第30話 鍛冶師は久しぶりに恩人と邂逅する
声がした方向に、咄嗟に顔を向ける。
「お前らは……」
言葉に詰まる。
そりたった崖の上。
そこには明らかに人間ではない魔力を感じる、異形の姿をした存在が立っていた。
しかも一体だけではない。
二、三、四──全部で十体の異形が、俺たちを見下ろしていた。
「オレは言ったんだぜ? オレたち魔族の体を渡しても、所詮は人間。大したことねーだろって」
「わたくしも同意ですわ。どうして、たかが人間に魔族の力を譲渡したのですか?」
「まあ待て。これは実験だ。人間を魔族にすれば、どのような化学反応が起こるのか──だな。しかし実験は失敗だった。人間を魔族にしても、せいぜい下級魔族程度の力しか発揮出来ない。我ら上級魔族の足元にも及ばなかったのだ」
ヤツらは俺たちを前にしても、好き勝手に話している。
横目でイヴたちを見ると、彼女たちはガタガタと震えており一歩も動けなくなっているようだった。
「ねえ……あれって──」
「ああ、魔族だ。しかも、ただの下級魔族でもなかろう」
「わ、私……先ほどから体が震えて仕方がありませんわ。魔力の含有量だけでいくと、あの魔族たちはロイクさん以上で……」
彼女たちも、現在の状況に気付いているようである。
──魔族。
俺はかつて、そいつらを『街のチンピラ』と似たようなもんだと称したことがある。
しかしそれは魔族の中でも下っ端、下級魔族なだけのこと。
ヤツらの話していることを信じていると、俺たちを見下ろしている魔族は上級魔族。
俺ですら、上級魔族を前にするのは初めてだった。
「なるほど……だから、師匠たちは『上級魔族には近付くな』って警告してたわけか」
頬から冷や汗が滴り落ちる。
昔、カサンドラ師匠の言ったことを思い出す。
『ロイク、貴様はそこそこの体力も付いた。鍛冶師としての力も、私の十分の一くらいにはなっただろう。下級魔族くらいなら、ワンパンで倒せる。
しかし上級魔族は別だ。ヤツらの強さは下級に比べて異次元。だから上級魔族には
──と。
「なあなあ、これからどうする?」
赤髪の魔族が、リーダーらしき魔族に話しかける。
「実験は失敗した……本来なら、ここで引き返すべきだろう」
「はあ? そんなつまんないこと、すんの? 最近、暴れ足りなくて欲求不満なんだけど」
「貴様の言うことにも一理ある」
その言葉を合図に、魔族たちの雰囲気が様変わりした。
場には濃密な殺気が流れている。ヤツらは好戦的な瞳を俺たちに向け、どう調理しようか品定めしているかのようだった。
「あの、冴えない男? 確か鍛冶師なんだよねー? ボク、昔鍛冶師には痛い目に遭わせられているんだ。あいつとは全然違うけど……ちょっと仕返しさせてもらえたいんだけどー?」
身長が低く、一見子どものような見た目をした魔族がおねだりする。
「私も【創造神】と貴様の戦いは知っている。ギリギリのところで、貴様が逃げ通せたんだったな。情けない」
「もう一回やったら、絶対ボクが勝つってば! だからその前哨戦に、あいつを殺させてくれない?」
「うむ」
リーダーらしき男が、射抜くように俺を見据える。
ただそれだけで、呼吸すら苦しくなったような気がした。
「よかろう。私もゴーレムやカジミールを瞬殺した人間の力が気になる。だが、貴様だけではない。全員でかかる。強者は弱者を仕留める際にも、前ん力でかかるというものだ」
さらに殺気が膨らむ。
「ゆけ。骨一つ残すな。我らの力で、あの人間どもを駆逐するのだ」
「来るよ──っ!」
イヴが震える手で剣を構える。
十体の上級魔族が、一斉に襲いかかってくる。
これが走馬灯なのだろうか。
俺にはその光景が、不思議とスローモーションに見えていた。
──俺はここまでなのか?
田舎から冒険者になるって出てきて、イヴたちのパーティーにも入れてもらい、幸せな人生を送った。
周りの人間は俺のことを『強い』と言った。
だが、俺は井の中の蛙だったのだ。
本当に強い者──上級魔族に出くわせば、俺なんてなにも出来ずに殺される。
それでも。
「……っ! イヴ、ヘレナ、エミリア! 逃げろ! お前たちが逃げるまでの時間は、俺がなんとか稼いでみせる!」
震える体を押さえつけて、俺はみんなに指示を出す。
「そんなのダメに決まってるじゃん!」
「ロイクは仲間だぞ!?」
「仲間を見捨てて逃げるほど、『不滅の翼』は腐っていません!」
三人とも、その場に留まる。
一瞬嬉しさが込み上げてくるが……たとえ三人でかかろうとも、俺たちでは上級魔族に勝てないだろう。
やがて上級魔族の攻撃が殺到する。俺は聖剣で少しでも衝撃を和らげようと──。
「なにを諦めているんだ。貴様には色々と叩き込んだが、『諦める』なんて言葉は教えたつもりはないぞ?」
その瞬間。
懐かしい声が聞こえたかと思うと、俺たちの前に何者かが割り込む。
その者は剣を振るい、上級魔族の攻撃を防いでしまった。
「一体、なにが──」
「久しぶりだな、ロイク」
窮地を救ってくれた者は、ゆっくりと俺たちの方へ振り返る。
すぐに分かった。
「師匠!」
思わず声を上げてしまう。
燃えるような赤髪。
すらっとした四肢。
絶世の美女である彼女──カサンドラ師匠が、俺にふんわりと優しい笑みを向けた。
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