第20話 鍛冶師は呪いを解く
「ロイクさん、今日はご予定がありますか?」
『不滅の翼』の本拠地。
不意に、俺はエミリアに声をかけられた。
「いや、今日は特にない」
「よかった──」
エミリアがパンと手を叩く。
「実は、ロイクさんに付いてきてほしいところがあるんです」
「俺に?」
「はい。ロイクさんにしか解決出来ない問題です。他の二人を巻き込むのは申し訳ないので、出来れば二人きりでお願いしたいんですが……よろしいでしょうか?」
下から覗き込むようにして、お願いしてくるエミリア。
こんな顔をされちゃ、断るわけにもいかない。
「分かった。エミリアには世話になってるしな。どこにでも付き合おう」
「ありがとうございます!」
エミリアはパッと表情を明るくする。
彼女はパーティー内においても、一番自分の意見を言わない女性だ。
そんな彼女が頼み事をしてくる。
しかも二人きりだと……?
若干の期待感を抱きつつ、場所を移動する。
街中を歩き、やがてエミリアが立ち止まった場所は一軒の民家だった。
「この中なんです。行きましょう」
エミリアは躊躇せずに、民家の中にずんずん進んでいく。
寂れた建物だが、彼女は俺をこんなところに連れてきてなにがしたいんだろうか?
疑問がさらに膨らんでいくのを感じながら、彼女の後を追いかけていく。
するとその一室、ベッドで横になっている老人がいた。
「ジジさん、エミリアです。体調はいかがでしょうか?」
「あぁ……」
その老人──どうやら名をジジというらしい──は俺たちに気付き、顔だけをこちらに向ける。
「今日は少しマシな気がするよ。これも、エミリアさんが治癒魔法をかけてくれるおかげだ」
「よかったです」
「エミリアさんには頭が上がらないよ。それで……そっちの男は?」
次に、ジジが俺に視線を移す。
「君は……」
「ロイクだ。エミリアとは冒険者パーティーを組ませてもらっている。鍛冶師から転職して、冒険者になった」
「あぁ……君が
「ちょ、ちょっとジジさん」
ジジの言ったことを、エミリアはすぐに止めにかかる。
しかしジジはどこ吹く風といった感じで、穏やかな顔つきで俺を見ていた。
「エミリア、説明してくれるか? この方は?」
「はい」
エミリアが説明を始める。
「私、元々は教会でシスターをやっていたと説明したことはありましたっけ?」
「いや……エミリアの口から聞くのは初めてだな。他の二人から、なんとなくは聞いていたが」
この世界では、治癒魔法というのは貴重なものである。
それも治癒魔法の技術を持っている教会が、知識を独占しているからと聞いた。
ゆえに現在、治癒魔法の使い手はほとんどが教会出身の者。
エミリアもその内の一人だし、いつも優しい彼女がシスターなのは違和感もない。
「シスターを辞めて冒険者になってからも、定期的に街を巡回して、苦しんでいる人がいないか確認していたんです。世の中にはお金もなく、教会に治癒を頼めない人も大勢いらっしゃいますからね」
「なるほどな。差し詰め、そんな人たちをエミリアが教会の連中とは別に、治してきたということか?」
「さすが、ロイクさん。話が早いですね。あっ、このことは教会の人たちに内緒ですよ? あまりいい顔はされませんので」
とエミリアは人差し指を口元につける。
「ジジさんもそんな中の一人だったんです。ですが、治癒魔法をかけても病状が一向に回復せずに、困り果てていました。だから……ロイクさんなら、なんとかしてくれると思って」
「確かに、ジジさんの顔色も悪いな」
それに先ほどから、声もかすれている。
無理して喋っているような感じだ。
俺は専門家ではないが、この様子を見るだけで長い期間、苦しんでいるのが分かった。
「エミリアが俺を頼ってくれたのは嬉しい。なんとかして、君の力になりたいと思う。だが、治癒はな……」
繰り返すが、俺はただの鍛冶師である。
武具を作る技術は
俺がジジの病気を治せるとも思えない。
「ん……?」
しかしそこで気が付く。
ジジの首元にネックレスがかけられていたことを。
「ジジさん、そのネックレスはなんですか?」
「これは亡き妻が残してくれたネックレスなんだ。私にとっては形見でね。どれだけお金に困っても、売ろうとすら考えなかった」
そう言って、ジジはネックレスに手を触れる。
その時のジジの瞳は穏やかなもので、これだけでもそのネックレスがとても大切なものであることが伝わった。
「ロイクさん、なにか気になることでも?」
「ああ──」
俺は少し躊躇しつつ、こう口を動かす。
「そのネックレス、呪われていますね。おそらく、ジジさんの体調が悪いのも、それが原因だ」
「「え?」」
エミリアとジジが共に声を漏らす。
ネックレスというのは武具──アクセサリーの一つだ。
病魔や怪我は専門外だが、武具のことなら分かる。
ジジが身につけているネックレスから、強い呪いが発せられている。
その呪いは今もジジの体を蝕んでいた。
「そのネックレスを今すぐ手放せば、ジジさんの体調も快方に向かっていくだろう。ただ外すだけでは、もう手遅れだ。この家の外……しかるべきところで処理すべきだと思う」
「そんな……だったら、このネックレスは……」
「ああ。そうした場合は、もう戻ってこないと思う」
俺が告げると、ジジは沈痛そうな面持ちになった。
もっと早くに処置していれば、別の結果になっていたかもしれない。
だが、今までそのネックレスに呪いがこめられていることを誰も看破出来なかったのだろう。
今では呪いも強くなり、完全に壊さなければ解除出来ない。
「ロイクさん、どうにか出来ないでしょうか? ジジさんの大切なネックレスなんです。もう戻ってこないなんて……悲しいですよ」
すがるような目をしてエミリアが問いかけてくる。
俺は彼女の頭をポンポンと軽く叩く。
「話は最後まで聞け。しかるべきところで処理するのが、一番だとは思う。しかし
「だったら──」
「ジジさん、少しそのネックレスを借りてもいいですか?」
ジジさんは震える手でネックレスを外し、俺に手渡してくる。俺は《鍛冶ハンマー》を錬成し、ネックレスを改造した。
カンカンカンッ。
やがて──。
「出来た。これで完全に呪いは払われた」
そう告げる。
あれほど禍々しい呪いを放っていたネックレスは、今では清らかなものに生まれ変わっている。
しかも見た目は全く変わらず。
「返しますよ」
ジジさんは俺から受け取ったネックレスを大事そうに握り、瞳から涙を零した。
「よかった……これはあいつが残してくれた大切なものだったんだ……だが、本当にこれで大丈夫なのかい?」
「ええ。心配ながら、もう一度そのネックレスをかけてください」
俺がそう促すと、ジジさんは再びネックレスを首にかけた。
その瞬間だった。
「な、なんとっ!」
目がしゃきーんと見開き、ジジの顔色も見る見るうちによくなっていく。
「こんな爽快な気分は久しぶりだ! そうだな……三十年前に若返ったかのよう! これが呪いが払われた効果なのか!」
そのままジジは立ち上がり、その場で何回かスクワットをし始めた。
「ロ、ロイクさん!? 呪いがなくなっただけにしては、ジジさんが元気になりすぎな気がするんですが?」
「ん……呪いを払うだけでは不十分だと思ったからな。ちょっとしたサービスで、【呪い完全除去】【気力回復】の効果を付与させてもらっただけだ」
「サービスが過剰すぎます!?」
エミリアからツッコミが入る。
しかし彼女は一つ深呼吸をしてから、俺に笑顔を向けた。
「ありがとうございます、ロイクさん! やっぱり、ロイクさんを頼ってよかったです!」
と俺の両手を包み込むように握る。
ち、近いっ!
どぎまぎしてしまったが、それをおくびにも出すわけにもいかず、気まずくなって彼女から視線を外した。
「ですが……どうしてジジさんの大切なネックレスが、呪われていたのでしょうか?」
一転。
エミリアが真剣な声音で、そう問いかけてくる。
「それについてはなんとも……ジジさんはなにか心当たりがないんですか?」
「そういえば──」
ジジはこう続ける。
「一度、ネックレスをなくしてしまったことがあったんだ。肌身離さず持っていたのに、どうして……と不思議だったが、ネックレスは一晩明けたらすぐに見つかった。心当たりといったら、それくらいだろう」
「ロイクさん──」
「ああ」
その間に、なにかしらの細工がなされた可能性があるな。
人を幸せにするためのアクセサリーで、そんなことをするなんてと怒りが湧いてくる。
だが、その後にもジジから詳しく話を聞いたが、結局ネックレスが呪われていた可能性については断定出来ないまま。
もやもやした気持ちを抱えながら、俺はエミリアとジジの家を後にした。
「気になりますね。誰が、ジジさんのネックレスに呪いをかけたのでしょうか?」
「まあ証拠がないから、今のところは推測になるけどな」
嫌な予感がする。
とはいえ、今回の事件については解決したのだ。
エミリアはこれからも定期的にジジの体の調子を確かめに行くらしいが、急変する可能性も低いだろう。
彼女の力になれてよかったと、しみじみ感じるのであった。
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