第19話 鍛冶師は聖剣を作る

「ただいま」


 途中チンピラには絡まれこそしたが、無事に『不滅の翼』の本拠地に戻ってこられた。


「おかえり。いい武器は見つかったか?」


 留守番をしてくれていたヘレナが、そう問いかけてくる。


「ああ、おかげさまでな。ヘレナも留守番、ありがとうな」

「目的を果たせたようなら、よかったよ」

「で……ケルはどうだった? おとなしくしていたか?」


 そう言って、視線を下げる。


 椅子に座っているヘレナの太ももには、ケルが気持ちよさそうに寝ていた。

 ケルの背中を優しく撫でるヘレナは、母性に溢れており、女神のようにも見えた。


「最初は文句を言ってたがな。こうして背中を撫でていると、いつの間にか寝息を立てていた」

「可愛い! わたしも撫でる!」


 イヴが目を輝かせて、ケルを撫でる。

 触れられてもケルは目を覚ます気配はない。耳を澄ませると、「ゴロゴロ」と喉を鳴らす音も聞こえた。


 ケルの正体は魔妖精のケットシーのはずではあるが、黙っていればただの猫にしか見えないな。


「まあいっか。じゃあ俺は早速剣作りに入るよ」

「ロイクの愛用の武器かー! どんなのが出来るんだろうね?」

「出来てからのお楽しみだ」


 そう言い残して、俺は集中するために別室に移動し、《鍛冶ハンマー》を握った──。




「完成だ」


 一時間後。

 俺は《鍛冶ハンマー》で作った剣を手に、イヴたちの元へ戻る。


「ロイクにしては、ちょっと長かったね?」

「こだわっていたら、時間がかかってしまったんだ。だが──おかげで満足のいく剣が出来た」


 剣を掲げる。


「見た目は普通の剣だな」


 ヘレナがまじまじと、その剣を見つめる。


「どれどれ……」


 イヴが手をかざし、俺が持つ剣に鑑定魔法を使った。



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『聖剣』レア度:10

神々の加護を宿した伝説の武具。その輝きは闇を祓い、持ち主に無尽の力を与える。

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「わっ、すごっ! 聖剣だよ、それ! しかもレア度10って……!」


 目を丸くするイヴ。


「聖剣!? そのようなもの、伝説の武器じゃなかったのか!? 元となった剣は武具屋に売っている、普通の剣なのだな?」


 ヘレナも驚いている様子である。


「ん……? そんなに驚くことか。聖剣なんて、ちょっといい武器屋だったら売っているだろうに。まあ……街中の武具屋には見当たらなかったが」

「「売ってない!」」


 二人からツッコミが入る。


 聖剣──聖装化しているのはもちろんのこと、神々の加護がこもったとされる武器だ。

 聖『剣』とはいっているが、武器の形は必ずしも剣の形をしているわけではない。

 神の力が込められた武器の総称を、聖剣と言っている。


 師匠たちは聖剣を山ほど持っていたが──っと、ここらへんでストップしておくか。

 あまり語りすぎると、嫌味にも聞こえるだろうからな。


「せっかく、作ったんだ。試し斬りがしてみたいな」

「だったら、冒険者ギルドに行こうよ。リリさんに相談したら、試し斬り用の人形も用意してくれるはずだから」


 おお、そういったことも出来るのか。

 次に魔物と戦う時まで待ってもいいが……なにせ、待望の武器らしい武器なのである。

 気持ちが逸り、今すぐにでも性能を確かめたくなった。


「じゃあ行くか。イヴとヘレナはどうする?」

「今度はわたしがお留守番をするよ」

「いや……イヴが行ってくるといい。どうやらケルは私の膝がお気に入りのようらしいからな。しばらく、この場を動けそうにない」


 そう苦笑するヘレナの太ももには、一時間前と変わらずケルが横になっていた。

 ヘレナにはケルの世話ばかりさせて、申し訳ないな。今度なにかでお返ししよう。


「ヘレナにはすまないが、イヴ──行こうか」

「うん!」




 その後、俺たちはすぐに冒険者ギルドに場所を移した。



「ロイクさんたちは運がいいですね。丁度いい試し斬り用の人形が入荷したんですよ」



 そう説明してくれるリリさんの後を追いかけると、実技試験でヴィオラと戦った修練場に着いた。

 修練場には一見、カカシのようにも見える人形が並んでいる。


「それのことか?」

「はい。金属で出来ています。いくらロイクさんでも、傷一つ付けられないと思いますよ」


 ほお……そんなものがあったのか。

 これなら、聖剣の性能を思う存分試せそうだ。ワクワクする。


「よいしょ……っと」


 イヴさんがいくつかあった試し斬り用の人形の一つを、俺の目の前にセットしてくれる。


「さあ! 思う存分振るってください! 調子に乗って、怪我だけには気をつけてくださいね!」

「じゃあ早速……」


 精神を統一し、俺は人形に向かって軽く聖剣を振るう。




 すると人形が真っ二つに斬れた。




「「ええーーー!?」」



 さらに勢いは留まらず、剣を振った衝撃波で後方になった残りの人形もまとめて真っ二つになった。



「「うげええーーー!?」」


 最終的には修練場の壁に、大きい斬り傷がついたところでようやく衝撃は消えた。


「な、なんかとんでもないことになったんだけど! リリさん、特別な金属ってなんだったの!?」

「タ、タフニウムです! レア度6の防具にもよく使われ、並大抵の攻撃ではビクともしない金属ですよ!? それが軽く振っただけで一つ……しかも残りの人形も全て真っ二つになるなんて……」


 リリさんは唖然としているようだった。


 しかし、タフニウムだと……?


「す、すまない。まさかタフニウムだなんて金属が使われているとは思っていなかったんだ」

「「え?」」

「だってタフニウムっていうなら、あれだろ? 子どもでも簡単に曲げられる金属で……」


 これもカサンドラ師匠の受け売りである。



『ロイク、タフニウムくらいは簡単に真っ二つに出来なければ話にならないぞ。王都ではタフニウムは形状が変化しやすい、使い勝手のいい素材としても使われているのだ』



 ……と。


「そこまで自信があるんだから、もっと固い金属が使われていると思っていたんだ。オリハルコンとか……」

「オリハルコンって、秘境にしか存在していないと言われる幻の金属じゃないですか!? そんな貴重な金属を、試し斬り用の人形に使いませんよ!」


 リリさんが声を荒らげる。


「ほ、本当にすまない。今は手持ちがないが、どれだけかかろうと弁償するから……」

「いえ、ロイクさんは悪くありません。試し斬り用の人形なんて、斬ってなんぼです。そんなことより──すごい武器ですね! ロイクさんの力もあると思いますが、タフニウムの人形なんて早々斬れないですよ!」


 表情が一転。

 リリさんが目をキラキラさせて、俺に顔を近付けてくる。

 整った彼女の顔立ちが目の前にあって、ついどぎまぎしてしまった。


「聖剣って……こんなにすごい威力だったんだ。元々強かったロイクがそれを使ったら、どんな魔物でも楽勝だね! これじゃあ、Sランクになるのも時間の問題じゃないかな?」


 イヴもこの結果に喜んでいる。


 ……まあなんだ。

 過度な期待をかけられるのは苦手だが、満足のいく剣を作ることが出来てよかった。

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