第15話 鍛冶師は初めて依頼を達成する

 アルヴァの洞窟を出た俺たちは、依頼達成を告げるために、冒険者ギルドに向かった。


「ロイクさん」


 受付に行くと、冒険者登録の際にもお世話になったリリさんが、俺たちの対応をしてくれることになった。


「早いですね。もう依頼が終わったんですか?」

「ああ。果たして、ギルドが納得してくれる結果になっているのかは不明だけどな」


 肩をすくめる。


「ふっふっふ。リリさん、驚かないでくださいね? ロイクさん、すごかったんですから」


 含み笑いをするイヴ。

 彼女の楽しそうな様子を見て、リリさんは不思議そうに首を傾げた。


「確か、イヴさんたちの依頼は素材採取ですよね。ロイクさんの実力を思ったら、簡単な依頼だったと思いますが……採取してきた依頼を確認させてもらっていいですか?」

「これだ」


 俺は無限収納袋から、アルヴァの洞窟で取ってきた鉄や銅、アメジストといった素材を出していく。


「これはなかなか……」


 次々と出されていく素材を、リリさんが興味深そうに見る。


「まだまだあるぞ。あとはこれと……」


 ポイポイ。


「え……っ!」


 徐々にリリさんの目が見開いていく。


「さらに……」


 ドサドサ。


 一つずつ出すのが面倒くさくなったので、まとめて受付テーブルにぶちまけた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 しかしテーブルに載りきらないほどの素材を出し終わった時、リリさんからストップがかかる。


「ヤ、ヤバすぎませんか!?」


 リリさんが声を荒らげる。


 ヤバいか……。

 そうか、やっぱり……。


「ダメだったか」

「え?」


 肩を落とすと、リリさんが首を傾げた。


「素材の質が悪いということだよな? 数も少ない。まだ半分くらいしか出していないが……この調子だと期待出来ないということだろう。時間を取らせて、すまなかった。すぐにもう一度アルヴァの洞窟に行って──」

「逆ですよ! すごすぎてヤバいと言ったんですよ!」


 踵を返そうとする俺を、リリさんは慌てて止めてきた。


「これでよかったのか?」

「はい! 十分です! そもそも依頼達成のために必要な素材は、十個ほどですよ!? なんでこんなに多いんですか! しかもまだ半分くらいって言ってるし……」


 よかった。

 ここに来るまでもずっと不安ではあったが、どうやらリリさんを満足させる程度の結果は出せたらしい。


「だから言ったじゃん」

「まだ私たちの言うことを、信じていなかったのか」

「なかなか常識を覚えてくれませんね」


 イヴとヘレナ、エミリアが揃って俺にジト目を向ける。


 別に彼女たちを疑っていたわけではない。

 だが……この程度の素材なら、一万個取ってようやく一人前っていう教育がな……。

 カサンドラ師匠なら、五分でこれくらい集めていたし。

 いかに、あの師匠たちがヤバかったのかを実感した。


 テーブルに載せられた素材を、リリさんは次から次へと処理していく。取ってきた素材を全て出し終わった頃には、三十分が経過した。


 その間。



「おい……あいつらって『不滅の翼』だよな。Aランク冒険者パーティーの」

「ああ。最近新人を入れたと聞いたが、あいつヤバすぎないか? なんであんなに素材を取ってきてやがる。素材採取だけが、異常に得意だったのか?」

「いや待て。あいつ、魔力測定で水晶を割ったり、実技試験ではあのヴィオラが負けを認めたって言ってたぞ」

「マ、マジかよ!? ヴィオラって、あのソロでやってるAランク冒険者だよな? 俺の時も試験官をやってくれたが、手も足でも出なかったぞ」

「しかも女のパーティーに、唯一の男か……ちくしょー! 羨ましいぜ!」



 ギルド内にいる冒険者たちが、俺を見てコソコソと話をしていた。

 どうやら、新人冒険者である俺の噂は、既に冒険者の間で広まっているらしい。

 大半は好意的な意見だったので、特に気にする必要はないだろう。

 まあ、中には関係のない私怨が混じっているような気もしたが……。


「はあっ、はあっ、ロイクさん。ほんと、あなたはすごいですね」


 俺たちが取ってきた素材の確認作業をしていたリリさんは、お疲れのよう。肩を上下に揺らす。


「まあ、素材採取は鍛冶師の得意分野だったからな。たまたま依頼の内容がよかっただけとも言える。この程度、鍛冶師なら誰でも出来るよ」

「「「出来ない!」」」


 俺としては当然のことを言ったつもりだが、イヴたちがお馴染みのツッコミが入った。


「ロイクさんには、ゆっくり常識を覚えてもらうとして……」


 苦笑しながら、リリさんはテーブルにどさっと袋を置く。


「こちらが報酬金です。依頼達成の分と、鉱石素材の換金の分が入っております。ご確認くださいませ」


 と俺に確認を促してきた。

 袋の中身を確認すると、そこにはぎっしりと金貨が積められている。


「こんなにもらっていいのか……?」

「もちろんです! ロイクさん、大活躍なんですから! なんなら、あなたの実力を考えれば、まだ少ないくらいです。あなたには、ギルドとしても期待しているんですから!」


 間違いがあるんじゃないかと思って恐る恐る問いかけてみると、リリさんからは元気な返事があった。


「ふふんっ、うちのロイクはすごいんだから。このパーティーのエースだもんね♪」


 イヴは自分のことのように嬉しそうである。


 エースと言ってもらうのは嬉しいが、やめてくれ。俺はまだ、冒険者としては駆け出しの身なんだ。


「あっ、そうそう。リリさんにはまだ見てほしいものがあって……」

「はい?」


 目をクリクリとさせるリリさん。

 俺は無限収納袋から、アルヴァの洞窟で遭遇した魔妖精を出した。


『──ぷっはー! おい! 魔妖精である我を、こんな狭いところに閉じ込めおって! ジメジメしてて、もう少しで吐きそうだったぞ!』


 魔妖精が無限収納袋から顔を出すなり、俺に避難の声を上げた。

 普通に連れてくるのもどうかと思ったので、袋の中に入れていたが……どうやらダメだったらしい。

 無限にものが入るとはいえ、中を汚されるのはなんか抵抗があるし、今度からはやめておこう。


「ね、猫が喋った!?」


 魔妖精を前にして、リリさんが驚きの声を上げる。


「いや、こいつは魔妖精のケットシーらしい。実は……」



 俺は洞窟内で起こったことを、リリさんに説明する。



「そんなことが……」


 するとリリさんは神妙な顔つきになって。


「分かりました。ロイクさんからの情報はこの後、ギルド内でも精査いたします。それで魔妖精なんですが……ひとまず、ロイクさんの方で預かってもらうことは可能でしょうか?」

「俺がか?」

「はい。魔妖精なんてもの、ギルドでも保護したことがないんです。隷属の首輪がかけられているとはいえ、逃げ出す可能性があります。それならば、命令主であるロイクさんの手元に置いておく方が、一番安全かと思いまして」


 なるほど、合理的な理由だ。


「みんなはどう思う?」


 俺だけでは決められなかったので、後ろを向き、イヴたちに意見を求める。


「わたしは大丈夫! 魔妖精ちゃん、可愛いしね」

「私もリーダーとロイクが言うなら、問題ない」


 イヴとヘレナは即答し、


「魔妖精を飼うとするなら、名前を決めなければなりませんね。どんな名前がいいでしょうか?」


 エミリアにいたっては腕を組んで、能天気に魔妖精の名前を考えていた。


 まあ……なんにせよ当面の間、魔妖精を預かる一件については問題なさそうだ。


「分かった。俺の方で預かっておくよ」

「助かります!」

『我は賛成したわけではないんじゃからな!? こんな化け物と一緒に暮らすなど──』

「うるさいから、ちょっと黙って」


 魔妖精はまだ不満がありそうだったが、俺が命令すると口を閉じた。


「ロイクさんはこの子の名前、なにがいいと思いますか?」

「そうだな。ケットシー……ケットシー……」


 俺は魔妖精の顔を見ながら、名前の候補を頭の中に列挙していく。


「……ケル、ってのはどうだ? 短くて呼びやすそうだし」

「ケルちゃんですね! 可愛い響きです!」

「わたしもいいと思う!」

「うむ」


 安易すぎるかとも思ったが、エミリアだけではなくイヴとヘレナも気に入ってくれたらしい。

 これからは、イヴたちだけではなく、魔妖精のケルと暮らすことにもなるのか。

 早いとこ、こいつには記憶を思い出してほしいものである。

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