第27話 鍛冶師は隠しダンジョンの真実が分かる

 後ろを振り返ると、そこには床につきそうなほど長いローブを羽織った一人の男がいた。


「お前は誰だ?」


 問いかけると、男は嘲笑を浮かべ。


「無礼なだけではなく、自分で考える頭も持っていないのですか? 私が不快に思うのも仕方がないでしょう。勝手に扉をこじ開け、私の家に上がり込んでいる不躾者を見つけたのですから」

「お前の家……だと?」


 つい言葉に詰まってしまう。


「隠しダンジョンに住んでるってことなの!?」


 イヴも驚きの声を上げる。


「ええ、その通りです。なにせここは良質な魔力に満ちており、人目を忍ぶことが出来ますからね。私の実験に最適な場所でした」


 ということは、画面に表示された文章も、こいつが記したものだろうか? そうだとしても実験とは……。


 疑問が渦巻き警戒している俺たちの一方、男は優雅に一礼する。


「申し遅れました。私はカジミール。このダンジョンの主です。あなたたちのことは、よく知っていますよ。ロイク、イヴ、ヘレナ、エミリア──Aランク冒険者パーティー『不滅の翼』の皆様ですよね」


 ニヤリと男──カジミールは口元を歪める。


「どうして、私たちの名を知っている」


 ヘレナは盾を構え、カジミールに睨む。

 だが、ヘレナの殺気を真正面から受けてなお、カジミールは僅かたりとも怯まない。


「将来有望な冒険者パーティー。Sランクパーティーに届くのも時間の問題でしょう。そのような有名な方々を、私が知らない方がおかしくありませんか?」

「褒められても、全く嬉しくありませんね」


 エミリアも警戒を強める。


「さらに、『不滅の翼』は最近、大きく飛躍する出来事が起こりました。そのパーティー名の通り、大空に飛び立つ鳥のようにね。それがロイク──あなたです」

「俺がか?」


 急にご指名がかかると思っておらず、俺は虚をつかれてしまう。


「ええ。規格外の鍛冶師。その手から作り出す武具は、全て神々が作りし者にも匹敵する。かつて【創造神】として、世を沸かせたと同じです」

「俺なんか大したことないぞ。何故なら──」


 師匠はもっとすごかった。

『不滅の翼』のみんながいなければ、俺はこうして現在楽しく暮らせていない。

 俺一人で出来ることなんて、たかが知れている。

 だから俺は──自分で自分のことをすごいと思わない。


「人の支えがあってのことだ。それが分からないお前に、いくら褒められようが態度を変えるつもりはない」

「くくく……やはり、あなたは面白い。しかしあなたであっても、私の望みは叶えられそうにありません」


 一転。

 カジミールは失望したかのように、表情に色をなくす。


「……ここでなにをやっていたのかな?」


 イヴが問う。

 その答えは返ってくると思っていなかったが、意外にもカジミールはあっさりと口を割った。


「言ったでしょう。実験している……と。私の悲願は人間のです」

「なんだと……?」


 耳を疑うようなことを聞かされ、俺は動きが止まってしまう。


「かつて、私の恋人は人間の手によって殺されました。恋人が殺された時、私の悲しみの海に沈んだのです。

 しかし私は諦めませんでした。恋人を蘇らせるために、今までありとあらゆる手を使った。だが──ダメだった」

「当然だ。人を蘇生させることなんて出来ない」


 死にかけている状態からなら、俺でも復活させられる武具を作ることが出来る。


 しかし完全に死んでしまっては不可能だ。

 人は蘇らない。

 出来るとするなら神だけであり、人が神になることは出来ない。


「私もそう結論づけました。はね」

「かつて?」

「ええ。当時の私はこう考えたのです。人のままでは神を超えることは不可能! ならば他の種族なら? 人間よりも強大な魔力を有する高位な種族なら、私は神になることが出来る!」

「……っ! イヴ、ヘレナ、エミリア! 退け!」


 カジミールから異変を察知し、俺は咄嗟に三人に指示を出す。

 この場に暴風が巻き起こる。

 全てを巻き込む暴風であったが、ここはさすがAランク冒険者の彼女たち。瞬時に判断して、彼から距離を取った。


 そして風がやんだ頃には……。




「私は──魔族と取引きをし、自分自身がになることにしました。それがこの結果です」




 姿が変貌したカジミールの姿があった。


 背中からは黒い翼。

 顔に刻まれた摩訶不思議な紋様。

 そしてここからでも感じる、カジミールの膨大な魔力。

 それらが彼を魔族でであることを証明し、俺たちの前に立ち塞がっていたのだ。


『思い出した……!』


 突如、胸ポケットからヒトダマ──の形をしたケルが飛び出してきて、こう言葉を続ける。


『あいつじゃ! あいつが我にゴーレムを与えたのじゃ! そして魔法をかけ、我から記憶の一部を奪い去った!』

「そうだったの!?」


 イヴがケルを見て、そう声を上げる。


「おやおや……そこにいる者はあの時の魔妖精ですか。ずいぶんと可愛らしい姿となりましたね」


 せせら笑うカジミール。


「あなたにゴーレムを渡したのも、実験の一部ですよ。人や魔妖精は、過ぎたる力を手に入れればどのように行動するのか……を」

「もしや、ジジさんのアクセサリーに細工を施したり、隠しダンジョンに呪いの武具を置いたのも、お前の仕業だったのか?」

「察しがいいですね。ご名答。ジジという名がなんだったのかは覚えていませんが、私はこの隠しダンジョンに潜みながら、数々の実験を続けていました。まあどれも……大した結果は得られませんでしたけどね」


 カジミールはなんでもなさそうに口にする。


 武具というのは人を幸せにするもの。

 それが俺の鍛冶師としての信条だった。


 しかしこいつが作る武具には、それがない。こいつに関わった者は全て不幸になっている。

 だというのに、まるで明日の天気を語るかのように軽い口調のカジミールに怒りが湧いた。


「ですが、実験の結果によって、私はさらなる力を得ることが出来ました。このようにね」


 パチン。

 カジミールが指を鳴らす。



 ゴゴゴ……!

 


 地響きが起こったかと思うと、隠しダンジョンの壁が突如動き出す。

 そしてそれによって新しく出来た空間には、数えきれないほどの大量のゴーレムが隠されていた。


「ゴーレムがあんなに!?」


 イヴが気圧され、後退する。


「まずはこのゴーレムたちと遊んでいてください。全てが片付け終わったら、少しは遊んであげましょう。もっとも……出来るとは思えませんがね」


 カジミールがそう言い残し、身を翻したかと思うと、翼をはためかせて隠しダンジョンの奥の闇へと消えてしまった。


「イヴ! ヘレナ! エミリア! ヤツを追ってくれ! ここでヤツを逃してしまっては、もっと大変なことが起こりそうな予感がするっ!」

「それはいいけど……ロイクはどうするの?」

「決まっている」


 俺は聖剣を構え、今にも襲いかかってきそうなゴーレムを見据える。


「俺はこいつらと遊ぶ。三人の進む道は俺が切り開く。だから、三人は急いでヤツの後を!」

「む、無茶だ! 一体だけならともかく、これだけ多くのゴーレムだぞ!?」

「そうです! いくらロイクさんでも、一人では無謀すぎます!」

「……ふっ。お前らは俺がこういう窮地に、今まで何度直面したか知っているか?」

「え?」

回だ」


 師匠たちによる訓練は苛烈を極め、時には死を覚悟したことがあった。


 だが、俺はそれに耐えて今ここに立っている。

 あの時のことを思い出したら、今の状況は午後のティータイムの一時とさほど変わらない。


「十分──いや、五分後に必ず追いつく。だからイヴたちはそれまで、カジミールの足止めをしてくれ」


 そう言っても当初イヴたちは躊躇していたようだが、やがて覚悟を決めて頷き、


「うん! 分かったよ!」

「今までロイクは無茶なことばかり言っていたが、嘘だけは吐かなかった! きっと今回も確固たる自信があるのだろう!」

「ロイクさん! 必ず追いついてくださいね!」


 カジミールが消えていった方向に走り出す。


 その行手を阻むように、ゴーレムが動こうとするが、


「おっと」


 俺はすかさず彼女たちとゴーレムの間に割って入り、聖剣で攻撃を受け止める。


「お前の相手は俺だ」


 おかげで彼女たちはゴーレムたちをやり過ごし、ダンジョンの奥へ進むことが出来た。


「さて……と。今回はさすがにちょっと疲れそうだな」


 俺の前には数十体のゴーレム。

 それらが全て目を光らせ、俺を見据えている。


『ちょっと……か。はっ! やはり貴様は化け物じゃな! この状況を前にして、笑っておるぞ?』

「まあ、ようやく師匠たちに教えられたことを体現出来そうになっているんだ。笑うのも仕方がないだろうに」


 自分の力を試してみたい。

 どこまで師匠に追いつけたか確かめてみたい。


 そんな好奇心を抱き、俺はゴーレムたちにこう宣言する。



「さあ、かかってこい。お前らの動きを全て分析して、俺の糧にさせてもらおう」

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