第23話 鍛冶師は緊急クエストを受ける

 聖剣を作ったりジジさんの病魔を癒したり──最近は冒険者らしい活動が出来ていなかった。

 しかしようやく、やりたいことも片付き、久しぶりに『不滅の翼』のみんなで依頼を受けようという話になった。

 準備も整い、あとは冒険者ギルドに向かうだけなのだが……。



『貴様らばっか、ずるい』



 魔妖精であるケットシー──ケルが突如、そんなことを言い出した。


「ずるいとは?」

『貴様らはいつも面白そうなことばかりをしておるのに、我はいつも留守番じゃ! ケットシーである我がだぞ!? これを、ずるいと言わずしてなんと言う! 我も連れていけ!』


 地団駄を踏むケル。


「また困ったことを言い出したな……」


 最初こそゴーレムを操って俺たちを襲ったケルではあるが、今ではただの猫と化している。

 隷属の首輪のおかげだな。

 なにか企んでいる様子もないし、今日はこいつ一人で留守番をしてもらうつもりだったが……。


「ケル、私たちは遊びにいくのではない。冒険者としての活動をしにいくのだ。魔物と戦うこともあるだろう。ケルを連れていってもいいが、必ずしも守れるとは限らないぞ?」

『我はケットシーであるぞ!? 自分の身くらい自分で守れる──と言いたいところだが、ヘレナの言うことにも一理ある』


 ケルはニヤリと笑う。


『そこで……我はようやく、自分の魂を操作する術を身につけた。とくと見るがいい!』


 ボンッ!


 そんな音がしたと同時に白い煙が立った。

 ……かと思うと、目の前にはふよふよと漂うヒトダマが出現していた。


「もしかして、ケルちゃん?」


 イヴが真っ先に、その正体に気が付く。



『そうじゃ。この姿であれば、魔物にも気付かれぬじゃろう。仮に気付かれたとしても、逃げることが出来る。どうじゃ。これでも我は留守番か?』

「変なことばっか、覚えるんだな……」


 とはいえ、ケルがこの姿を維持出来るなら、こいつを守るのに神経を割かなくても大丈夫だろう。

 ケルに留守を任せることに、全く不安を抱かないわけでもないからな。

 ここはヤツの口車に乗ってやろう。


「分かった。だが、基本的には黙っておけよ? 勝手に喋って、他の人に驚かれたら面倒だ」

『無論じゃ。どちらにせよ、この姿のまま言葉を話すのには魔力が必要となる。不必要なことは喋らんよ』


 そう言って、ケル──のヒトダマはふよふよと動き、俺の胸ポケットにおさまった。

 喋りすらしないものの、確かに胸ポケットからケルの気配は感じる。


「ワガママな魔妖精だ」

「きっと、寂しかったんですよ。ケルちゃんは寂しがり屋ですから」


 楽しそうに笑うエミリア。

 なんにせよ、これでようやく冒険者ギルドに向かうことが出来るな。



 俺たちは『不滅の翼』の本拠地を出て、冒険者ギルドに移動する。



「ん……なんか、いつもと様子が違うな」


 到着した瞬間、それは分かった。

 ギルドがいつもより騒がしい気がするのだ。

 受付テーブルの向こうにいる職員たちも、慌ただしく走り回っていた。


「なにかあったのかな?」

「緊急事態かもしれない。リリさんに話を聞きに──」


 イヴにそう答え、俺は受付のリリさんを探そうとすると、


「ロイクさん!」


 それより早く、リリさんが俺たちの姿を見つけて、そう名前を呼んだ。


「リリさん、なにかあったんですか?」


 受付の前まで移動し、リリさんに質問する。


「はい……」


 表情を暗くするリリさん。

 ……やはりこれは、ただならぬ事態のようだぞ。


「実は……王都の近くで、隠しダンジョンが見つかったんです」

「隠しダンジョン?」

「人の目から避けるようにして存在するダンジョンだ。隠しダンジョンの多くは、地下にあったり、入るためにはパズルや暗号を解く必要がある」


 俺が首を傾げると、ヘレナがリリさんの代わりに説明してくれた。


「ヘレナさんの言う通りです」


 リリさんは俺たちを真っ直ぐ見つめて、さらに続ける。


「隠しダンジョンは地下。入るための暗号も解きました。なので……BランクからAランクの冒険者数人で、隠しダンジョンの調査に向かったんです」

「ダンジョンは、素材や宝が多く存在しているからな。ダンジョンから魔物が出てきて、人を襲ってもダメだろう。だからすぐに調査に向かうのは納得出来るが……その結果は?」

「──まだ誰一人、戻ってきていないんです」


 なんだと?


「連絡用の魔導具も持たせていましたが、全て繋がりません。だから隠しダンジョンでなにかあったのではと思い……朝から、冒険者ギルドはその話で持ちきりですよ」

「嫌な予感がするね……救助には向かわないのかな?」

「BランクとAランク冒険者複数人でも、帰ってこられないんですよ!? それ以下の冒険者にはお願い出来ません。数少ないSランクは王都におらず、すぐに戻ってこられません。今現在、Aランク以上のパーティーは『不滅の翼』のみです」

「なるほど。その救助を俺たちにお願いしたいっていうわけか」


 先んじて言うと、リリさんは深く頷いた。


「はい。もちろん緊急クエストになりますので、仮に失敗したとしても報酬をお渡しします。どうか、隠しダンジョンに潜った冒険者たちを助けにいってくれませんか?」


 緊急クエスト──イヴから説明されたことがある。


 その名の通り、緊急性が高い依頼クエストで、受注する冒険者も指名されることが多い。

 今日は気分が乗らないので、また明日──というのも、緊急クエストに限ってはそうはいかない。

 ギルドの都合で発せられる依頼なので、その分報酬も多くなる傾向があるということだった。


「イヴ、ヘレナ、エミリア」


 俺はイヴたちの顔を見る。


「もちろん! 助けにいくよ!」

「遭難者を見捨てるわけにはいかないな」

「すぐに行きましょう。こうしている間にも、隠しダンジョンでなにが起こっているか分かりませんので」


 すると三人はすぐに頷いてくれた。


 ──困っている人を助けること。


 師匠たちの教えでもあったし、俺が冒険者になった理由の一つでもある。


 BランクとAランクの冒険者が帰ってこないということは、危険な依頼であることには間違いないのだろう。

 だが、だからといって、それで困っている人を見捨てていい理由にはならないのだ。


「助かります。本当にありがとうございます!」


 リリさんが頭を下げる。


「あらためて言います。緊急クエスト084。依頼達成条件は、隠しダンジョンから帰ってこない冒険者たちの救助です。とはいえ、危険度の高い依頼です。無理だと思えば、すぐにでも引き返してください」

「BランクとAランク……も、もしかして、ヴィオラちゃんもその中に膨れまれるの!?」


 リリさんが説明をしている間、イヴはハッと気付いて、受付テーブルに身を乗り出して問う。


「はい。ヴィオラさんもいます。ヴィオラさんはおっちょこちょいなところはあるものの、その実力は確かです。だからこそ、彼女が帰ってこないというのがこの依頼の難しさを物語っているんですよ」

「そんな……」


 イヴが絶句している。


 ヴィオラは俺の冒険者登録の際にも、実技試験の相手になってもらった。そこで彼女の人となりや実力も分かっている。


「ますます、助けなくっちゃいけないな」

「うん……! そうだね」


 力強く頷くイヴ。


「よーし、すぐに行こう! ヴィオラちゃんたちを、わたしたちで救い出すんだ! 『不滅の翼』一世一代の大仕事だよ!」

「「「おー!」」」


 リーダーのイヴの言葉に、俺とヘレナ、エミリアの三人は拳を突き上げて応えた。

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