第11話 そんな武具、ありませんよ(sideボンクナー)
ロイクが王都で『不滅の翼』に入り、新しい生活の一歩目を踏み出している頃。
「おかしい……なんで、こんなことになってるんだ……」
ヴァイン武具屋のオーナー。
ボンクナーは店内の控室で、頭を抱えていた。
「
ボンクナーの言う『あれ』とは、客からクレームが殺到し、返金に応じざるを得なかった一件である。
ロイクが作ったゴミ同然の武具は捨て、ゴールド商会の高貴な武具に全て入れ替えた。
バカな田舎者には、相場の五倍以上の値段で売っても、バレないだろう。
結果的にヴァイン武具屋は繁盛する。
それがボンクナーの計画であった。
しかしあの一件から、『ヴァイン武具屋はぼったくり』というあらぬ噂が村中に広がった。
ただでさえ狭い村である。あっという間に、ヴァイン武具屋の悪評は皆の知れ渡ることになった。
今では遠方から来た客が、ちらほら来るのみである。
「だが、このままではそれも直に少なくなっていく。手遅れになる前に、次の施策を打たなければ……」
──とっくに手遅れになっているのだが、愚かなボンクナーは気付かない。
ボンクナーが頭を悩ませていると、店員の一人がノックもなしに入ってくる。
「オーナ〜、ちょっといいっすか〜?」
肌が浅黒く、勤務中だというのにピアスを付けているいかにもチャラい男である。
商品さえよければ、接客をする店員は誰でもいいだろう──そう考えたボンクナーは既存の従業員を解雇し、低賃金で働かすことが出来る人間に変えていたのだ。
「おい……! 控室に入ってくる時は、ノックをしろとあれほど言っているだろうに! 貴様には少し前に言ったことも覚えていないのか?」
「ええ〜、堅苦っしいっすよ、オーナー。それって、パワハラっすよ? 時代は褒めて伸ばす上司っす。そんな怒ってばっかじゃ、部下は付いてこないっすよ〜?」
叱るボンクナーではあるが、店員の心には響かなかったようである。
(くそ……っ! 店員の質を落とすのも考えものだな。客が来ないのも、こいつのせいなんじゃないか? 他の奴隷が見つかったら、こいつなんて即刻クビにしてやる……!)
ボンクナーは内心憤慨するが、今こいつに辞めてもらっては困ると考え、深呼吸をして怒りを鎮める。
「……まあいい。それでなんの用だ」
「今日も暇だなって思ったんす。今のところ、一人も客が来てないっすよ?この店、潰れるんじゃないっすか?」
神経を逆撫でするようなことを、店員は笑って言う。
「黙れ。潰れるわけがないだろう。僕がオーナーなんだぞ? 今日はたまたま暇なだけだ」
「それだったら、いいんっすけどね〜。オレっちとしては、給料さえ払ってくれればいいっすし」
「だったら、さっさとここから出ていけ!」
「は〜い」
緊張感のない声で店員は返事をし、控室から出ていく。
彼がいなくなった瞬間、ボンクナーはテーブルに拳を落とした。
「くそっ、くそっ、くそっ! なにがダメなんだ! みんな、商品も店員も質が下がったと言う!」
頭を掻きむしるが、怒りは治らなかった。
次にボンクナーは貧乏ゆすりをしながら、腕時計で時間を確認する。
「……そろそろゴールド商会の営業マンが来る時間だな」
客からクレームを受けて、ボンクナーは真っ先にゴールド商会と連絡を取った。
無論、ゴールド商会のような貴族ご用たちの商会は、田舎にはない。
ここに来るまでにタイムラグがあった。
そしてとうとう今日、ゴールド商会の営業マンとの約束の時間が訪れようとしているのである。
「ゴールド商会め……っ! 文句を言ってやる! 僕を下に見て、不良品を押し付けたんじゃないか……と」
ボンクナーがぶつぶつ呟いている時であった。
「ボンクナー様、お久しぶりです。話があると聞きましたが……どのようなご用でしょうか」
来た。
ぴしっと正装を着た男。
彼はゴールド紹介の営業マン、エリトだ。
先ほどの学がない店員とは違い、エリトはちゃんとノックをし、ボンクナーの前でも丁寧な言葉遣いだ。
しかしボンクナーの怒りは治らない。
「おい、貴様……! やってくれたな!」
「……といいますと?」
「僕を田舎者だと見くびって、不良品を売りつけたんだろう! あれから客からクレームの嵐だ! どうしてくれる!」
ボンクナーは怒声を張り上げるが、エリトはなにやなにやら分かっていなさそう。
「はて……? 不良品ですか? ボンクナー様は大量に武具を仕入れてくれるお得意様です。そんなことは有り得ませんが……」
「だったら、これはなんだ!」
バンッ! とボンクナーは机の上にあるものを叩きつける。
それは客から返品された、ゴールド商会の剣だった。
「おお……丁寧に扱ってください。それ一つで庶民一年分の給与にはなるんですよ?」
「これが──というか、これだけでもないが──不良品だと言っているんだ」
「なにをおっしゃっているんですか? ダイヤモンドをしきつめた、美しい剣ではないですか」
うっとりとするエリト。
武器にも品というものがある。性能以上に、見た目の方が大事である。
そう考えるのはボンクナーもだったが、どれだけ美しくても、武器として
「うちに今まで置いていた剣と比べて、斬れ味がすこぶる悪いそうだ。これについてはどう説明する?」
「心外です。そちらの剣は見た目だけではなく、性能も最高品質です。C級の魔物くらいなら、難なく倒せますよ」
「C級だと……? たったそれだけか。クビにした
「はっはっは、ボンクナー様はご冗談も上手い。そんな武器、ありませんよ」
ボンクナーの言ったことを信じていないのか、エリトは一笑する。
(なんだと……?)
しかしエリトの反応とは対照的に、ボンクナーは混乱していた。
(どういうことだ……? 落ちこぼれの鍛冶師でも、それくらいなら作れると聞いていた。だからといって、こいつが嘘を吐いているようにも思えないし……)
不運なことに──ボンクナーはヴァイン武具屋しか知らなかったため、ロイクの作る武器が
ある意味ではボンクナーも、超チート級のロイクによって認識を歪められた被害者とも言えるのだが、知る機会は星の数ほどあった。
真実を見ようとせず、都合のいいものばかりを見続けたボンクナーの自業自得である。
「待て待て。だったら、どんな攻撃も弾き返す盾は? 身につけるだけで、瀕死寸前からでも回復するアクセサリーは? 前の鍛冶師は簡単に作っていたぞ」
「ボンクナー様……夢でも見られました? そんな鍛冶師なんていません。いるとするなら、元SSSランク冒険者パーティーにいたと言われる【創造神】様くらいです」
ぐにゃあ。
目の前が歪み、ここにいることすらも曖昧になっていく感覚をボンクナーは抱いた。
「話はそれだけですかね? 勘違いかもしれませんが、ゴールド商会の商品を不良品だと言われて不快です。このことは本部に持ち帰らせていただきます」
「ま、待ってくれ! 話は……」
言いかけるが、ボンクナーの言葉を全て聞かずに、エリトは控室から出ていってしまった。
「どういうことだ……? もしかして、間違っていたのは僕の方で……」
しかしすぐにバカな考えを振り払う。
「そんなわけ、あるはずがない! そうだ! エリトがおかしいんだ! 僕は悪くない! 営業マンを変えてもらおう!」
すぐに気持ちを切り替えた。
──だが、これが悪手。
ここでボンクナーは考えをあらため、真っ当な商売に切り替えていれば、そこそこの生活は保障されたのかもしれない。
しかしその道は、ボンクナー自身が閉ざしてしまった。
ロイクが王都で幸せな生活を掴む一方、ボンクナーはさらに落ちぶれていくことになった。
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