第31話 鍛冶師は勇気を出す

「どうして、師匠がここに……」


 俺が言葉を続けようとすると、彼女はそれをさっと手で制する。


「話は後だ。まずは、あいつらをなんとかしなければならない」


 そう言って、カサンドラ師匠は上級魔族たちを見据える。



「見て見て! 【創造神】のカサンドラだよ!」

「よくも顔を見せやがったな!」

「こいつはバカなのでしょうか? 他の『空白の伝説』のメンバーはどこに?」

「なんにせよ、相手がいくらSSSランク冒険者のカサンドラとはいえ、一人では我らに勝てぬ。長年の雪辱、今こそ果たすべきだ」



 すると魔族たちは目の色を変え、カサンドラの視線を真っ向から受け止めていた。


「SSSランク冒険者……?」


 魔族たちの言ったことに、疑問を抱く。


 ──師匠たちは冒険者だ。

 かなり強いとはいえ、まさか冒険者の最高峰ランクのSSSだとは思っていなかった。


 だったらそんな彼女に育てられた俺は……。


「ロイク、よく聞け」


 結論を出す直前、カサンドラ師匠は魔族から視線を逸らさずに、こう続ける。


「まず、あのどもだが……あたしだけが本気で戦っても、勝つことは不可能だろう」

「……! 師匠が勝てないだって!?」

「そうだ。他のメンバー──つまりお前の師匠たちが全員揃っていたら、あるいは……と言ったところだが、それでも勝算は五分。上級魔族は一体で世界を滅ぼしかねんとも言われる存在。そう簡単には勝てない」


 そんな……。


 俺にとって、強く気高い師匠たちは憧れだった。

 冒険者になってみてからも、それは変わらない。

 師匠たち以上に強い人間を、結局俺はお目にかかれなかった。

 なのに、そんな師匠のうちの一人であるカサンドラ師匠が勝てないと断言するなんて……。


 呆然としていると、不意にカサンドラ師匠は笑う。


「ふっ、そんな顔をするな。人の話を聞かないのは、貴様の悪い癖だ。言っただろう? あたしが──と」

「え?」


 聞き返すと、カサンドラ師匠は振り返り、俺の後ろに控えるイヴたちを眺めた。


「大体の事情は聞いているよ。この子を冒険者パーティーに入れてくれたようだな。感謝する」

「い、いえいえ! わたしたちの方こそ、感謝するくらいですよ! だけどSSSランク冒険者って……?」

「あいつらの言っていることは事実だ。あたしはかつて【創造神】と呼ばれたSSSランク冒険者。だが、悠長に話している暇はない。何故なら──」

「死ねええええええ!」


 話していると、魔族の一体が飛び出し、カサンドラ師匠に強襲をかける。

 しかしカサンドラ師匠は魔族を一瞥すらせず、持っていた剣であっさりと攻撃を受け止めた。


「あたしが、こいつらの攻撃を食い止める! だからロイク! 貴様はあいつらを叩きのめす武器を作れ!」

「俺が……上級魔族を倒す武器を……?」

「そうだ。そして──イヴ、ヘレナ、エミリアという名前だったか? 彼女たちはその間、ロイクが集中出来るように彼の護衛をしてくれ。出来るか?」

「「「は、はい!」」」


 三人がカサンドラ師匠からの問いかけに、即答する。


「よし、決まりだ。ここからはあたしも指示が出せな──」

「ま、待ってくれ。どうして、師匠は俺があいつらを吹き飛ばす武器を作れると信じている? 俺はただの鍛冶師だぞ?」

「なにを言うんだ」


 カサンドラ師匠は虚をつかれたような表情で、さらにこう続ける。


「貴様はもう、鍛冶師ではない。規格外の力を持った冒険者だ。

 だが、貴様にはあと一つ足りないものがある。それに気付くことが出来れば……あたしが考える武器を作ることが出来る」

「俺に足りないもの……」

「そして、あたしは貴様がそれに気付けると信じている。踏ん張れ、ロイク! ここが正念場だぞ!」


 そう言い残して、カサンドラ師匠は地面を蹴り、魔族たちに向かっていった。


 目の前ではカサンドラ師匠と魔族たちの、熾烈な戦いが繰り広げられている。

 動きが速すぎて、俺の目では捉えることで精一杯だ。


「……ちっ。説明足らずなところは、昔から一緒だな。イヴ、ヘレナ、エミリア! 俺に力を貸してくれるか? あいつらをぶっ飛ばす、とっておきの武器を今から作る!」

「もちろんだよ!」

「護衛なら私たちに任せろ!」

「ロイクさんを信じます」


 俺の前にイヴたちが出て、各々武器を構える。

 そんな彼女たちを見てから、俺は《鍛冶ハンマー》を取り出して、聖剣をさらなる強い武器へと昇華させようとした。




 ──俺に足りないもの。




 もちろん、俺は師匠たちに比べて、まだまだ足りないところばかりだ。

 未だに世間の常識が分からず、イヴたちを困らせたりもする。


 だが、カサンドラ師匠は『あと一つ』と数を限定した。

 彼女は適当なところもあるが、鍛冶に関しては嘘を吐いたことがない。


 俺は聖剣に《鍛冶ハンマー》を打ち付ける。

 聖剣が光で満ちるが、まだだ……! まだこれでは、魔族たちをぶっ飛ばせられない!


「そうだ……俺に足りないもの。それは『勇気』だったんだ」


 新しいことに一歩踏み出す勇気。

 困難に立ち向かう勇気。

 今の俺には、それが欠けていた。


 だから……信じろ。

 師匠たちに拾われてから厳しい訓練に耐え、鍛冶師として一人前になった自分の力を!


 勇気を込めて聖剣に《鍛冶ハンマー》を打ち付けると、やがてそれは起こった。



--------------------

『勇者の聖剣』レア度:11

かつて魔王を打ち倒した、勇者が所持していたとされる剣。持つ者の勇気に反応し、無尽蔵の力を引き出す。

--------------------



「レ、レア度11!? レア度10の限界を、とうとう突破したよ! ロイク! それならきっと大丈夫! 早くカサンドラさんに渡してあげて!」


 イヴがすかさず鑑定魔法で聖剣を確認し、そうお墨付きを出してくれる。

 俺は完成した新しい聖剣を携えて、カサンドラ師匠に接近する。


 くっ……こうして、戦いの中に入るだけでもきついな。少しでも気を抜けば、すぐにやられてしまいそうだ。


 戦っているカサンドラ師匠に聖剣を渡そうとすると、彼女は首を横に振って、


「いや、それは貴様が使え。今の貴様なら、あたし以上にそれを上手く使いこなすことが出来るだろう」

「俺が……カサンドラ師匠以上だって!?」

「そうだ。出来ないか?」


 俺の瞳を真っ直ぐ見つめ、問いかけてくるカサンドラ師匠。


 ……そんな顔をされて断るようでは、鍛冶師の名が廃る!

 そしてなにより今の俺は冒険者!

 一人で黙々と武具を作っていた昔の俺とは違う!


 俺は聖剣を強く握る。すると俺の勇気に反応したのか──隠しダンジョン中を照らすような強烈な光が放たれた。


「そ、その武具は……! かつて魔王様の──」

「や、やべえぜ! 一旦逃げ──」

「今更もう遅い!」


 逃走を図ろうとする魔族たちの背中目掛けて、俺は聖剣を振り下ろした。


 ズシャアアアアアアアアンンンン!


 衝撃。

 そして聖剣の光が途切れた頃には、十体の上級魔族は全て消滅していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る