第10話 鍛冶師は感動で泣く

 ヴィオラが途中でこれ以上戦えないことを告げたため、試験は中途半端なところで終わった。

 受付がある場所まで戻ってきて、イヴたちと試験の振り返りをする。


「結局、あいつの本気は見られなかったな」

「十分本気だったから!」


 イヴからツッコミが入る。


「途中で試験が終わったということは、合否はどうなるんだ? 仕切り直しになってしまうのか?」

「修練場の惨状を知って、もう誰も試験官をやりたがりませんよ。試験続行不可能です」

「だったら……」

「ロイクさんが心配する必要はないと思いますよ? ほら──」


 エミリアが俺から顔を逸らす。


 彼女が顔を向けた先には、受付のリリさんが戻ってくるところであった。

 リリさんの手元には、一枚の紙切れのようなものが握られている。


「はあっ、はあっ。すみません。修練場の後片付けをしていたら、時間がかかってしまいまして……はい! これがロイクさんの冒険者ライセンスです! ご確認ください!」


 そう言って、リリさんから俺は紙切れ──冒険者ライセンスを受け取る。

 固い材質で出来ている。名前の欄には『ロイク』。そして冒険者ランクの欄には『F』と記されていた。


「おお……! これが冒険者ライセンス!」


 感動し、マジマジと眺めてしまう。


「ということは、俺は無事に合格したということか」

「当然ですよ! だって、ヴィオラさんとの一騎打ちで圧勝だったんですよ!? そもそも勝つ必要もなかったんです。今、ギルド内はロイクさんの話題で持ちきりなんですから!」


 とリリさんが答えた。


「ロイクもFランクからスタートなのだな」


 俺の冒険者ライセンスを隣から覗き見て、ヘレナが口にする。


「はい。ロイクさんの実力は、B以上……いえ、Aランクは確実でしょう。実力を認められた者は、Eランク以上からスタートになることも珍しくないですしね。ただ……」

「ただ?」

「ロイクさんはんです。上層部の人に信じてもらえず、Fランクスタートいなってしまって……私の力不足です。すみません」


 しゅんと肩を落とすリリさん。


「謝る必要なんてないさ。それに……俺はFランクから少しずつ昇格していきたいんだ。いきなりAランクスタートと聞かされても、ピンとこないし」


 リリさんを慰めるように、肩をすくめて答える。


「まあ……『新人冒険者がいきなりAランク冒険者を、一撃で倒しました!』って言っても、普通は信じてもらえないよね。仕方ないか」


 イヴはそう口にはするものの、どこか納得のいかない表情だった。


「ヴィオラさんとの戦いでも思ったんですが、ロイクさん、本当にあれはただの木剣だったんですか? 実際はなにかしていたんじゃ……」

「なんの変哲もない木剣だ。間違いない」

「だったら、素の実力でどうしてあんなに強かったんですか?」


 エミリアが首を傾げる。


 ふむ……。


「俺が本当に強いかどうかは、ともかくとして──あれも鍛冶師の嗜みだ。鍛冶師には体力も必要だからな」


 これも、カサンドラ師匠の教えである。



『ロイク。どれだけ鍛冶師としての力を磨こうが、体力がなければ使い物にならない。貴重な素材を取るために、魔物と戦う必要もあるだろう。

 だから、鍛冶を徹底的に教えると同時に、必要のトレーニングを貴様に施す』



 ……と。

 そこから地獄の特訓の日々が始まったが、今思えばあれはあれで楽しかったな。


「だから、俺も人並みには戦える。もっとも、師匠たちに比べたら俺もまだまだだけどな。戦っているよりも、鍛冶をしている時の方が好きだ。エミリアたちの足を引っ張らない程度には、動けるつもりだよ」

「体力どうこうの範疇には収まらないと思いますが……」


 困ったように、頬に手を当てるエミリア。


「そういえば、ロイクって魔族の攻撃も普通に避けてたしね……あそこで気付くべきだったよ」

「見事な体術だった。私も見習わないといけないな」


 イヴとヘレナもそう口にする。


「え? 魔族?」


 リリさんが訳が分かっていないよう。


「ともあれ、俺も無事に冒険者になったんだ。早速、依頼を受けてみるか」


 ワクワク。

 これで俺も少しは師匠たちに追いつけたかな……?


 そう思っていると、


「ちょっと待ったー!」

「ど、どうしたんだ、イヴ。俺、なんか変なこと言ったか?」

「冒険者になったばかりで、いきなり依頼を受けようとする人はいないよ! 普通の人は、実技試験で体がバッキバッキになっているんだから!」

「そうなのか?」

「うん。それに……もっと大事なことがあるんだからね」


 イヴはそう口にすると、ヘレナとエミリアにも視線を移す。

 三人はニコニコと笑みを浮かべるだけで、『大事なこと』とやらの答えを言ってくれない。


「まあ、イヴがそう言うなら我慢するよ。仲間とはいえ、イヴたちは冒険者の先輩だからな。先輩の教えに刃向うつもりはない」

「うんうん、よく分かっているね」


 嬉しそうなイヴ。


「ってなわけで、リリさんもありがとね。わたしたちはもう行くよ」

「いえいえ、これが私の仕事ですから。これからの『不滅の翼』の活躍に、期待していますよ」


 リリさんがエールを送ってくれる。


 そういや……ヴィオラは大丈夫だろうか?

 あれから放心状態で体をゆすっても反応が返ってこなかたので、修練場に置きっぱなしになってしまったが。

 ……まあ、リリさんがなんとかしてくれるか。


 こうして、俺たちは冒険者ギルドを後にした。




 ◆ ◆


「ぜえっ、ぜえっ、酷い目に遭ったわ……」


 ロイクたちがギルドを去った後、ヴィオラが受付まで戻ってくる。


「あのロイクとかいう男、何者かしら。鍛冶師って嘘を吐いてたけど……もしかして、めちゃくちゃすごいんじゃ……」


 ロイクの強さを思い出しても、未だに信じられない。


(そうだ。きっと悪い夢を見ていたのよ。あんな、規格外の鍛冶師なんているわけがないんだから)


 ヴィオラはそう気持ちを切り替え、受付のリリに声をかける。


「リリ。私の鎧、受付で預かってるって聞いたけど?」

「は、はい! ロイクさんから預かっています。こちらです」


 そう言って、リリが鎧を渡してくる。



『まあ自分の体に合った装備品が、一番いいと思うが……』



 ロイクの言葉が思い起こされる。


(あいつの言う通りね。ああいう正論を言うところも、むかつくんだから……)


 しかし何故だろう。

 彼のことを考えると、胸がトクンと高鳴った。


 自分の気持ちに戸惑いながら、鎧を確認する。

 そしてすぐに気が付いた。


「え……光ってる」


 なにこれ、怖い。


「もしかしてこれって──聖装化している?」

「ロイクさんがお詫びにって言ってましたよ。って聖装化? そんなまさか……」

「間違いないわよ! あいつ、試験中もただの木剣を聖装化したのよ!? お詫びにって……嬉しいけど、やりすぎなのよおおおおおおお!」


 ヴィオラの声はギルド中に響き渡った。




 ◆ ◆


 ギルドを出たのち、俺がイヴたちに連れてこられた場所は、街中の飲み屋だ。

 騒がしくも賑やかで、自然と楽しい気持ちになれるような場所である。


「飯を食うのか?」

「はい! だって今日は、ロイクさんがわたしたちのパーティーに正式加入した記念すべき日ですよ?」

「無事に冒険者試験も突破したしな。まあ……壊れた盾を聖装化してから、試験に落ちるわけがないと思っていたが」

「だから、ロイクさんのために歓迎会です」


 なんと……!

 胸のところがジーンとくる。

 パーティーで唯一の男である俺を受け入れてくれただけではなく、親切にサポートもしてくれて……。

 極め付けはこの歓迎会だ。

 彼女の優しさに泣きそうになってしまった。


「みんな、ありがとう……! だが、無一文でヴァイン武具屋を放り出されたから、食事代を払えなくて──」

「そんなのいりませんよ! わたしたちの奢りです! 好きなだけ食べてくださいね!」


 至れり尽くせりである。

 これにもまた感動し、俺たち四人は同じ卓につく。まずは飲み物が運ばれてきて、四人揃ってジョッキを掲げた。



「「「「かんぱーい!」」」」



 歓迎会の始まりだ。


「あらためて、これからよろしくお願いしますね! ロイクさん!」

「あ、ああ……もちろんだ。俺の方こそ……」

「……!? ロイク、泣いているのか?」

「も、もしかして、違う店がよかったんでしょうか?」

「ち、違うんだ……嬉しくて……」


 しどろもどろになって答える。


 ヴァイン武具屋をクビにされて、どうなることかと思ったが、俺は素晴らしい仲間に巡り会えた。

 そう考えると、涙を堪えることで精一杯になるというものだ。


 今頃、ボンクナーはなにを──いや、あいつのことを考えるのはやめよう。こんな楽しい夜に、不快な気持ちになる必要はないんだから。


 歓迎会は夜更けまで続くのであった。

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