第24話 隠しダンジョン(sideヴィオラ)

 ロイクたちが隠しダンジョンに向かっている頃。


「みんな! 正気に戻ってよ! こんなところで争っている場合じゃないわ!」


 ヴィオラは剣を振るい、敵と戦っていた。


「コロ……ス……」


 敵はうわ言のように「コロス」と呟きながら、ヴィオラに刃を向ける。

 彼女もすぐに対処するが、また別の敵が死角から現れる。先ほどから防戦一方で、活路を見出せそうにない。


(なんでこんなことに……みんな、どうしちゃったの?)


 ヴィオラは内心焦る。


 彼女が今、戦っているのは魔物ではない。

 彼女と共に、隠しダンジョンに潜ったBランクとAランクの冒険者たちであった。

 彼らは瞳に生気をなくして、次々とヴィオラに襲いかかってくる。

 ヴィオラはそんな彼らに語りかけるが、その言葉は届いていないようだった。




 ──王都の近くで突如発見された地下迷宮。




 隠しダンジョンだ。


 新しいダンジョンが見つかったことにより、ギルドは俄かに活気づき、すぐに調査隊が組まれることになった。

 ヴィオラはそんな調査隊の一人であった。


 隠しダンジョンに潜って、最初の方はよかった。

 魔物はいたが、他のダンジョンと比べて比較的少ない。さらに種類もD級やC級の魔物が多く、ヴィオラたちの敵ではなかった。


 彼女たちは調子に乗って、隠しダンジョンの奥へ奥へ進んでいく。


(今思えば……と弱い魔物しかいなかったかもしれないわね。ダンジョンがわたしたちを、奥へ奥へと誘うように)


 そして、その時は唐突に訪れた。


 隠しダンジョンの一室。

 宝箱が置かれていた。

 調査の過程によって得られた宝や素材は、全て自分たちのものにしていい決まりだった。

 当然、皆は目の色を変えて、宝箱に飛びつく。


『おいおい! 武具が入ってるぜ? しかもこれ、レア度6や7がくだらねえ。山分けすればオレたち、大金持ちだ!』


 調査隊の一員がそう声を上げたのを、ヴィオラは今でも耳にこびりついている。


 明るい表情の皆と違って、ヴィオラは嫌な予感を抱いた。


 こんなにレアな宝が唐突に現れた? 普通、宝のレア度はダンジョンの難易度に比例する。ここまですんなりと来ることが出来たのに、レア度6や7の宝が置かれていることは違和感だった。


『ねえ、もっと慎重になりましょうよ。それ、怪しいわ』

『はあ? てめえはなにを言ってやがる。Aランク冒険者だからって調子に乗ってんのか?』

『そうじゃないわよ。ここまでやけに簡単に来られたじゃない? ダンジョンの罠かもしれないって言ってるのよ』

『はっ! オレたちが強かったからに決まっているだろうが! ダンジョンに意思があるとするならば、オレたちの強さを読み違えただけだろう』


 ヴィオラは必死に説得をするが、調査隊の皆は聞く耳を持たない。


 やがて、先走った冒険者の一人が宝に触れる。それを皮切りに次から次へと宝に群がっていった。


 だが、変化はすぐに訪れた。


『うわっ! なんだこの闇は?』

『やべえ。すぐに手を離して……』


 手遅れだった。

 彼らが闇に触れてから時間差で、闇が現れる。闇は彼らにまとわりつき、侵食していった。

 なにがなんだか分からず混乱していると、闇が散開する。

 その次の瞬間には、彼らは宝である装備品を身につけていた。

 奇怪な光景である。


『ちょ、ちょっと、みんな、いつの間に装備したの? やっぱり、おかしい──』


 そこでヴィオラの言葉が途切れる。

 宝の装備品を身につけた冒険者が、突如ヴィオラに牙をむいたのだ。宝の剣を振るい、彼女に攻撃を仕掛けてくる。

 訳も分からず、ヴィオラは応戦する。


 しかし、彼女に襲いかかる冒険者は一人ではなかった。

 宝の装備品を身につけた者ども全員が──正気を失い、ヴィオラに襲いかかってくる。

 これでは手が足りない。

 ヴィオラはひとまず逃走を図り、なんとかここまで凌げていたが……とうとう追い詰められてしまったというわけだ。


(宝の装備品が呪われていた? 装備者の正気を失わせるような類の呪いがね。あの装備品を外すことが出来れば、みんなを元に戻すことが出来るかもしれないけど……そんな隙はない)


 肩で息をしているヴィオラに対して、正気を失っている彼らの動きは変わらない。

 呪われたことによって、疲労を感じなくなっているのだろう。ただ操り人形のように動いている。


「コロ……ス……!」

「きゃっ!」


 カンッ!

 冒険者が一閃した剣が、ヴィオラの剣に直撃する。

 その勢いに負け、ヴィオラは剣を手放してしまった。剣はヴィオラを嘲笑うかのように、コロコロと地面を転がっていく。


「ああ……」


 ヴィオラは声を漏らす。

 冒険者の男はジリジリと距離を詰めてくる。赤く光った瞳が彼女を真っ直ぐ捉えていた。


(こいつ……Bランク冒険者のギャレスだわ。素行が悪いことで有名な男だけど……まさか、こいつにやられるなんてね)


 まるで獲物を追い詰める獣のように、冒険者の男──ギャレスは迫ってくる。

 ヴィオラは一瞬、地面に転がった剣に目をやる。しかしここから剣を拾い上げて、攻撃態勢を取ることは無理そうだ。

 仮に出来たとして、この窮地をどうやって脱出しろと言うのだろうか。


(あの剣……気に入ってたんだけどな。私の体に合った剣だった。これもに従って、自分に合う武器を厳選したんだっけ)


 何故だか、冒険者ギルドで見たちょっと気の抜けていて、それでいて意思がこもった目の色をしたの顔が思い浮かんだ。


 とうとう壁に突き当たり、後退する道もなくなった。


「た、た、た……」


 ヴィオラは目を瞑り、こう叫ぶ。


「助けて──」


 それが誰にも届かない叫びであることを分かっておきながら──






「任せろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る