのかわからなかった。相手は怪人、生身の人間が敵うはずもないのだ。
蜘蛛怪人が吐き出した糸を避けながら、背後に回り打撃を加え続ける。徐々に体力を消耗している様子だ。
「これで最後だ…!」壁についたダクトを踏み台にして、高く飛び上がる。重力に導かれるまま放った蹴りは、蜘蛛男の側頭部にめり込み、そして粉砕した。
確実に息の根を止めた。自分が命を奪った。溶けていく亡骸の前で立ち尽くしていると、先ほど吹き飛ばされた男に呼び止められる。「お前、名前は?」
立場上、怪人とはいえ教師が人を殺したとなると大問題になる。どうしたものかと考えていると「まだないのか?」と言われ、「まぁ、そんなとこです」と誤魔化す。
「そうか、なら…俺の名前を、受け継いでくれないか?」
突飛な言葉に耳を疑う。
「俺は疾駆セイバー。この街の人々を守るためにずっと戦っていたが、見ての通り、俺の力じゃ自分すら守れなかったからな。」
「お願いだ!俺の代わりに、『疾駆セイバー』としてみんなを守ってくれ!」
返答を待つこともなく、「疾駆セイバー」と名乗る男はバイクに乗って帰ってしまった。
僕が突然この力を手にしたことの意味、そして理由。それらは一切わからないが、今与えられた名前、そして戦う理由、守るべき使命が生まれたことだけは確実に理解できた。
疾駆セイバー 縁瑠 @Beryl5AFF19
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