第16話 バカか!? お主は!(sideボンクナー)

 一方、ヴァイン武具屋では。


「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」


 ボンクナーが店の控え室で、頭を掻きむしっていた。


 ロイクを解雇したのち。

 ヴァイン武具屋の客足は信じられない速度で遠ざかっていた。

 今では一日中、客が来なかったことも珍しくない。


 最初、ボンクナーはゴールド商会から仕入れる武具に問題があると考えた。

 しかし、ゴールド商会の営業マンであるエリトにそのことを問いただすと、彼は真っ向から否定された。

 さらにそのことがエリトの上司にも伝わったらしく、ヴァイン武具屋にはレア度が高い商品が納品されなくなった。

 相場の五倍という値はやめたものの、一度客から失った信頼は簡単に取り戻せない。

 徐々にボンクナーは追い詰められていき、現在のような惨状になっているというわけである。


「バイトのヤツも、シフトを勝手にドタキャンしやがって……! 母が死んだ? これで死ぬのは何回目だ! 学がないヤツは、自分の言ったことも覚えていないのか!」


 もっとも、バイトが予定通り来ていたとしても、店内に客はゼロ。入ってくる商品もないし、掃除くらいしかやらせることはないのだが。


 なんとかこの窮地を脱しようと、ボンクナーが頭を悩ませていると、




「ほっほっほ。ボンクナーや、どうしたのじゃ? 店内に客がいないようじゃが、今日は閉店じゃったかのお?」




 控え室に一人の老人が入ってきた。

 ボンクナーはその老人を見て、動揺する。


「ド、ドッティお爺ちゃん!」


 ボンクナーがそう叫ぶと、老人──ドッティは笑顔で答えた。


 ドッティ。

 ヴァイン武具屋の前オーナーであり、ボンクナーの祖父にあたる人物である。

 現在はボンクナーに店を譲り、悠々自適な隠居生活をしている。


(オーナーが僕になってから、一度も店に顔を出さなかったっていうのに……今更なんの用だ?)


 怪しむが、それをおくびに出すわけにもいかない。


 ボンクナーは表情を取り繕って、こう問いかける。


「ひ、久しぶりだね。隠居生活はどうかな?」

「最高じゃな! この武具屋では、たんまりと稼がせてもらって貯金もあるからな。これもロイク君のおかげじゃ」


 愉快そうに言うドッティ。


「ボンクナーも、この店の経営は楽じゃろ? なにせロイク君の武具を店頭に出すだけで、飛ぶように売れる。その上、ボンクナーは幼い頃から優秀じゃったからな。さらにこの武具屋を発展させられるじゃろう」


 ドッティはボンクナーのことを溺愛していた。

 小さい頃から、欲しいものはなんでも買ってもらった。

 そのことはボンクナーも自覚していたため、ドッティを利用して甘い汁を吸わせてもらった。

 ゆえにヴァイン武具屋のオーナーが変わる際も、すんなりといったし、ドッティも彼を信頼して、特に口を挟んでこなかったわけである。


「じゃが……久しぶりにお主を見ると、顔色が悪いようじゃが? なにかあったのか?」

「い、いや、ちょっと体調を崩してしまってね。あっ、大したことないから心配しないでくれ」

「そうか、そうか。オーナーになってまだ日が浅いからのお。さすがのお主とて、体調を崩すか」


 ドッティはボンクナーの言葉を全面的に信じて、それ以上追及しようとはしてこなかった。


 だが、一転。

 ドッティはボンクナーから視線を外して、店内をきょろきょろと見渡し、


「そういえば、ロイク君はどこにいるのかのお? ロイク君にも挨拶をしたいんじゃが。工房かのお?」


 と質問した。


(ロイク……ロイク……お爺ちゃんはいつもこうだ。とはいえ、ロイクはもういないし……)


 隠す必要もない。自分は当然のことをやった。

 それに仮に隠したとしても、いずれバレることだ。

 ボンクナーはそう考え、こう口を動かす。


「ロイクならクビにしたよ」

「へ?」


 ドッティから間抜けな声が漏れる。


「あんな地味な鍛冶師、ヴァイン武具屋にはふさわしくないだろ? この武具屋は貴族ご用たちの店にしようと思うんだ。そのためにロイクは必要なかったんだ」


 今までボンクナーの意見に、一度も首を横に振らなかったドッティだ。今回も「お主が正しい」と肯定してくれると思った。


 しかしドッティは一頻り黙ったかと思うと、目をカッと見開き。


「お主はバカかあああああああああああ!」

「え?」


 掴みかからんばかりの勢いで迫ってきて、ドッティが怒声を上げる。


「ロイク君をクビにしたじゃと!? この武具屋はロイク君でもっていたようなものじゃぞ? そんな彼をクビにするなんて……バカか!? お主は!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 これだけ怒るドッティの姿を見るのは、ボンクナーですら初めてのことであった。

 混乱しながらも、こう反論する。


「あいつはただの鍛冶師だろ? それなのに、あいつで店がもっていた……ってどういうことだい? あっ、商品なら大丈夫だよ。ゴールド商会から仕入れているから」

「ゴールド商会? あんなもの、戦いでは使い物にならない武具を、高額で売りつける詐欺師のような集団ではないか! ロイク君の足元にも及ばない!」


 どういうことだ……?


 ボンクナーが二の句を継げないでいる間に、ドッティは深い溜め息を吐いた。


「……ロイク君は今どこにいる?」

「さあね。野垂れ死んでるんじゃないか? 無一文で放り出したからね」

「クビにするだけではなく、その後の処理もお粗末とは……とことん、お主はバカじゃな」


 怒りを通り越して、呆れの感情が湧いてきたのか。

 ドッティはボンクナーに蔑むような視線を向ける。


「優秀な鍛冶師をクビにした、という話だけなら儂もそこまで怒らぬ。お主はとんでもないことをしたのだ」

「どういう意味だ?」

「ロイク君の鍛冶師の師匠は、儂の命の恩人でな。はロイク君のことを厳しく躾ながらも、溺愛しておった。それなのに、儂の孫がロイク君をクビにしたと聞いたら……果たして、どれだけ怒るだろうか」


 ぶるっとドッティは小さく震える。


「ロイク君のいる場所を突き止め、戻ってきてくれと懇願しても無理じゃろう。そうと分かれば、儂は早く身を隠さねばならぬ。彼女がこの現状に気付く前に……な」

「ま、待ってくれ。彼女っていうのは誰なんなんだ? そもそもロイクはここに来る前、なにをして──」

「さらばじゃ。もう二度とここに来ることはないじゃろう」


 ボンクナーが呼び止めるが、ドッティは足早に店を後にしてしまった。


「なんでなんだ……客足が遠のいているだけではなく、ゴールド商会にも見放された。それにドッティお爺ちゃんの、あの怖がりようは……? タダモノじゃないぞ」


 ドッティはよくも悪くも楽観主義である。ボンクナーがなにかをやらかしても、今まで笑って済ませてきた。


 それなのに、先ほどのドッティの反応である。

 ボンクナーの心に、一抹の不安が生まれた。


「い、いや! 考えすぎだ! たかが鍛冶師の師匠が、僕にどうこう出来るはずがない!」


 残念ながら、ドッティの楽観主義はボンクナーにも受け継がれていたのである。



 ゆえに彼は最悪のカードを引く。

 もしこの時、急いで店を閉めて、遠くまで逃げていれば結末は違ったのかもしれないのに──。

 愚かなボンクナーでは、破滅的な未来が分からなかった。

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