第7話
「お帰りになりなさい」
御厨弥睦心が両手を胸の前で組んで厳かにそう告げた。
「先生、いつ来たんですか」
「おしゃべりはなしです。お帰りになりなさい」
御厨間睦心は繰り返し告げて帰るように促した。
「あの人、生きてるみたいだけど、助けないと」
「大人の仕事ですから。あなたたちはお帰りになりなさい」
御厨間睦心が一度このように言い始めると決して譲らないというのを学校生活で満干は知っていた。
「真名井満干さん、夕方は黙って浜へ降りてはいけないとお父さまとお約束されてますね」
ぐずぐずしている二人に業をにやしたのかひんやりとした声が響いた。
「え、は、はい、なんで先生知ってるの」
「たいせつなお子さまをお預かりしてるのです。保護者の皆さまとは密に連絡をとらせていただいています」
満干は不服そうにそっぽを向くと、珪のわき腹をつついた。
珪は表情を変えずに御厨間睦心を見上げた。
嶌李で染まった珪の紅い唇に、御厨間睦心は眉根を寄せた。
「その顔、そのまま帰ったら、おとうさまに咎められますよ」
叱られるでもなく怒られるでもなく、咎められると彼女は言った。
「おとうさま、ってオズマ先生のことだよね」
満干が小声できいたが珪は身じろぎもしなかった。
「動かないで」
御厨間睦心は珪の顎に手を添えると、一隅に扇貝や巻貝、珊瑚などが刺繍された水色のハンカチで唇をぬぐった。
水面に鮮血がまかれたようになった。
「私が手当をするので安心なさい」
心なしか表情をゆるめて御厨間睦心が言った。
「あの方のことは、ご本人がお話になるまでここに留めておきなさい」
彼女は自分の胸元に手のひらを当てて言った。
穏やかに圧する波長が満干と珪を包んだ。
「お返事は」
「は、はい」
「皇木珪さん、お返事は」
珪は答えず御厨間睦心と横たわる青年を見比べて、視線を足元に落とした。
「よろしいですね」
御厨間睦心はそれ以上返事を強いることはせず、珪の両肩に手を載せ言った。
「さあ、帰ったら、宿題とおうちのお手伝いをいつものようになさって、今日は早くお休みなさい」
お手伝いはいつもするけれど宿題は時々なまけちゃうんだけどな、と満干は思いながらランドセルをしょって先に歩きだした珪を追った。
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