第25話 鍛冶師は遅れてやってくる

 俺たちは冒険者ギルドから緊急クエストを受け、隠しダンジョンに向かった。


 隠しダンジョンである地下迷宮に潜り、下層を目指していくと、途中でヴィオラたちの姿が。

 さらに何故か、冒険者らしき男が彼女に刃を向けていたのだ。


「助けて──」

「任せろ」


 すかさずヴィオラと男の間に入って、俺は聖剣を振るう。


 キィィィイイインンンッ!


 聖剣は男の剣を破壊する。

 それによって生じた衝撃波によって、男は後方に吹き飛ばされてしまった。


「大丈夫か、ヴィオラ」

「ロイク!」


 ヴィオラが俺に気付き、目を輝かせる。


「これは一体……どういうことですか?」


 一方、エミリア──とイヴ、ヘレナの三人は武器を構え、ジリジリと距離を詰めてくる男たちを見据えていた。


「コロ……ス……」「コロ……ス……」「コロ……ス……」


 全員、同じことを呟いている。

 ふらふらと動くその様は、まるでゾンビのようで、寒気を感じるほどであった。


「分からないわ。隠しダンジョンの調査隊のメンバーたちなんだけど、宝箱の中の武具に手が触れたかと思ったら……あいつら、全員正気を失って。きっと、あいつらの身につけている武具が原因だと思うけど」

「呪いか」


 ヴィオラの言葉に、俺はそう声を漏らす。


 呪いの武具。

 一度身につければ簡単に取り外すことが出来ず、装備者に正気を失わせる武具だ。


 だがデメリットばかりではなく、呪いの武具は総じて性能が高いのだと聞く。

 ゆえに呪いを上手く制御出来れば、一騎当千の武具となりえるが……残念なら、あいつらの中にそれが出来るものは一人もいなかったようだ。


「どうする!? このままでは逃げることも出来ないぞ!」


 ヘレナが焦りの声を発する。


 確かに俺一人だけならともかく、彼女たちをまとめてこの場から離脱することは難しそうだ。

 そうじゃなくても、呪いの武具を身につけた男どもを、このまま放置してはいけない。

 正気を失ったままの男たちは隠しダンジョンを彷徨い歩き、地下迷宮の栄養となるのだから。


「一応、善良な冒険者たちだからな……殺すのもダメだろう。こうなったら、呪いの武具を取り外すしかない」

「だが、あいつらの攻撃を避けながら、一体どうやって!?」

「忘れたのか?」


 ふんわりと微笑み、俺はヘレナにこう告げる。


「俺の《鍛冶ハンマー》には、装備をする力があるんだ。《鍛冶ハンマー》を打ちつければ、あいつらを呪いの武具から解放することが出来る」


 そう言いながら、俺は《鍛冶ハンマー》を右手に顕現させる。


「しかし、俺一人だけではさすがに難儀する。だからイヴ、ヘレナ、エミリア……手伝ってくれるか?」

「もちろんだよ!」

「ロイクが《鍛冶ハンマー》を打ちつけるまで、私たちがあいつらの気を削ごう!」

「ロイクさんばかりに働かせていては、『不滅の翼』の名が廃りますね」


 三人は力強く頷いてくれる。

 よかった……。


「私も戦──」

「いや、ヴィオラは休んでいてくれ。ここに来るまでに、ずいぶんと走ってきたんだろう?」

「でも!」

「俺たちに情報をくれた。それだけで十分だよ」


 と、俺はヴィオラの頭にポンと手を置く。

 彼女はまだ納得しきれていないようだが、足手纏いになると判断したのだろうか、渋い顔をして後退した。


「よーし! 『不滅の翼』、ミッションスタートだよ!」

「おう!」「ああ!」「はい!」


 イヴの号令に俺たちは頷き、お互い散り散りになって持ち場につく。


 ヘレナはタンカーとしての役割を。

 エミリアは治癒魔法でサポートを。

 そして、イヴは剣と魔法で男たちの攻撃を防ぎながら、俺が動き回る時間を稼いでくれた。

 俺は彼女たちに感謝しつつ、一人──また一人に《鍛冶ハンマー》を当てて、装備を解除していく。


 そしてあっという間に、残り一人になる。


「こいつは……また会ったな」


 ギャレスだ。

 イヴと街中に出かけた際、俺たちに突っかかってきた男。

 そういや、Bランク冒険者と言っていたな。

 こいつも調査隊に選ばれたメンバーの一人というわけなのだろう。


「……俺にこいつを救う義理はないが、お生憎様、困っている人を見過ごせない性分でね。お前もまとめて、呪いから解放してやるよ!」


《鍛冶ハンマー》を振り下ろす。

 ギャレスの脳天に《鍛冶ハンマー》が打ちつけられ、体中から光が放たれたかと思うと、彼が身につけていた呪いの武具が地面に置かれていた。



「「「やったー!」」」



 イヴとヘレナ、エミリアが声を揃える。

 正気を失い、あれほど俺たちに殺意を向けていた男どもは全員地面に倒れている。

 呪いの武具を身につけていた反動で、気を失っているだけだ。直に目が覚めるだろう。


「ふう……よかった」


 俺は彼らを眺めて、そう一息吐く。


「やっぱり、さすがのロイクでも今回は肝を冷やしたんだ」

「いや……装備の下にちゃんと服を着ていて、よかったと思ってな。男の下着姿なんて見たくなかったから、本当に安心した。下着姿のままで鎧を着ていた痴女が王都にはいたから、どうしても想像してしまって……」

「だから痴女ないってば!」


 戦いを見守っていたヴィオラがすかさずツッコミを入れるが、その顔は笑っていた。


「なんだか緊張感のない終わり方だな」

「ですが、ロイクさんらしいです」


 ヘレナとエミリアも、少し離れたところで優しげな笑みを浮かべている。


「あとはこいつらを、どうするかだが──」

「うっ……ここは……」


 考えていると、気を失っていた男の一人がゆっくりと上半身を起こした。


 ギャレスだ。


「つくづくお前とは縁があるみたいだな」

「お、お前は……! あの時、街中で出会ったヤツ!? どうしてここに?」

「そのことは誰かに説明してもらうとして……お前、今まで自分がなにをしていたのか覚えていないのか?」

「はあ?」


 ギャレスが首を傾げる。

 この様子だとやはり、呪いの武具を着ている間の記憶はないらしい。


 俺は先ほどまでギャレスたちの身に起こっていた出来事を、簡潔に説明した。


「そ、そんなことが……」


 わなわなと震えるギャレス。


「信じられないか?」

「正直なところ、そうだが……ダンジョン内で不用意に宝に手をつけ、そこから目の前が真っ暗になったことは覚えている。状況から考えるに、お前の言う通りなんだろう。迷惑をかけたな」


 ギャレスは頭を下げる。


 おや?

 頭ごなしに否定されると思ったが、意外な反応である。

 普段は女癖が悪いが、冒険者としてなにが正しいかなにが悪いのか判断がつく男かもしれないな。

 まあ、そうじゃないとBランク冒険者になれないといったところか。


「ヴィオラ、一つ頼んでもいいか?」

「なにかしら?」

「他の男たちが目を覚ましたら、隠しダンジョンの外まで連れていってほしい。こんなことがあって、隠しダンジョンの調査を続けるほど無謀じゃないだろう?」

「……そうね。悔しいけど、私たちの力足らずだわ。ギャレス……だったわね。あんたもそれでいいわよね?」

「ああ」

「助かる」

「だけど、あんたはどうするつもりなの?」


 ヴィオラが問いかけてくる。


 それに対して、俺はダンジョンの奥を見ながら。


「俺はこの先に進む」


 先ほどから、奥で反応を感じる。

 胸騒ぎがするというか。

 こんな状況は今まで、数えるくらいにしか感じたことがない。


 そして、その正体は今まで必ず──師匠たちにしか手に負えないことだった。

 俺が行ってもどうにかなるとは思えないが……せめて、この妙な気配の正体だけだけでも判明させなければ。


「もちろん、これは俺のワガママ。本来なら一度、退避するのが正しいと思う。だからイヴたちを付き合わせるわけにはいかないが……どうする?」

「分かりきっていることを聞くんだね」


 三人を眺めると、イヴたちは一様に決意に満ちた瞳の色をして、


「ロイクはわたしたちの仲間だよ? 仲間を見捨てて、わたしたちだけが帰るなんて有り得ないよ」

「私も同じだ。ロイクは『不滅の翼』の大切な仲間だ」

「ロイクさんも水臭いことを言いますね。そんなことを言って、私たちが帰るとでも言うと思いましたか?」


 と言ってくれた。


「助かる」


 まだ『不滅の翼』に入って日が浅い俺を、イヴたちはこんなにも受け入れてくれている。

 そのことにじーんと胸のところが熱くなり、涙が零れてしまいそうになった。


「よし、行くか。次の目標は『隠しダンジョンの最奥を目指せ』だ」


 リーダーのイヴの代わりにそう宣言し、俺は前に足を踏み出した。

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