第7話 冒険者にいちゃもんをつけられる鍛冶師
『不滅の翼』の正式メンバーになった俺は、手続きをするために冒険者ギルドに向かっていた。
「え!? だったら、本当にデスベアと魔族を一発で倒したというわけですか?」
街中を歩きながら、ここに来るまでの道中を詳しく説明すると、パーティーの治癒士であるエミリアがそう声を上げた。
「ああ」
「だが、魔族の体の多くは呪いで満たされているという。生半可な武器では、魔族に触れることすら叶わないのでは……?」
ヘレナも半信半疑といった感じだ。
「だから呪いを付与した武器を、即席で作ったわけだ。魔族の呪いを凌駕するほどのものをな」
「よかったら、見せてもらってもいいですか?」
エミリアの言葉に頷き、俺は巾着袋から木の棒(イヴいわく、正式名称は
するとエミリアとヘレナだけではなく、イヴも顔色を悪くして、
「うっ……濃密な呪いだ」
「見ているだけで、ふらふらしちゃう」
「わたしはこれで見るのが二度目だけど、この感覚には慣れないね」
気持ち悪そうに頭を抱えていた。
まあ呪いを前にすると、慣れていない人だったらこうなるのも仕方がないんだけどな。
これ以上、木の棒の呪いに晒されては可哀想なので、すぐに巾着袋に木の棒をしまった。
「それほどの武器です。即席で作ったというのもおかしいですが……さぞレア度が高い素材を使ったのでしょうか」
エミリアが質問する。
「ん? 木の棒と毒草だけだぞ」
「二つだけ!?」
「ああ。その二つさえあれば、何度でも同じものを作れる」
俺としては当たり前のことを言ったつもりだが、エミリアとヘレナも口をぽかーんと開けて唖然としていた。
「まあ、そういう反応になるよね。わたしもまだ夢なんじゃないかって思ってるし……」
そんな二人を見て、イヴは苦笑した。
どうやら俺の普通は普通じゃないらしい。
「というか、先ほど呪いの武器を出した袋も、もしや無限収納袋じゃないのか?」
次はヘレナからも質問が飛ぶ。
「そうらしいな。とはいえ、俺は師匠からもらった大切な巾着袋なだけだと思っていたんだが」
「なんででしょう……それだけでも驚くべきことなのに、聖装化と呪いの武器を見てしまったせいで、驚きが薄れてしまいます」
エミリアが溜め息を吐く。
そういう何気ない仕草も、清楚な彼女がすると一枚の絵画のように見えてくるから不思議なもんだと思った。
そんな話をしていると、無事に冒険者ギルドに到着。
俺たち四人は、受付テーブルの前に立った。
「あ。イヴさん、ヘレナさん、エミリアさん、こんにちは。依頼を受けにきたんですか?」
すると受付では、俺たちより少し大人な雰囲気の女の子が対応してくれた。
「ううん、今日は違うよ。パーティーに新メンバーを加えったくって」
「え!? 破竹の勢いでAランクパーティーになった『不滅の翼』に新しい人? 今まで数々の冒険者が『不滅の翼』に入りたいと言って、断り続けていたのに!?」
受付のお姉さんが驚きで声を大にする。
その瞬間、ギルドにいた他の人々が一斉に俺たちを見る。
「おい……『不滅の翼』が新メンバーだってよ」
「あの冴えない男がか?」
「なんであんなヤツを入れるんだ?」
みんなは遠巻きに俺たちを眺め、ヒソヒソと話をしていた。
「ちょっと気が変わってね。彼が新メンバーなんだけど……有望株なんだ──ロイク、この人は受付嬢をしているリリさん。ロイクが冒険者になったら、世話になることも多いと思うから、覚えておいてね」
「ロイクだ。よろしく頼む」
と俺はリリさんに名乗る。
「うーん……イヴさんたちが目を付けるほど、強そうには見えませんが……冒険者は見た目じゃないですよね。分かりました。冒険者の登録ために、まずはこちらの用紙にご記入をお願い出来ますか?」
リリさんはそう言いながら、一枚の紙を差し出してくる。
そこには名前を書く欄や、得意なこと。そして今までの経歴を記す欄があった。
どうやら経歴は無理して書かなくてもいいそうなのだが……別に隠す必要もない。正直に全ての項目にプロフィールを書き込んだ。
「え……鍛冶師?」
用紙を書き終えると、リリさんはぽかーんとした表情になる。
「恥ずかしながら、今までずっと鍛冶師をしていたんだ。だが、仕事をクビになって、心機一転して冒険者になりたいと考えた。ダメか?」
「ダメではありませんが……鍛冶師なら、もっと他にいい職業があると思うのですが? この街には商業ギルドもありますし」
「俺に鍛冶師のイロハを教えてくれた師匠は、冒険者をしていたんだ。だから師匠たちのようになりたくて……」
まあ、リリさんがこういう反応になるのは仕方がない。
鍛冶師一筋だった男が「冒険者になりたい!」と言っても、通常は鼻で笑われるだけだろう。
それなのに俺のことを心配して、親身になって話を聞いてくれる彼女は優しいと感じた。
「だったら、いいんですが……分かりました。こちらで手続きを済ませます。ですが、冒険者になってもらうためには簡単な試験も必要で──」
とリリさんが言葉を続けようとすると、
「鍛冶師が冒険者? いつから『不滅の翼』は鍛冶師をパーティーに入れるようになったのよ」
突如、別の女の子の声が聞こえて、「待った」がかけられる。
「あっ、ヴィオラちゃん」
「友達みたいに呼ばないでって言ったじゃん!」
俺たちに話しかけてきた少女。
イヴに『ヴィオラちゃん』と呼ばれた少女はそう否定して、イヴにピシッと指を突きつける。
「あんたたちと私は宿命のライバル! 馴れ合う気なんてないんだから!」
ふむふむ。
ヴィオラは金色の髪をした、ツインテールの女の子だ。
歳は俺たちと同じくらい。可愛らしい顔立ちをしているが、無骨な鎧を全身に身につけているため、ちぐはぐさを感じた。
「こいつはなんだ?」
「私たちと同じAランクの冒険者だ。私たちをライバル視して、ことあるごとに因縁をつけてくれる」
「悪い子じゃないんですが、ちょっと早とちりするところがあって……」
俺の質問に、ヘレナとエミリアがそう答えてくれた。
こうしてい間にも、全身鎧の少女──ヴィオラはずんずんと大股で歩き、俺の真正面で立ち止まった。
「冴えない顔をしているわね。鍛冶師って聞こえてきたけど……もしかして、戦いに自信があったり?」
「いや──戦いは
「はっ!」
正直に言うと、ヴィオラは一笑し、
「悪いことを言わないわ! 冒険者なんてやめておきなさい! 冒険者は危険な仕事。怪我をするだけならともかく、最悪死に至るわ。鍛冶師は鍛冶師らしく、武具でも作っておきなさい! 私が身につけている鎧みたいな立派なものを……ね」
と胸を叩いた。
そうすることによってバランスが崩れたのか、ヴィオラの体が一瞬ふたるく。
そんなにでかい鎧を身につけているからだ。
彼女自身も、装備品を上手く扱えていないように見えた。
「おいおい、ずいぶんと重そうだな。自分の体に合ってないんじゃないか?」
「……っ! あんたに言われる筋合いはないわよ!」
図星だったのだろうか、ヴィオラは怒ったような表情になってぷいっと顔を背けた。
ふむ……。
わざわざ冒険者の先輩として、忠告してくれるくらいだ。このヴィオラという少女も、優しい子なんだろう。
だが、彼女の鎧のことが気になってまともに話に集中しきれなかった。
「……そんなに私のこの素晴らしい鎧が気になるのかしら」
それに気付いたのか、ヴィオラがジト目で俺を見る。
「いいわ。だったら、この鎧に傷一つ付けてみなさい。そうすれば、あんたが冒険者になることを認めてあげる」
「ええええ!? なんでヴィオラちゃんに、そんなことを言われないといけないの?」
「だから、ヴィオラ
すかさずイヴが止めにかかるが、ヴィオラが彼女の手を振り払う。
「『不滅の翼』が変なメンバーを入れて、宿命のライバルが落ちぶれていくのが嫌なのよ。基本的にSランクパーティーになるためには、メンバー全員がSランクになる必要があるでしょ? たかが鍛冶師を入れたら、あんたたちの目標も遠ざかるわ」
「部外者だっていうのに、ずいぶんと俺たちのことを心配してくれているんだな」
そう言うと、ヴィオラにとっては意に沿わないものだったのか、キリッと鋭い視線で睨まれた。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくらAランク冒険者のヴィオラさんでも、勝手な真似は──」
「リリも黙って見ておきなさい!」
ヴィオラは、受付のリリさんを鋭い視線で睨みつける。
「それに……大丈夫よ。別に私から攻撃を加えるつもりはないし、こいつが一人であたふたするだけでしょうから」
受付のリリさんの言葉も、ヴィオラはニヤリと笑って受け流す。
「まあ……これからは同じ冒険者同士だ。先輩の言うことは、俺だって聞くべきだと思う」
「殊勝な心がけね」
「しかし戦いでもないのに、君の大切な鎧に傷を付けるのはな……他に条件はないのか?」
「だったら、脱がしでもなんでもしたらいいわよ。もっとも、私もそうされないように動くから、あんたは指一本触れることすら出来ないと思うけどね」
脱がす……か。それだったら俺にも出来そうだ。
俺は右手に《鍛冶ハンマー》を持ち、彼女を見据える。
《鍛冶ハンマー》は作ったり修理するだけではなく、相手の武装を解除することが出来る。
つまり簡単に、彼女の鎧を脱がせることが出来るわけだ。
「へえ、鍛冶師のくせになかなか魔法が上手いじゃない。そのハンマーで私を攻撃するつもり?」
ヴィオラは不適な笑みを浮かべる。
「いつでもかかってきなさい。あんたの攻撃なんて、簡単に見切ってあげるわ」
「じゃあ遠慮せずに」
俺は一瞬でヴィオラの懐に入り込む。
「え?」
ヴィオラの気の抜けた声。
俺はそれを意に介さず、《鍛冶ハンマー》を彼女の鎧に叩きつけた。
「解体」
ピカーッ。
そんな感じで鎧が光ったかと思うと……。
「きゃーーーーー!」
──次の瞬間には、何故か下着姿のヴィオラが立っていた。
「ちょ……っ!」
これは予想だにしていなかったので、つい言葉に詰まってしまう。
「待て待て待て! なんでお前、鎧の下になにも身につけてなかったんだ!? 鎧を身にまとっていても、普通はその下に服を着るものだろうが!」
「う、うっさいわね! ただでさえ鎧が重くて暑いのに、服なんて着てたら余計に動けなくなるじゃない! それに人前で鎧を脱ぐことを想定していなかったから……」
──やっぱ、自分の体に合ってないじゃないか!
俺が慌てているうちに、ヴィオラは両腕で胸や下半身を隠す。
しかし存外に豊満な胸やお尻のせいで、ほとんど隠せていなかった。
「お、お、お……」
彼女は目にうっすらと涙を浮かべて、
「覚えておきなさーーーーーい!」
くるっと翻って、その場を走り去ってしまったのだった。
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