第28話 鍛冶師は珍しく激怒する

 ロイクと別れたのち。

 イヴとヘレナ、エミリアの三人はカジミールを追いかけていた。


「おやおや、あの男──ロイクを一人にしていいんですか? 仲間を簡単に見捨てるなんて、意外と薄情なんですね」


 前を走るカジミールに悲愴感はない。それどころか、この命懸けの鬼ごっこを楽しんでいる節もあった。


「見捨てたわけじゃないよ!」

「ああ! ロイクを信頼しているだけだ!」

「あなたはロイクの強さを知らないのです!」


 しかしイヴたちはカジミールの言葉に動揺せず、強い語気で言い放った。


(……全力で走っているのに、全く追いつける気がしない。あいつ、強い)


 駆けながら、イヴは冷静に分析する。


 恋人を蘇らせるために、魔族に魂を売った男。

 どこまで信じていいか分からないが……今のところ、魔族であることを裏付けるような身体能力を見せつけている。


(でも……ちょっと違和感。本当に魔族になったっていうなら、わたしたちなんて虫ケラ同然のはず。なのに、どうして逃げるのかな?)


 やがて三人は開けた場所に出る。

 すると一転、あれほど逃げていたカジミールはぴたりと立ち止まり、イヴたちに振り返った。


「観念しなよ! もう逃げられないんだから!」

「くくく……」


 イヴの言葉に対して、くぐもった笑い声を零すカジミール。


「逃げる? あなたたちはまだ分からないのですか?」

「なんだと?」


 ヘレナが表情を強張らせる。


「言ったでしょう。私の実験はまだ終わっていない。先ほどの場所では狭く、実験にふさわしくないと考えたまでです。だから私はここまで移動した。まるでような速度でね」

「あなたはなにを──」


 とエミリアが一歩前に踏み出す。

 だが、カジミールは彼女を制するように手をかざし、こう続けた。




「いい機会です。私の本気をとくとご覧になさい」




 その瞬間。

 カジミールの周りに無数の剣が錬成された。


「……! ヘレナちゃん!」

「分かっている!」


 すぐにヘレナが察し、イヴとエミリアを守るように前に躍り出て、盾を構える。

 しかしカジミールは彼女の行動を一切意に介さず、すっと手を下ろした。

 それと同時、錬成された無数の剣たちが一斉にエミリアに殺到する。


「うおおおおおお!」


 エミリアは雄叫びを上げ、襲いかかる剣を盾で受け止める。


「ははは! やりますねえ! 並の盾でしたら、たった一本の剣すら受け止められなかったでしょう。ですが、いつまで持ちますか?」


 高笑いをするカジミール。

 ヘレナの盾に阻まれた剣は地面に落ち、消滅する。

 このままいけば無数にあるとはいえ、いつかカジミールの剣の数は尽きるはずだった。

 だが、決死のヘレナを嘲笑うかのごとく、次から次へと剣が召喚されていく。


 やがて。


「はあっ、はあっ……」


 肩で息をするヘレナ。

 彼女が構えていた盾がすっかりボロボロになっていて、纏っていた神々しい光もなくなっていた。


「聖装化が剥がれましたか」


 カジミールは余裕の顔つきで、歩を進める。


「で、ですが! そちらも攻撃手段をなくしたはず──」

「私がですか?」


 エミリアの言葉を受けて、カジミールはきょとんとした表情のまま手を挙げた。

 するとまたもや、無数の剣たちが現れる。


「あぁ……」


 イヴが絶望で地面に膝をつく。


「この程度で武器も魔力も尽きませんよ。そちらも貴重な武具をお持ちのようだったが、たった一つ。一方、私はこうしている間にいくらでも剣を錬成することが出来る。あなた方の言う──レア度7以上の武器をね」


 カジミールの言葉に虚飾は感じられなかった。


(レア度7……どおりでヘレナちゃんの盾がボロボロになるはずだよ)


 鑑定魔法を使うまででもない。カジミールの言葉は真実であろうし、すぐにバレる嘘を吐く理由がなかったからだ。


「実験にはなりませんでしたが、いい余興にもなりましたよ。終わりです。死になさい」


 再度、カジミールが手を下ろす。

 イヴたちに無数の剣が襲いかかってきた。先ほどはなんとか凌げた猛攻も、ヘレナの盾が使いものにならなくなった今では防ぐ手段もない。

 彼女は死を覚悟し、目を瞑る──。



 だが──。




「待たせたな」





 その時。

 救世主の声が聞こえた。




 ◆ ◆


 俺はイヴたちを発見するなり、彼女たちと剣の間に割ってはいる。

 そして向かってくる無数の剣を見て、全て聖剣で


「「「ロイク(さん)!」」」


 三人が俺を見て、目を輝かせる。


「助かったよ。おかげであいつを取り逃さなくて済んだ。イヴ、ヘレナ、エミリア──お手柄だったな」


 そう言って、彼女たちに笑みを向ける。


「ほお──もうあのゴーレムを片付けたのですか? やはりあなたは、地上にいる幾多の凡人たちとは違うようです」


 カジミールは自らの攻撃を完全に防がれたというのに、その表情からは余裕をなくしていなかった。


「いいになった。おかげで目が覚めた」

『ロイクの野郎、すごかったからな。まさかゴーレムを五分どころか、三分で片付けてしまうとは!』


 ケルの声も耳に届く。


 初見の時は時間がかかった。

 しかしケルとの戦いにおいて、俺はゴーレムの仕組みを全て分析し終わっている。

 ゆえに再戦したとしても、そこらへんの雑魚となんら変わりないのだ。


「しかし仮に追いついたとして、どうされるつもりですか? その持っている剣で、私に傷をつけるとでも?」

「ん……いや、お前みたいな雑魚に聖剣は必要ない。お前の相手はこれだ」


 そう言って、俺は無限収納袋からあるものを取り出す。


 それは片手で持てるくらいの、引き金がある筒状の武器である。


 拳程度の銃──拳銃とでも名前を付けようか。


「ふ……ははははは!」


 しかしカジミールは我慢しきれないといった感じで、腹を抱えて笑い出した。


「そのような小さな武器で!? 魔族になった私を? それなら、まだ聖剣で向かってきた方が勝算がありますよ!」

「そうか? だったら試してみるか」


 俺は引き金に人差し指を引っかけ、拳銃を構える。

 カジミールは笑い疲れたのか、瞳にうっすらと浮かんだ涙を指で軽く拭いて、


「ならば私は何度でも、剣を発射するのみです」


 と周りに無数の剣を錬成した。


 ほお……なかなか質のいい剣たちだな。具体的に言うと、ヴァイン武具屋に並べたの剣くらいの価値があるだろう。


「ロ、ロイク! あれ、ヤバいよ! 全部レア度7以上あるんだから! 発射させちゃいけない!」

「いまいち、レア度7のすごさが未だに分かっていないのだが……」


 焦るイヴであったが、無情にもカジミールが錬成した剣たちが一斉に発射される。

 俺は人差し指にぐっと力を込め──。




「レア度7って俺が適当に作った、木の棒と同じなんだろ? だったら、あんま大したことないだろ」




 こちらも──発射。



 ビューーーーーーーンンンンッッッ!



 拳銃から放たれた小さな弾丸は、その衝撃と風圧で周りの剣たちを全て薙ぎ払い、カジミールに向かっていた。


「え?」


 ようやく、カジミールの顔から余裕がなくなる。

 弾丸は勢いを殺さないまま、カジミールの胸を貫いた。彼は口から血を吐き、地面に倒れていく。


「それに……ヤツの武具は人を不幸にする邪道なものだ。俺とヤツとでは、ものづくりの格が違う」


 こうして俺はゴーレムだけではなく、人の体を捨て魔族になったカジミールもまとめて瞬殺したのであった。

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