第14話 鍛冶師は魔妖精を手なづける

「勝った」


 ふう……。

 一時はどうなることかと思ったが、なんとかなるものである。

 俺は一息吐き、肩に担いでいた武器を地面に下ろした。


「ちょ、ちょ、ちょっと! ゴーレム、しゅんって感じで消滅したよね!?」

「そうだな。なんか気になることでもあるのか?」

「そうじゃないけど……想像してたのと、違うっていうか……」


 腑に落ちないことを言うイヴ。


「見慣れない武器だが、それはなんなのだ?」


 ヘレナは地面に置いている武器に視線を移して、そう質問してくる。


「これは魔導砲だな」

「ま、魔導砲だと!?」


 驚きの声を上げるヘレナ。


「魔導砲というと、防衛基地の屋上などに取り付けられる兵器だ! 君は武器を作っていたのではないのか!?」

「あのままだと、大きすぎて使えないだろ。だから小型化した」

「小型化って、そんな簡単そうに……」


 ヘレナは口を半開きにし、唖然とした。


 魔導砲とはその名の通り、魔力を込めて大砲のような弾を発射し、相手を殲滅する武器である。


 しかし俺は前々から疑問だった。

 もっと小さくすれば、使い勝手がよくなるのでは? と。

 その結果が、今俺の目の前にある小型魔導砲である。


「もう慣れたつもりでしたが、相変わらずロイクさんは規格外ですね」

「……ってか、その魔導砲。鑑定したみたけど、レア度が9あるよ。レア度9って言ったら、国宝級だよ? これだけで死ぬまで遊んで暮らちゃう……」


 エミリアとイヴは、俺とヘレナが話している様子を眺めながら、そう言っていた。


「まあなんにせよ、これで俺たちの完全勝利だ。今度こそ帰ろう。この場所にはもう用がな──」


 と言葉を続けようとした時、視界の片隅でもぞもぞと動くなにかを見かけた。


「なにあれ!?」


 イヴもすぐに気が付く。


「ちっ──」


 舌打ちし、俺は駆け出してその動くなにかを捕まえる。


『ふにゅ!』


 首根っこを掴まれたそいつは、なにかが潰れたような声を上げた。


「なんだ、こりゃ。猫……?」


 そいつは一見、子猫のような見た目をしていた。

 黒い毛に覆われており、双眸そうぼうは青色をしている。


『くっ……逃げ遅れたか。こうなればもう情けは不要だ。殺せ!』

「喋った!?」


 つい慌ててしまう。


 都会の猫は喋るのか?

 それにしてもこいつ、聞いたことのあるような声な気が……。


「ゴーレムと同じ声をしていますね」


 エミリアが先に気が付く。


 そうだそうだ、さっきのゴーレムと同じ声だ。

 俺が猫らしき生き物を顔の前まで上げると、そいつは顔を怒りで染めて、こう口を動かした。


『貴様、本当に人間か? 人間の皮を被った悪魔か?』

「悪魔だなんて失礼だな。俺は正真正銘、人間だ」

『だったら、我のゴーレムをどうしてあんな風に一発で片付けられる!? 魔族でも出来るヤツはなかなかいないぞ!』


 混乱しているのか、声を荒らげる猫らしき生き物。

 先ほどの出来事は、こいつにとって相当衝撃的なことらしかった。


「ってか、お前は誰なんだ? 喋るつもりがなかったらいいが……その場合は少々怖い目を見てもらうぞ」

『待て待て! 話す! 我は魔妖精じゃ! 一般的にはケットシーとも呼ばれておる。じゃから、そうして手荒な真似をするではない!』


 俺の脅しに、そいつはあっさりと口を割った。


「魔妖精?」


 聞き慣れない単語だったので、俺はイヴたちに答えを求める。


「魔妖精というのは、妖精の中でも特に魔力が高い妖精のことですね」


 するとこのパーティーで最も頭がよさそうな、エミリアが教えてくれる。


 ふむふむ。

 こいつ──魔妖精の言っていることをまとめると──つまり、先ほどのゴーレムはその魔妖精が操っていたもの。中に入っていたのかもしれない。

 しかし核ごと壊され、ゴーレムは消滅した。

 魔妖精はその騒ぎに乗じて逃げようとしたが、俺たちに捕えられた……というわけだ。


「なんで俺たちを襲ったんだ?」

『ゴーレムなんてものを手に入れたから、試してみたかっただけだ。面白そうな玩具があったら、使ってみたくなるのはしょうがないじゃろ?』

「そのせいで俺らは死にかけたけどな」

『ぐぬぬ』


 ぐうの音も出ないのか、魔妖精から反論はない。


『頼む! 許してくれ! あのゴーレムに憑依した瞬間、まるで誰かに操られているようじゃったんだ。我自身、貴様らを傷つけるつもりはなかった!だから……』

「って言ってるけど、三人はどうするべきだと思う?」


 自分ではどうしていいか測りかねていたので、三人の意見を聞く。


「うーん、見逃してもいいんじゃないかな? なんか事情もあるみたいだし」

「私は反対だな。ゴーレムがなくなったとはいえ、そいつがまた人を襲わないとも限らない」

「私は……みなさんの意見に沿います」


 三者三様の答え。

 はてはて……どうするべきやら。


「おい、お前。そもそもゴーレムはお前のものじゃなかったのか? 急に手に入ったようにも聞こえるが」

『その通りじゃ。我はある者から、ゴーレムを授けてもらった』

「ある者とは?」


 そう問いかけると、突如魔妖精は俯き、


『よく覚えておらぬのじゃ……よくよく考えれば、ゴーレムを持ってきた者の姿を認識してから、妙に頭がふわふわしよる。なにか、記憶阻害の魔法もかけられたのかもしれぬ……』


 と意味深なことを呟いた。


「覚えていない? 不思議なこともあるものだな」

「だが、そいつは嘘を吐いているようにも見えない。ゴーレムのような強大な兵器を用意出来る者だ。たとえ相手が魔妖精でも、記憶を消去──もしくは曖昧にする魔法をかけられたと言っても、不思議ではない」


 ヘレナも魔妖精の言葉の意味を、測りかねている。


「やっぱ気になるな。俺たちに悪意を抱いている者がいないとは限らない。せめて、こいつの記憶が戻るまでは保護したい」


 だが、元々は俺たちを襲った魔妖精だ。

 嘘を吐いていると思えないとはいえ、また俺たちに牙を剥くかもしれない。

 せめて、こいつの行動を制限出来るものがあったら……。


 ──あっ。


「ちょっと待ってくれ。いいものを思いついた。イヴ、こいつをちょっとの間捕まえておいてくれ」

「は、はい!」


 魔妖精をイヴに渡してから、俺は《鍛冶ハンマー》を再び召喚し、洞窟内で取った素材を元にあるものを作り出した。



 カンカンカンッ。



 あっという間に完成したのは、小さい魔妖精にも取り付けられる首輪であった。


『それは……?』

「まあ黙って、付けられてろ」


 首輪と付けるがその間、魔妖精は特に抵抗らしい抵抗はしなかった。


「……よし。これでこいつはもう俺の言いなりだ。今、お前に付けたものは隷属の首輪。結論が出るまでの間、お前をしばらくこちらで保護する」

『れ、隷属の首輪じゃと!? 魔妖精たる我にそのような仕打ちをしおったのか! そもそも、魔妖精を手なづけられる隷属の首輪など、存在するはずがない!』

「そうか? だったら試してみろよ。イヴ、そいつを離していいぞ」


 イヴに指示を出すと、彼女は少し躊躇しながらも、恐る恐る魔妖精を地面に置いた。

 魔妖精はまだ警戒しているのか、きょろきょろと辺りを見渡すばかりで、すぐに行動に移さない。


 しかし、やがて。


『くっ……! 隷属の首輪を付けられるなど、魔妖精として最大の屈辱! 気が変わった。貴様らと付き合ってられるか──』

「待て。な」


 駆け出そうとする魔妖精に、俺はする。

 しかし魔妖精は命令を無視し、俺たちから離れようとする。

 その時であった。



 ビリビリビリッ!



『あびゃびゃびゃびゃびゃ!』


 まるで雷に撃たれたかのように、魔妖精が震える。

 毛が焦げた煙を所々から出し、魔妖精はその場でぐったりと地面に倒れた。


「どうだ? 分かったか」

『……はい』


 魔妖精の首根っこを再び掴み上げると、そいつからは意気消沈した声が発せられた。


「とにかく、隷属の首輪が付けられている限り、こいつから俺たちに攻撃を仕掛けてくる心配はない。こいつは一旦ギルドに持ち帰り、そこで判断を仰ぐ。……ってことで、三人ともいいか?」

「うん! もちろんだよ!」

「普通、隷属の首輪といったら犬や猫に付けるものなのだが……魔妖精をも従わせる首輪を、あっさりと作ってしまうとはな」

「ロイクさん、なんでもありになってきましたね」


 三人も一様に頷いてくれ、俺たちはようやくアルヴァの洞窟を後にするのであった。

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