第21話 元SSSランクパーティーの逆鱗に触れる(sideボンクナー)
ボンクナーは窮地に立たされていた。
「どうして、こうなった……」
今日も客数は『ゼロ』。
雇っていたバイトの店員も、いつの間にか来なくなった。
彼に残されているのは、ゴールド商会から仕入れた大量の在庫。
このために多額の財産を投げ打った。それもすぐに回収出来るからだと思っていたからだ。
しかし客が来ないのでは宝の持ち腐れである。
最近では毎日、閑古鳥が鳴いている。
どうして、こうなったのか──ボンクナーには分からなかった。
「まさか、本当にロイクの作る武具がよかったのか……? いや、あいつはただの鍛冶師だぞ。そんなこと、有り得るはずがない!」
ここにきてボンクナーはまだ、ロイクの力を認めていなかった。
──カラン、カラン。
「客だ……!」
実に一週間ぶりの来客である。
ボンクナーはすぐに立ち上がり、控え室から出る。
店内には女の客が一人だけいた。
「いらっしゃいませ〜。ゆっくりご覧になってくださいね〜。いい武具が揃っていますから〜」
手をニギニギしながら、来店した客に近寄っていくボンクナー。
(オーナーである僕が、こんな奴隷みたいなことをするのは屈辱だ。しかし背に腹は代えてられないし……)
内心思いながら、女の姿を観察する。
美しい女であった。
燃えるような赤髪が特徴的で、思わず目を奪われてしまう。顔立ちは芸術品のように整っており、さぞ高貴な方なんじゃないかとボンクナーは期待した。
女はボンクナーに気付き、微笑みを浮かべる。
「あたしは冒険者なんだ。久しぶりに剣を振るう用事があったから、来たのだが……田舎の一武具屋にしては、高級な武具が揃っているな」
冒険者──それを聞き、ボンクナーは一瞬顔を歪める。
(なんだ……冒険者か。僕の嫌いな人種だ。冒険者ごときでは、これらの武具の素晴らしさが分からないに違いない)
女はボンクナーの表情に気付いたのか、瞳に好奇を宿す。
「ほお? 貴様は冒険者が嫌いか? 薄汚く、臭い冒険者のことを蔑んでいるような目をしている。そんな冒険者では、ここの武具の素晴らしさが分からない……とでも?」
「……! いえいえ、そんなことは……」
口には出さなかったはずだが、女はボンクナーの思っていることを言い当ててみせた。
ギクッとしながらも、ボンクナーは表面上笑顔を取り繕う。
「名乗るのが遅れたな。あたしはこういう者だ」
大して気にしていなかたのか。
女はさっと胸元から一枚の紙を取り出し、ボンクナーに見せる。
ボンクナーが紙だと思っていたものはよく見ると、それは冒険者ライセンスだった。
(わざわざライセンスを提示する? こいつはなにを考えているんだ。そもそも、何者──っ)
怪しむボンクナーではあるが、そのライセンスに書かれていた冒険者ランクを見て、度肝を抜かれる。
「え、SSSランク!?」
ボンクナーだって、冒険者ランクの仕組みくらいは知っている。
SSSランクは冒険者としての最高峰。
国内でSSSランクに認定されている冒険者は、SSSランクパーティーの『空白の伝説』のメンバーだけだと聞く。
真っ先にボンクナーはライセンスの偽造を疑ったが、それは重罪だったはずである。
精巧な造りをしているし、偽物には見えない。だとしても、ここで偽物をボンクナーに見せる意味もない。
(名前は──)
「顔色が変わったな」
愉快そうに女が口にする。
「あたしはカサンドラ。『空白の伝説』で【創造神】……いや、鍛冶師をしていた女だよ」
「鍛冶師?」
「おやおや。たかが鍛冶師がSSSランクだなんてと思っている顔だな? まあよく驚かれるし、それはいい。その上でこの店の武具だが……」
そう言いながら、彼女──カサンドラは店内にあった一本の剣を手に取る。
「素晴らしい逸品だ。丁寧に作られており、剣に散りばめられている宝石も本物。さぞ、鍛冶師の腕がよかったのだろう」
「ええ、そうでしょう。だから──」
「だが、本当にこんなものが冒険者に必要だと思っているのか? 冒険者にとって武具とは、自らの分身。こんな装飾品がたくさん付けられている武器では、怖くて魔物と立ち向かえないよ。
素晴らしい武器であることには間違いない。しかしそれは観賞用として……だ。冒険者に必要な武器は、これではない」
カサンドラはすらすらと高弁を垂れる。
(こいつはなんのつもりだ? いきなり僕に説教をかましやがって……しかも的外れだ。SSSランクのくせに、そんなことも分からないのか?)
ボンクナーが疑問に感じていると、次にカサンドラは彼を射抜くように見つめる。
「この武具屋は、元々こうじゃなかった。見た目は地味かもしれないが……冒険者が求められている武具を提供していた。これも鍛冶師──ロイクのおかげだな」
「な、なんであなたがロイクの名を知っているんですか? ロイクは一介の鍛冶師で……」
「ロイクはどこだ?」
ここでようやく本題に入ると言わんばかりに。
カサンドラの表情が険しくなる。
正直に伝えてもいいが、ボンクナーの防衛本能がここで嘘を吐くことを選択した。
「ロ、ロイクなら……今は休暇を取らせています。最近は働き詰めだったようなので……。──っ!?」
しかし全てを言い終わらないうちに、ボンクナーはカサンドラに胸ぐらを掴まれ、壁に押し当てられていた。
あまりの衝撃に息が一瞬止まる。
「違うだろう? 貴様はロイクの力を見誤り、ヤツをクビにした。規格外の鍛冶師であるロイクを……な」
「き、規格外? とんでもございません。ヤツはどこにでもいる、普通の鍛冶師ですよ」
「まだそんなことを言っているのか? だったら、どうしてこの武具屋に客が来ない。全て調べ終わっているんだ。つまらない嘘を吐くな」
殺される──とボンクナーは思ってしまった。
それほど、カサンドラから放たれる気迫はすさまじいもので、こうして睨まれているだけでも心臓が縮み上がるかのようだったからだ。
カサンドラは彼の胸ぐらを掴む手を緩め、
「ヤツはな……SSSランク──とはいえ、今は一線から退いているが──冒険者であるあたしの技術を、全て叩き込んだ男だ」
昔を懐かしむような口調で、こう続ける。
「あたしだけではない。他のSSSランク冒険者も、ロイクを寵愛していた。途中で根を上げると思ったが、ヤツはそうではなかった。歯を食いしばり、あたしたちが課した訓練に付いていったよ。そのおかげでロイクは規格外の力を得た」
「あのロイクが……ですか?」
「そうだ。今更、ロイクをこの武具屋に再就職させろとは言わない。ヤツは別の道を選んだ。ここからはロイクの人生だ。あたしたちが口を挟む道理もないし、こんな武具屋はもうどうでもいい」
だが──とカサンドラはさらに続ける。
「それでもあたしがここに来たのは、それでは腹の虫が治らなかったからだ。歯を食いしばれよ。なあに、命までは取らんよ。少し痛い思いをしてもらうだけだ」
「や、やめろ──」
ボンクナーが命の危険を察知して逃げようとするよりも早く、彼の右頬にカサンドラの拳がめり込んできた。
「ぐぼぉっ!」
間抜けな声を上げて、床に叩きつけられるボンクナー。
そんな彼を、カサンドラは冷ややかな目で見下している。
「じゃあな。もう、あたしがここに来ることはないだろう。貴様が考えをあらためない限り、この武具屋は破綻する。もっとも……もう手遅れかもしれないがな」
そう言い残し、カサンドラはその場を後にした。
店内に残されたのはボンクナーのみ。
「ロ、ロイクがSSSランク冒険者に育てられたって……? だったら、ヤツの作る武具は本当に規格外で……僕はわざわざそれを捨ててしまったということなのか?」
ようやく理解が追いついてきた。
いや……本当はもっと早く気付いていたのかもしれない。
そうしなかったのは、それを自覚してしまえば自分の過ちを認めてしまうから。
そしてなにより、それはロイクへの敗北を意味したからだ。
「僕は、僕は……わああああああああ!」
叫ぶ。
しかし今更気付いても、もう遅い。
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