第26話 鍛冶師はダンジョンのセキュリティーを突破する

 冒険者たちの救助を済ませた俺たちは、感じた嫌な予感の正体を探るために、隠しダンジョンを進んでいた。


「なんか、全体的に不気味な場所だね」

「まるでダンジョンじゃないみたいだ」


 歩きながら、イヴとヘレナが口にする。

 彼女たちの言う通り、普段潜っているダンジョンと気配が違う。

 本来なら棲息しているはずの魔物も、ここまで一体たりとも遭遇していない。これは異常だ。

 あとは新発見のダンジョンだというのに、目ぼしい素材や宝も見当たらない。

 ヴィオラたちが宝を発見したというのも、今となっては不思議に思えてくる。


「…………」


 そんな中、エミリアが黙りこくっていた。


「どうした? エミリア」

「いえ……」


 彼女な神妙な面持ちをして、こう口を動かす。


「なんというか……妙だと思いませんか?」

「妙?」

「はい。魔物もおらず、素材や宝もほとんどありません。だけどそれを差し引いても、やはりここは異常。なんというか、まるで人がような場所だと思いませんか?」


 彼女が言うことは、奇怪なものであった。


 俺だって冒険者になり日数も経過したから、ダンジョンの基本くらいは分かる。


 本来、ダンジョンというのは人の棲家として不適格な場所だ。

 人を襲う魔物もうようよいる。食物も育たない。街では溢れかえっている便利な魔導具もない。


 わざわざこんなところに住もうとする者は、よほどの物好きか、もしくは人目を避けたい者くらいだろう。


「でも、新発見のダンジョンだよ? 物好きな人がいたとして、どうして今までこのダンジョンをギルドに報告してこなかったのかな? 新ダンジョンの発見は、多額の報酬金ももらえるのに」

「ええ……イヴさんの言う通りです。だから不思議なんですよ。ここは異常で──とても不気味で怖い場所です」


 エミリアが自分の体を抱いて、ぶるっと震えた。


 ……やはり、このダンジョンはただのダンジョンではなさそうだな。


 疑問が膨らみながらも、俺たちは隠しダンジョンの奥に進んでいく。

 するとやがて、でかい扉にぶち当たった。


「これは……機械で制御されているようだな。鍵もかけられているようだし、この先には進めないぞ」


 扉に手をかけ、ヘレナが言う。


 機械──まだ魔法が体系化されていなかった頃、それ以外の手段で作られた旧文明の遺産だ。

 機械については謎が多く、現代の技術では再現出来ないオーバーパーツになっている。

 とはいえ、機械よりも便利な魔導具が存在しているのだ。わざわざ機械を欲する人間はいないだろう。

 それゆえに。


「機械か……面倒だな。魔法で制御されていれば、魔法でそのセキュリティーを突破することが出来るが、機械だとそういうわけにもいかない」


 俺も扉に触れ、そう口にする。


 力づくでぶち開けるか? いや、ヴィオラたちの言っていた宝の件もある。罠である可能性も否めないし、あんまり強引に突破するのはな……。


 だったら、正攻法で開けるしかないか。



「どうしようかな。引き返す?」

「ここまで来てか? 機械の扉があるような不思議なダンジョンなんだ。この先に進んで、真実を目にしたい」

「どうしましょうか……」


 イヴとヘレナ、エミリアの三人が集まって扉を前で頭を悩ませている。


 カンカンッ……。


「ロイクはなにをしてるの?」


《鍛冶ハンマー》を錬成して、無限収納袋からいくつか素材を取り出し鍛冶をしている俺に気付き、イヴが声をかけてくる。


「ん……このままじゃ開かないなら、鍵を作ろうかと思ってさ」

「作れるの……?」

「ああ──そんなことを言ってる間に完成した」


 そう言って、俺は作った指輪をめる。

 指輪が嵌められている指を扉に近付ける。すると扉は光を放ち、文字が浮かび上がってきた。



『perfection. allow to obtain』



「わっ!」


 イヴが驚きの声を上げる。


 機械の扉は一人でに開き、俺たちが先に進めるようになった。



「よし」

「「「よし!?」」」



 三人が声を揃える。


「い、今、なにをやったの!?」

「鍵だと言ったな? 今の一瞬で扉を開ける鍵を自作したのか!?」

「ロイクさん、本当になんでもありですね……」


 口々に言う。


「まあ……そんなところだ。別に難しいことじゃないぞ? 扉の仕組みを解析し、それを解除するための鍵を構築すればいいだけだから」


 ゆえに俺がいた田舎村では、人々は外出する際に鍵をかけなかった。

 どうせ鍵をかけていたとしても、それを簡単に突破することが出来るからだ。

 王都に来て、人々が扉に鍵をかけているのを見てビックリしたな……どうして、そんな意味のないことをするのだろうと。


「で、でも! 鍵って、そもそも装備品なの!?」

「だから、この指輪だろ。機械の扉を開けるアクセサリー──ほら、立派な装備品だ」

「なんで、そんな自信満々に言い張るのか分からないけど……」


 ジト目で俺を見るイヴは、笑顔になって。


「だけど……ありがと! ロイクのおかげで先に進めるよ。行こ!」

「ああ」


 頷き、俺たちは再び歩き始める。


 ……だが、どうして隠しダンジョンに機械の扉があったのだろうか。機械は人の手によって作られるものだ。

 やっぱりエミリアの推測通り、ここには人が住んでいるのでは……。


 ますます怪しみながら隠しダンジョンを進んでいくと、次は壁と一体化している機械の画面があった。


「これ、なんなのかな?」

「少し待て」


 俺は指輪がっている指をかざす。

 すると先ほどの扉の時と同様に、光を放ち、画面が起動して文字を浮かび上がらせていた。



『○月○日

実験は今日も失敗した。ゾンビ化することには成功したが、これでは蘇生とは言い難い。再調整が必要である』



「ゾンビ化? 蘇生? これはどういう……」


 文字が表示されている画面に目を向け、ヘレナが呟く。

 さらに文章は続いていた。



『○月○日

やはり通常の手段では、私の目的を果たせられそうにない。修羅にならなければ。私はヤツらと接触することを決めた』



「誰かの日記のようですね。だとするなら、一体誰が……」


 エミリアの疑問もごもっともなことだ。

 人が住んでいるはずのない新発見のダンジョン。こんな場所に日記を記せるヤツが、どこにいるというのか。


 文章はさらに続いていたが、その全てが『実験失敗』を示すものである。

 どんどんと文章にも狂気が増していき、最後の方は文章として成立すらしていなかった。


 そして文章は唐突に終わりを告げる。



『?月?日

無理だ、人の姿では。多数不可能あり、だが、これ懊悩以上無駄。私は人をやめる。なる魔族に』



「これは──」


 文章の真意に気付き、俺が言葉を続けようとすると。




「おやおや、来客ですか。人の家に土足で踏み上がるなどとは、やはり人間というのは無礼な生き物です」

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