第3話

「うちがおかあさんに会いたいなーって思って浜に行くと、星汲岩のそばの宝岩のところに、おかあさんにしか言ってないうちの大好きな海のもんが置いてあるの」

「大好きな海のもんて」

「秘密」

「秘密か」

「言ったらおかあさんが来られなくなるもの」


 満干は首からさげたリリアン編みの紐のペンダントに付けられた巾着袋をぎゅっと握った。


「遺体が見つかってないので、母親の死を受け入れられないんです」


 男性は娘の頭を置いた手でぽんぽんっと軽く撫でた。

 兆司は脇に置いたカートのストッパーを足先ではずした。


 それを見て男性が声をかけた。


「村へ行かれますか」

「はい」

「では、お送りしますよ」

「え、いいんですか」

「村へは、舟か車か、歩いてはとても無理ですよ」

「舟でも行けるんですか」

「行けなくはないんですが、空模様と波のご機嫌次第で、よほどの操舵技術がないと難しいですよ、幽世浜に舟を付けるのは」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「じゃ、車持ってきますので、そこで待っててください」


 真名井雄飛は港の待合室を指さした。

 それから満干に小銭を渡して「玉紫氷菓たまむらさきアイス、瑞端さんにごちそうしてあげなさい」と言って歩いていった。


「おじさん、大学の先生なの」


 満干が神妙そうな面持ちで訊いてきた。


「大学の先生の友だちの研究する人」

「ううん、ややこしいなー、先生の友だちで研究してるんだったら先生みたいなもんだよね。じゃあ、兆司先生だね」


 兆司は否定するのもめんどくさいのであえて否定しなかった。


「さ、茶店行こ、おとうさんが兆司先生に嶌アイスごちそうしなさいって、お小遣いくれたんだ」

「嶌アイスか、いいね」

「先行ってるね」


 満干はそう言うとかけ出した。

 と、港の待ち合い所の入口で立ち止まるのが見えた。


 中から水色のカバーをしたランドセルをしょった少年が出てきた。

 満干の知り合いのようで少年に話しかけている。

 少年は少しうるさそうに下を向いている。

 満干が兆司の方を指さして、何か説明しているようだ。

 少年は仕方なさげに満干の指さす方を見た。


 そこに少年の保護者なのか壮年の男性がやはり中から現れた。

 満干はお行儀よくおじぎをして挨拶をしている。

 学校の先生なのだろうか、兆司は目を細めて見やる。

 その男性は、遠目に謹厳さをまとっている雰囲気を醸し出していた。


 男性に促されて、少年は歩き出した。

 満干は小首をかしげて見送ると、兆司の方を振り返って肩をすくめて見せて、港の待ち合い所へ入っていった。

 


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