第22話 元SSSランクパーティーは不安視する(sideカサンドラ)
カサンドラはヴァイン武具屋を去った後、森の中で待機していた人間と合流する。
「気は済んだかしら?」
「少しは……な。だが、ヤツをいくら痛めつけても、事が解決するわけではない。これはロイクがクビにされるまで、放置していたあたしへの贖罪だ」
と、カサンドラは彼女に答える。
彼女の名はアデリナ。
元SSSランク冒険者パーティー『空白の伝説』で、治癒士をやっていた少女だ。
清楚な佇まいで、慈母に満ちた表情を常にしているが、彼女もSSSランク冒険者の一人。その力は計り知れない。
戦場を駆け回り、
そして、ロイクを成人になるまで育てた親代わりの一人でもあった。
「ロイクは優しい子だった」
ロイクの笑顔を思い出しながら、カサンドラは彼を追想する。
最初は気まぐれだった。
『空白の伝説』の到着が遅れ、魔族の手によって壊滅させられてしまった村。
ロイクはその村の、ただ一人の生き残りだった。
その頃のカサンドラたちは、SSSランク冒険者として駆け回っていた。
当然ロイクのことを親代わりとして育てることも出来ず、孤児院に預けようとした。
だが、彼はカサンドラの服の裾を掴んで、
『お姉ちゃん、どっかに行っちゃうの? ボクも連れていってよ』
と言った。
あの時のことを、カサンドラは昔のことのように思い出せる。
(だから『空白の伝説』は……後進に立場を譲って、冒険者を引退することを決めた。これも、ロイクを育てるためだ)
とはいえ、『空白の伝説』にやることは多い。すぐに一線から退くことが出来ず、何年かは活動し続けていた。
そんな自分たちの姿を見て、ロイクは『師匠たちの力になりたい!』と考えたらしい。
だが、彼を戦いの場に連れて行くわけにはいかなかった。
そこで、
(最初はそこそこの鍛冶師になってくれれば、十分だと思っていた。そうすれば、ロイク一人でも手に職を付けることが出来るから……だが、ヤツは違った)
カサンドラたちの教えを、ロイクはスポンジのように吸収していった。
鍛錬が始まって一ヶ月で、Aランクの魔物であるデスベアを倒し。
一年経てば、下級魔族くらいなら苦戦しなくなった。
さらに鍛冶師としての腕も一流である。
ロイクの作り出す武具は全て独創的で、そしてなにより性能がよかった。
【創造神】と呼ばれたカサンドラを越すくらいに──だ。
彼の成長速度に、『空白の伝説』のみんなは度肝を抜かれたものだ。
しかし。
(ヤツのすごかったところは、才能だけではない。誰よりも努力し、誰よりも優しかったことだ)
カサンドラたちの教えもあったと思うが、彼は困っている人を決して見過ごさなかった。
規格外の力がありながらも、自分は裏方でいい。目立たなくても、戦いのサポートが出来ればいいと本気で考えていた。
その心の持ちようは、『空白の伝説』のメンバーですら、なかなか体得出来なかったことだ。
「私たちでロイクを連れ戻す? 私たちのところにいれば、少なくともロイクが生活に困ることはないわ」
思い出に耽っていると、アデリナがそう問いかけてきた。
「いや……ヤツは新しい道を選んだ。ヤツなりの考えがあるんだろう。今あたしたちが出来ることは、ロイクの意思を尊重することだ」
元──とはいえ、『空白の伝説』はSSSランク冒険者パーティーだ。
当然、ロイクの行く末を調べることは簡単に出来る。
その調査によれば、どうやらロイクは王都で冒険者を始めたたらしい。
戦いの才能がないと、あれだけ言いつけていたのに?
考えが変わったのだろうか?
ロイクのことが心配になったが、ここで自分たちが口を挟むのはお門違い──とカサンドラたちは判断した。
「それに……ロイクのことなら心配はいらない。ヤツはSSSランク冒険者を凌ぐほどの鍛冶師だぞ? その力を振るえば、生活に困ることはないさ」
「その通りね」
アデリナも頬を緩める。
ロイクのやりたいことを邪魔しない。
彼から協力を求めてきたら応えるのもやぶさかではないが、それまでは遠くから見守る。
それが『空白の伝説』として出した結論。
だが、そうも言っていられない事態が起こり始めていた。
「ん……」
真っ先にカサンドラが気付く。
なにもない空間が突如、歪む。
そして内側から強引に紙を破るように、そいつが現れた。
『……空白の伝説だな? 【創造神】と【大賢者】、貴様らには恨みがある。悪いが、ここで死んでもらう』
「ちっ……
舌打ちするカサンドラ。
ロイクがヴァイン武具屋を出て、この森で魔族と遭遇したことは知っているが……こいつは、その時の魔族よりも数段上。
上級魔族一体で、国が滅んだという例もある。
まさに生きる災厄。
しかし上級魔族を前にしても、カサンドラとアデリナの表情は弛緩しきったものだった。
「……おい、お前がやれよ」
「嫌よ。上級魔族に触れたら、手が汚れるじゃない。カサンドラがこいつの相手をしなさい」
お互いになすりつけ合う。
その様子を見て、上級魔族は顔を怒りで染める。
『……っ! 我をコケにしおって。全盛期ならともかく、今の貴様らは老いぼれ同然だ。我でも勝てる。死ぬがいいっっっ!』
上級魔族が手をかざし、魔法を発動しようとする。
だが、カサンドラとアデリナの反応は早かった。
「聖剣一刀」
「ホーリージャッジメント」
ほぼ同時に、上級魔族に対して攻撃を放つ。
とはいえ、上級魔族も黙ってやられない。すぐに魔法で障壁を張り、二人の攻撃を防ごうとした。
だが。
『な、なんだ、この力はっ! 空白の伝説は弱体化したのではなかったのか! ドラゴンの一撃すら容易く防ぐ我の障壁が……破れるっ!? 貴様ら、弱体化というのは誤情報だったのか!』
「なんか勘違いしているかもしれないが……」
カサンドラは障壁を破り、再び剣を大上段に構える。
「全盛期の頃に比べて、腕が鈍っているというのは本当だ。こんなのせいぜい、全盛期の三十%くらいの力なんだからな」
ズシャアアアアンンッッッッ!
上級魔族を一閃する。
並大抵の攻撃ならすぐに再生を始める魔族の体も、アデリナの魔法によって本来の力を出せない。
あっという間に上級魔族は消滅し、無へと
「くそが……っ。明日は筋肉痛、確定だな。余裕ぶってはみたが、今のあたしじゃ全盛期の三十%
「私も同じだわ」
アデリナが溜め息を吐く。
上級魔族を一撃で葬った、二人の力。
それでいて二人はこの結果に満足しておらず、自らの非力さを嘆いた。
「……やっぱ最近、魔族の動きが活発化してやがるな」
気付いていたことだ。
下級、上級関わりなく、魔族の目撃情報が多発している。そのせいで、引退したカサンドラたちも魔族退治に駆り出されるほどだ。
「なにかを企んでいるわね」
アデリナが呟く。
しかし彼女たちは既に、魔族たちのよからぬ動きの発源地すら突き止めていた。
それは──。
「王都だな」
カサンドラは結論を口にする。
「王都には、ロイクがいるから大丈夫だと思うが……万が一がある。しばらく見守ると決めていたが、上級魔族が複数出てきたら、さすがのあいつとて苦戦する」
「ロイクのところに行く……のね」
「ああ。なにせ可愛い息子だ。やっぱ、見守るっていうおとなしい真似はあたしには出来ないみたいだ」
そう言って、カサンドラはアデリナを真っ直ぐ見つめる。
「お前は隣国に呼ばれているんだったな?」
「ええ。隣国でも魔族が暴れているそうよ。王都で起こっていることとは別に……ね。私も久しぶりにロイクに会いたいけど、そっちはあなたに任せるわ」
「おう」
短いやり取りが終わったのち、カサンドラは王都に向かって駆け出す。
魔族の不穏な動き。
無論、カサンドラの取り越し苦労の可能性もあるが……嫌な予感は日を増すごとに大きくなっていくばかりだ。
王都で楽しくやっているはずの息子の姿を思い浮かべながら、カサンドラはこう呟く。
「ロイク……」
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