弘徽殿にて 3

 日が陰り、弘徽殿に明かりが灯された。この小さな炎が揺れるのを見ているのが好きだと言ったら従兄に、君は湿っぽいな、と言われたことを思い出す。共感してもらえると思って言ったわけではなかったけれど、そんなつれない返事が返ってくるとは思わず、しばらく黙ってしまった。


 唐松以外の女房は呼ぶまで離れて控えている。ほっとできる時間だ。


「皇后さま、今日はお疲れでございましょう」

「そうね、こんなに長く部屋を空けるのも久しぶりだったから」


 人を招くのも久しぶりだった。たくさんの女房を一度に見るのは宴以来だったかもしれない。


「中宮さまには驚かされたわね」


 今日の主上とのやり取りを思い返す。


 中宮さまとともに主上の夜殿へ向かうと、中宮さまの目論見通りすんなりと通された。


 ほとんど日が差さない室内で、覇気がなく悪霊のようなお姿の主上が単のままでいらっしゃった。中宮さまは日頃から思うところがおありだからか、勢いを増した川のようにとめどない言葉を主上にぶつけた。


「私がおらずとも、そなたの父親がいれば物事はつつがなく進むだろう。帝などお飾りの存在でしかないのだから。ただでさえ、私は亡き兄上の代わりだ」


 主上はそうおっしゃった。


 主上とほとんどまともな会話をしたことがない私は、初めて主上の胸の内を知った。やはり、私と父上を同一視していらっしゃる。そして、ご自身のことを若くしてこの世を去った先帝の代わりだとお考えだった。


「中宮さまの猛々しいご様子には驚いたけれど、同じ尊い血が流れていてこそ言えることもあるわね」


 こんなにも年の離れた幼い妻に強く叱られて、さすがの主上も少し表情に変化が見られた。少なくとも心に声は届いたことでしょう。


「主上とあんなに長く話したのは初めてよ」

「なんとも物悲しいものですね」


 唐松は相槌をうちながら私から小袿を脱がせてゆく。夜着になる準備をしながら、私は文箱を手元に寄せて紙と硯を取り出した。今日はどの香を文に染み込ませようかしら。


「どなたに文をお書きになるのですか」

「宵宮さまに。今日のことをご報告しておこうと思って。きっと気にされているでしょう」

「宵宮さまはどこから驚いたものかお困りになるでしょうね」


 唐松の言葉に、たしかに、と思った。中宮さまと二人で主上の元へ押しかけたと聞いたらなんとおっしゃるかしら。また頭に手をやり眉間のしわを作りそうね。そんなことを想像していたら、少し笑ってしまう。


「どうなさいましたか」

「いいえ、少し余計なことを考えていただけ」 


 筆を取り、どこから書いたものか、と思案するのも愉快だった。

 この文が早く宵宮さまの手元に渡りますように。

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