第18話 鍛冶師はナンパ男を追い払う

 溜め息を吐き、俺は後ろを振り返る。


「なんか用か?」


 イヴを守るように前に出ながら、問いかける。


 俺たちに声をかけてきたのは、三人組の男だった。

 ニタニタとして軽薄な笑顔が特徴的で、身につけている装備品からただの一般人というわけでもなさそうだ。


「男に興味はない。さっさと女を置いて、どっかに行きな」

「ギャレス様はBランク冒険者なんだぜ〜。文句を言わない方がいいと思うぞ?」

「そうだ、そうだ」


 どうやら、主犯格っぽい男の名はギャレスというらしい。

 取り巻きの二人の連中は、ギャレスの陰に隠れ、俺に蔑むような視線を向けている。


「冒険者……っていっても、色々といるもんだな。少なくとも、今のお前たちには憧れないよ」


 ついそんな言葉が口から出てしまったが、ギャレスが「あぁん?」と眉間に皺を寄せる。


「おいおい、ずいぶん強気じゃねえか。怪我でもしてえのか?」

「ロイク……」


 ますますイヴの体が縮こまる。

 彼女は俺の服の裾をきゅっと握った。


 ……本気を出したら、こんなゴロツキ連中、イヴでも勝てると思う。

 しかし相手は魔物ではなく、人間だ。

 剣を抜くのはさすがに躊躇われたのか、イヴは反応に困っている。


「こいつらに構ってる暇はないな」


 俺はイヴの手を握る。


「行こう。構うだけ、時間の無駄だ」

「おい、待てよ──」


 その場を立ち去ろうとすると、ギャレスがイヴの手首を掴んでくる。


「離せよ」


 彼女の手を掴んだギャレスの手を、強引に引き剥がす。

 腹が立っていたためか、つい力がこもってしまった。


「いっ……!」


 ギャレスは怒りで顔を染め、俺を睨みつける。


「てめえ……っ、やってくれるじゃねえか。Bランク冒険者のオレと喧嘩でもしてえのか?」

「そもそもお前から仕掛けてきたと思うけどな」


 正直、こいつと会話をしているだけでも頭が痛くなるが、簡単には逃してくれないらしい。


「意外と力が強いようだが……てめえも腕に自信があるのか? もしかして、同業者か?」

「俺は鍛冶師──いや、お前と同じ冒険者だ。もっとも、お前らみたいに腕っぷしを自慢するつもりはないがな」


 答えてやると、ギャレスとその取り巻き連中二人が嘲笑する。


「ははは、お前ら聞いたか? 鍛冶師だってよ。鍛冶師から冒険者に転職したのか?」

「ただの鍛冶師が、ギャレス様に勝てるわけがねえ!」

「今なら土下座くらいで許してやろうかな〜。まあ、土下座してもお前の冴えない顔をボコボコにするけどな!」


 ますます、ギャレスたちを調子づかせる結果となってしまったらしい。

 田舎では、こんなにタチの悪い連中はいなかったからな……なまじ相手が人間のせいで、魔族よりも扱いづらい。

 さてさて、どうしたものか。


「鍛冶師はおとなしく、武器を作っとけばいいんだよ。鍛冶師だったら、武器の一つでもオレのために作ってくれねえか〜?」

「そうか。だったら、お望み通りにしてやるよ」


 俺からそんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、ギャレスが虚をつかれたような表情になる。

 俺は無限収納袋から、街中で購入した剣のうちの一本を取り出す。《鍛冶ハンマー》を発動して、すぐに剣を改造した。


「ほらよ」


 その剣をギャレスに放り投げる。

 彼は戸惑いつつも、反射的にその剣をキャッチした。


「お前がBランクにふさわしい冒険者だったら、この剣も容易に扱えるはずだ。俺で試し斬りしてくれてもいいぞ」

「はっ! 大層な言葉を吐いてくれんじゃねえか。じゃあ、お言葉に甘えて──」


 ギャレスが受け取った剣で、俺を斬りつけようとする。


「危ないっ!」


 これにはイヴも黙っていられなかったのか、すかさず助けに入ろうとする。しかし俺はそんな彼女に目配せをして、制した。

 ギャレスが剣を振り上げるが──。


「あぁ?」


 ここでようやく異変に気付く。


 俺に向けられていた剣先。

 それがクルッと反転して、ギャレスの取り巻き二人に襲いかかったのだ。


「うわっ! なにをするんっすか、ギャレス様!」

「オレたちじゃなくて、やるのはあの鍛冶師ですよ!」

「うっせえ! あいつを攻撃しようと思ったら……てめえらに向いちまって、体の制御が効かない。なんなんだよ、この武器は!」


 ギャレスは焦れば焦るほど、剣をお仲間の二人に向かって振り続ける。


「その剣はな、持ち主の意思に反した行動をするように出来ているんだ」


 たとえば──Aを攻撃しようと思ったら、Bを攻撃してしまい。

 反対にBだったらAに、という具合だ。

 これに対処するためには、自らの意思に反した行動をしなければならない。

 しかし戦いに慣れていれば慣れている者ほど、戦いの癖というのは抜けきらず、分かっていてもそういった行動が出来ない。


「てめえ……ヘンテコな武器を作りやがって……っ!」

「まあ、ヘンテコであることは否めないが……その剣の、斬れ味や耐久性は間違いなく一級品だ。上手く扱えれば、なかなかいい剣だと思うぞ?」


 もっとも、Bランク冒険者のギャレスに、その剣が扱えるとは到底思えなが。

 見ていられなくなったので、暴れるギャレスの手から剣を奪い取る。

 そしてを斬りつけようと剣を振るうが、意思に反して、その矛先はギャレスに向けられていた。


「さっさと俺の前からいなくなれ」


 剣はギャレスに当たる寸前で止まっている。


「俺のに手を出したら、次はタダじゃ置かねえぞ」

「……っ! ちくしょう。覚えてやがれよ!」


 ギャレスたちは完全に臆してしまったのか、踵を返して急いでその場を走り去ってしまう。

 ヤツらがいなくなったのを見届け、俺はイヴの方を振り返る。


「ふう……面倒だったな。イヴ、大丈夫だったか?」

「う、うん! なんにも出来なくて、ごめんね。わたし……ああいう男の人にすごまれると、体が動かなくなるんだ」

「魔物相手だったら、あんなに勇敢に戦えるのに?」

「魔物は倒せるじゃん。ただナンパしてきた男を、斬りつけるわけにもいかないからな」

「違いない」


 笑いを零す。


「あっ……イヴのことをカノジョって言ってしまって、ごめんな。ああでも言わないと、引いてくれないと思ったから……」

「全然いいよ! それどころか、ロイクにカノジョって言われてちょっと嬉しかったし……」


 内股で両足をもじもじとするイヴ。


「それにしても、ロイクってそういう武器も作れるんだね。上手く扱えればいいものの、そうじゃなかったら相手を弱体化させる武器……ってことか。ロイクはなんでも作れて、ほんとにすごいよ!」

「うーん」


 褒めてくれたイヴには申し訳ないが、手放しに喜べない。


「こういう武器は滅多に作らないんだけどな。なんというか……だと思っているんだ」

「邪道?」

「ああ。武具というのは、人を幸せにしたり、大切な人を守るためにあると思う。この剣は使い手によっては別かもしれないが、人を不幸にし、大切な人を守れなくなる」


 これもカサンドラ師匠の教えだ。


 武具は人を不幸にするためにあってはならない──。


 もっとも現実問題、そういうわけにはいかないだろう。

 ほとんどの武具は戦いで使われ、勝者と敗者が存在し、敗者は不幸になる。

 だが、武具の『人を幸せにする』という大前提だけは忘れてはいけないと胸に誓っている。


「……今回はイヴが危害を加えられそうになって、カッとなってやってしまったが……今後はなるべく作らないようにしていきたい」

「ロイクはすごいだけじゃなく、ちゃんとした考えがあるんだね。ロイクみたいな人に作られたら、武器も喜ぶと思うよ」


 とイヴが微笑んだ。


「まあなんにせよ、イヴに怪我がなくてよかった。今度こそ帰るか」


 変な男に絡まれたが、目的のブツは手に入った。

 これで冒険者として恥ずかしくない武器を作ることが出来る。


 久しぶりに、ゆっくりと鍛冶師としての腕を振るえるのだ。

 最強の武器を作るぞ!

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