第3話
村の集会所での映画上映会が終わると、説諭師のオズマ
嶌に派遣される教師は、新卒か自らの地元に居づらくなって希望して来るものか、だいたいどちらかだった。オルガンを弾いている音楽教師
御厨間睦心は何もかも重たそうな様子をしている。黒々とした湿り気を帯びた長い髪を、学校では頭にぐるぐる巻いて夜光貝細工の簪で留めているが、そのたっぷりとした髪は、白く細い首が折れてしまわないかと心配になるくらい重そうに見える。
全体的に肉付きが豊かで、学校ではからだの線が出ないようにゆったりとした白いブラウスに動きやすそうなグレーのスラックスをはき、嶌名産の泥染の紬のネクタイをしている。
集会の時はこれ見よがしに開放的な服を身にまとっていた。
今日も、深く胸元の空いた水色のノースリーブのワンピースを着ている。
白い小花が散っている薄手ローンの柔らかそうな生地のワンピースだ。
細い黒い蛇皮のベルトを締めている。
彼女が息をするたびに、ベルトは腰に巻きついている蛇がくねるようだった。
黒髪も開放している。
漆黒の扇のように背に広がり、時折垣間見える背の素肌の白さを際立たせる。
幅広の螺鈿細工を散りばめたカチューシャがよく似合っている。
二十代半ばの年頃の、恥じらいと開け広げとどちらともとれずに惑わされる雰囲気が漂っている。
身内の娘が好奇の視線にさらされるのを嫌がりもせず、オズマ括吏は、睦心の好きなようにさせている。最も好奇の視線を向けるものはいなかった。むしろ神聖なものへの崇敬と憧憬の眼差しが注がれるのだった。
指もぽってりとして決して長くはないが、華麗なタッチで弾きこなしている。器用な指先は手工芸にも発揮され家庭科も技術科も図画工作もこなしている。
町の大学の教育学部でも、決して目立つ方ではなかったが、真面目に講義に出席して、教授からの印象も悪くなかった。当時は大柄なからだを隠すのに、チュニックをよく着ていた。髪は三つ編みにして頭に巻きつけ、銀縁の丸眼鏡をかけて、ひたすら講義ノートに記録していた。今のような開放的な様子を見せることはなかった。
村人たちはロザリオと数珠を半分ずつつなげた祈祷具を両手にかけて擦り合わせながら、精一杯の裏声で、映画で結女至天連が歌っていたもの悲しい美しい旋律に言葉を乗せる。
――あわれなる
清らなる血肉のみが
子どもたちは大人たちの言葉をなぞるように、ソプラノを響かせる。
説諭師オズマ括吏は涙ぐみ、一段と高らかに声を上げ、のどを震わせる。
恍惚が支配する場で、ただ一人ぼうっと立っているだけの子どもがいた。
水色のカバーをつけたランドセルを足元に置いている。
水色はこの島の学校では四年生の色だった。
背は低く小柄で、長い前髪で顔半分を隠し、ほの暗い眼差しを、説教師の足もとに向けている。
そこに何か見えるかのように、眼差しは、移ろいでいる。
聖歌が終わると、憑き物が落ちたかのように、村人たちは和やかな雰囲気を漂わせ、青年部が長机と長椅子を運び長方形に組み合わせて、婦人部は集会所の離れの簡易宿泊所の台所で発酵茶をいれ、ざらめ菓子を皿に盛って長机に並べた。
毎週末の集会の後に開かれる茶話会。
その子どもは、いつも腹をすかせていた。
だから、食べるものにありつけるからというだけの理由で、集会に出ていた。
その子どもはいつも一人だった。
大抵のうちは、家族、夫婦、親子、親族、誰かしら身内のものと出席していた。
彼が一人でも咎められることがなかったのは事情があるからだった。
その子どもは、彼は、線の細い少年だった。
少年は、繊細な面立ちで物憂げに佇んでいる。
声をかけられぬようにうつむき、足元に置いた水色のカバーをつけたランドセルを見つめている。
「めしあがれ」
ふいに声がした。
御厨間睦心が、銀色のトレイに白いカップと菓子を盛った白い皿を載せて差し出した。少年がためらっていると御厨間睦心は少年の耳に顔を近付けると囁いた。
「夏休みの間は特別です。いつもより多く焼いているのですから、たくさんめしあがれ」
少年は下を向いたままトレイから白いカップと皿を受け取った。
お礼の言葉はなかった。
出なかったと言うべきかもしれない。
唇が微かに動いていたから。
少年は、慣れると上等な味わいになるかび臭いお茶と、ざらめをまぶした柔らかいクッキーで一日分の食事を済ませると、集会所を抜け出した。
歓談に夢中な人々は誰も少年に気を留めることはなかった。
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