第9話 鍛冶師は鍛冶をしなくても超チート級
魔力測定も無事に合格し、次は実技試験となった。
実技試験が行われる修練場に着き、俺はイヴたちと共に試験官を待つことにした。
「魔力は
「大丈夫だってば!」
不安を吐露すると、イヴが励ましてくれる。
「デスベアとか魔族を倒したんだよ!? 冒険者試験なんて、余裕だから!」
「ちょっと大きい熊と街のチンピラを倒しただけだしなあ」
慢心はいけない。
俺って強いんじゃないか? と決めつけるのは早計だろう。あんなことで慢心していては、師匠たちに怒られてしまう。
油断せずにいかなければ。
「思っていたんだが、どうしてロイクはそこまで自信がないのだ?」
ヘレナが質問してくる。
「ロイクは今まで、田舎にいたからだよ。ずっと鍛冶師としての仕事をしてきたせいで、自分の強さが分かっていない。そうだよね?」
「イヴの言う通りだ」
それに俺を鍛えてくれた師匠たちは、もっと強かった。
鍛錬の日々は楽しくも、厳しい日々だったな……。
ウォーミングアップで毎日、百キロ走らされたのがつい昨日のことのよう。その上、ぶっ倒れるまで魔力を放出するのも当たり前だった。
……ぶるっ。
思い出したら、鳥肌が立ってきた。
化け物みたいに強かった師匠たちのことを思い出すと、とてもじゃないが、自分が強いとは思えない。
「それにしては、常識を知らなすぎだと思いますが……これからゆっくり勉強していけばいいでしょう。ロイクさん、私もお付き合いしますからね」
「エミリアもありがとう」
三人とも、本当にいい子だ。
そんなことを話していると、やがて修練場に一人の女性が現れた。
「あ」
その顔を見て、思わず俺は声を漏らしてしまう。
「お前は確か……Aランクの痴女!?」
「痴女じゃないわよ!」
と、現れるなり彼女──ヴィオラは声を張り上げる。
イヴたち『不滅の翼』のライバル(自称)で、俺が冒険者登録をしていた時に忠告してくれた優しい女の子だ。
あの時は物々しい鎧に身を包んでいたが、今は身軽な格好である。なんとなく、彼女にとって楽な格好のように思えた。
「受付に聞いていないのか? 鎧はどうした? まあ自分の体に合った装備品が、一番いいと思うが……」
「あとで取りにいくわよ。それに……あんたの『自分の体に合った装備品を』って言葉もちょ〜〜〜っとだけ一理あると思ったしね」
「うむ……考え直してくれてよかった。そっちの方が、ヴィオラに似合うと思うぞ」
「なっ──」
普通のことを言ったまでだったが、何故だかヴィオラは顔を真っ赤にする。
「あ、あんたに言われなくても分かってるわよ! いきなり口説かないで!」
別に口説いたつもりはないが……。
「まあいっか。ヴィオラはどうしてここに?」
「決まってるじゃない。この実技試験の試験官だからよ」
腰に手を当てて、胸を張るヴィオラ。
「ヴィオラちゃんが!?」
「ヴィオラちゃんって言うなし!」
イヴにお決まりのツッコミも忘れず、ヴィオラはこう口を動かす。
「さっきは不覚を取ったわ。だけど……私はまだ、あんたが冒険者にふさわしいとは思っていない」
鋭い視線で、俺を睨みつけるヴィオラ。
「だから、私が直々にあんたの実力を確かめてあげるってわけ。光栄に思いなさい」
「ああ。Aランクの痴──冒険者に試験官をやってもらうなんて、光栄だよ。胸を借りるつもりで行かせてもらう」
痴女──って言いかけたことに気付いたのか、ヴィオラの顔にますます怒気が孕む。
「普通、Aランクの人が試験官をやることなんてないのに……大丈夫かな……」
「イヴ、俺のことを心配してくれているのか?」
「いや、ロイクっていうよりヴィオラちゃんが心配というか……」
イヴから煮え切らない言葉が返ってくる。
「実技試験のルールは簡単。戦って、新人冒険者の力を確かめる。これを受け取りなさい」
そう言って、ヴィオラは持っていた二本の木剣のうち、一本を俺に放り投げる。
「使う武器はそれ」
「なるほど……大怪我をさせないための配慮か」
よかった。
これなら、思う存分に戦える。
「試験では、木剣しか使ったらダメなのか?」
「魔法が使えるなら使ってもいいわよ。それを見るための試験でもあるから」
だけど安心して──とヴィオラは続ける。
「それはあんただけのこと。私はこの木剣一本で戦うからね。全力でかかってきなさい」
ふふんっと鼻を鳴らすヴィオラ。
全力か……だったら、木剣を少し作り変えるか。
俺は《鍛冶ハンマー》を錬成して、木剣に打ち付ける。
すると木剣は白い光に包まれた。
「こっちは準備完了だ。いつでも試験を開始してくれて──」
「ちょ、ちょっと!」
戦いに気を研ぎ澄ましていると、ヴィオラが俺の木剣を見て、なにやら慌て出す。
「あ、あんた、今さっきなにをしたの!?」
「ん? 木剣を聖装化しただけだが?」
「聖装化!?」
「ああ。なんかダメだったか?」
首を傾げる。
「ああ……やっぱり、こうなっちゃったか」
「ヴィオラの身が心配だな」
「普通、そんな簡単に聖装化なんて出来ないんだけど……」
後ろでは試験の成り行きを見守る三人が、話をしていた。
「よし、今度こそ行くぞ!」
「ス、ストーーーーップ! それはダメ! やっぱり、あんたもその木剣だけで戦いなさい!」
木剣を構えようとすると、ヴィオラから「待った」がかかる。
「全力でよかったんじゃないか?」
「聖装化なんて、想定しているはずないでしょ! あんたの言ってることが本当だとも思えないけど、さっきのことがあるし念のため! 聖装化した木剣なんて使われたら、私に勝ち目はないわ!」
意見がコロコロと変わる少女である。
これに対して、イヴたちが「横暴だ!」「卑怯者!」などと野次を飛ばすが、ヴィオラは「うるさいわね!」と一蹴していた。
「まあ……別にいいけどよ。分かった。俺自身の剣術が、どこまで通用するか気になるしな」
そう言って、俺はもう一度木剣に《鍛冶ハンマー》を打ちつけて、聖装化を解く。
「これでいかせてもらう」
「い、意外と聞き分けがいいじゃない」
引きつった笑顔でヴィオラが答える。
「じゃあ、行くわよ。はあ──!」
気合いの一声と共に、ヴィオラが剣を上段に構える。
そのまま地面を蹴り、俺に接近する。間合いに入った瞬間、ヴィオラは剣を一閃、二閃──と合計四回斬りつけてきた。
「よっ、よっ、よっ、よっ」
それを俺は冷静に回避する。
「や、やるじゃない。まさか全部避けられるとは思っていなかったわ」
「ん、そうか? 驚かれることをやったつもりはないが……」
「さっきから、ずいぶんと煽ってくれるわね」
ヴィオラの眉間がピクピクと動く。
「いいわ。だったら、私も本気を出してあげる。怪我をしても知らないんだからね! 迸れ! 閃光覇王──」
ヴィオラがカッコいい技名(※俺評価)を叫びながら、再び攻撃を仕掛けようとしてくる。
だが──申し訳ないが──俺にはヴィオラの攻撃が、スローモーションにしか見えなかった。
もしかして、まだ手を抜いてくれているのか?
俺に怪我をさせない配慮かもしれないが、それは余計だ。俺は本気で彼女とぶつかってみたかったのだ。
ならば、無理矢理にでも本気を引き出してやる……!
木剣を両手で強く握る。そしてヴィオラの攻撃が当たるよりも早く、木剣を地面に叩きつけた。
ドゴォオオオオオオオン!
破裂音が響き渡り、砂埃が舞う。
「じ、じ、地面が……」
「どうだ? これで少しは本気を出してくれる気になったか?」
尻餅をつくヴィオラに、俺はニヤリと笑いかける。
彼女のすぐ近くの地面には、断裂が起こっていた。俺の木剣の一撃によって、地面が割れたのある。
「これでも本気を出してくれないようなら、二回三回と攻撃を繰り返すだけだ。さあ! 俺の全力を防いでくれ!」
再び強襲しようとすると──。
「こ、降参……です」
ヴィオラは地面に座り込んだまま、そう声を絞り出し。
半泣きで、両手を挙げたのであった。
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