第6話 鍛冶師は壊れた盾を聖装化する
大森林を抜けた後、俺とイヴは馬車を乗り継いで──三日が経過。ようやく王都に到着した。
「ここが王都か!」
街並みを眺めて、俺は思わずそう声を上げてしまう。
王都は活気に満ちていた。
様々な種族が街中を歩いており、入り口から一目しただけでも露店が立ち並んでいる。
「ロイクは王都が初めてなの?」
「ああ。恥ずかしながら、今まで田舎から出たことがなかった」
どこが誇らしげに問うイヴに、俺は答える。
「師匠たちと暮らしている頃も、人里離れた山の中だったし……」
「別に恥ずかしいことじゃないよ。ここに来るまでも説明したけど、わたしたちの『不滅の翼』は王都を活動の拠点にしている。これからいくらでも王都を楽しめるよ」
街並みを一通り眺めた後、俺はイヴに連れられて、他のパーティーメンバーがいる場所まで移動する。
『不滅の翼』は家を一軒購入して、そこを活動の拠点しているらしいのだ。
「家を丸ごと購入するなんてすごいな」
「まあボロいけどね。だけど家賃を払い続けるよりは、いいと思って──っと、話してたら着いたね」
立ち止まる。
どんなボロ小屋だ……と思っていたが、彼女に案内された場所には立派な建物が建っていた。
二階建てのシンプルな造りである。
どこがボロいんだと思ったが、確かに周囲の建物よりは地味な印象を拭えない。
王都ではキレイな建物ばかりなのか? すごいな。
「じゃあ、入ろっか。他の二人とも、この建物の中にいるはずだから」
「ああ」
頷き、緊張しながら彼女の後に続いて、建物の中に足を踏み入れた。
「イヴ、戻ったか!」
「帰りが遅いから、心配していたんですよ」
中に入るなり、二人の女の子がイヴに駆け寄ってきた。
「はは、ごめんごめん。ちょっとトラブルがあってさ」
「トラブル? なにがあったんだ?」
「ちょっと途中でデスベアに出会して……」
「なにい!? デスベアだと! よく生きて帰ってこられたな! だからあれほど、一人で魔物狩りに出かけるのはやめろと言ったのに……」
「まあそのことは、後々説明するとして……今日は二人に紹介したい人がいるんだ」
ここでようやく、イヴ以外の女の子二人の視線が俺に向いた。
「その人でしょうか?」
清楚な雰囲気を漂わせる女性が首を傾げる。
「うん。ロイクっていうんだ。デスベアに襲われたわたしを助けてくれた人」
「ロイクだ。初めまして」
と俺は二人と握手を交わす。
「私はエミリアといいます。治癒士です」
エミリアと名乗った女の子と握手をする。
彼女は白くて清潔な服に身を包み、少しの汚れすらない。
「ヘレナだ。私はタンカーをしている」
お次はヘレナ。
こっちはエミリアとは対照的に、固そうな印象を受ける女の子だ。
穏やかなエミリアとは違い、俺を見る目つきも厳しいものだ。
よし……。
治癒士のエミリア。
覚えたぞ。
「で……イヴを助けてくれたと言っていたが、どうやってデスベアから逃げてきたんだ?」
「逃げてきたんじゃないよ。倒したんだよ」
「倒した……? イヴとロイク二人で?」
「うん。ってか、わたしはなにもしなかったけどね。実質、デスベアはロイク一人で倒してくれた」
「一人!?」
「しかも一発で」
「一発!?」
ヘレナが驚きで目を見開く。
「しかもそれだけじゃないよ。デスベアだけじゃなく、魔族もワンパンで倒したんだ」
「待て待て……そんなわけがなかろう」
ヘレナは混乱しているのか、手で自分の額を押さえる。
「とてもじゃないが、信じられない。デスベアだけならともかく、魔族なんてSランク冒険者でも倒せるか微妙だ。イヴ、夢でも見たのか……?」
「夢じゃないって!」
必死に否定するイヴ。
「そうなると、ロイクさんは有名な冒険者パーティーに入っているんでしょうか? ですが、ロイクという名前は聞いたことがありませんし……」
困ったように首を傾げるエミリア。
「信じられないかもしれないけど──ってか、わたしもまだ信じきれてないけど、ロイクは冒険者じゃないんだ。今まで鍛冶師として働いていたみたい」
「「鍛冶師!?」」
ヘレナとエミリアは声を揃える。
「まあ……驚くよね。ロイクは──」
イヴが簡単に俺の事情を説明してくれる。
「そうだったか……辛い思いをしたな」
「いきなり解雇だなんて、酷い人もいますね。そういう人にはいつかバチが当たるんですから!」
すると二人とも、俺の境遇に同情してくれた。
「いきなりの話で戸惑うと思う。だけどロイクの実力と人柄は、わたしが保証するよ。ロイクもこれから王都で冒険者を始めるつもりみたいだし、いっそのことわたしたちのパーティーに入ってもらおうかな……って。どうかな?」
二人に問いかけるイヴ。
一方、ヘレナとエミリアの反応は微妙なものだった。
「いや……デスベアや魔族をワンパンで倒したと聞かされて、信じられるわけがないだろう。イヴを助けてくれたというのには感謝するが、パーティー加入はまた別の話だ」
「私は反対ってほどじゃないですが、ロイクさんって男性ですよね? 女の子三人のパーティーの中に入るのは、ロイクさんもやりにくいんじゃ……」
二人の反応はおおよそ予想通りのものだった。
そりゃそうだよな……女の子三人でやってきたのに、今更男を加えると言っても抵抗があるのは仕方がない。
エミリアだってやんわりとは言っているが、俺の冒険者パーティー加入を渋っているようだ。
「うーん……どうやったら、ロイクの実力を信じてもらえるのか……ロイクの力を見てもらえれば、一発だと思うけど……」
イヴも俺と同じようなことを考えていたのか、頭を悩ます。
「ん……?」
そこで俺はとあるものが目に入った。
部屋の奥に、大きな盾が壁に立てかけられていたのだ。
「あの盾って、ここにいる誰かのものだよな?」
「私のものだ」
ヘレナが手を挙げる。
「説明したが、私はタンカーだからな。タンカーである私にとって、盾は命そのものだ」
「盾は命そのもの……か。その通りだな。しかしずいぶんと使い込んでいるようだな」
言い方は悪いかもしれないが、その盾はボロボロだった。
あれでは強い攻撃をまともに受けたら、すぐに壊れてしまうに違いない。
「ほお……一目見て分かったのか。デスベアや魔族をワンパンうんぬんはともかく、鍛冶師としての目は確かなもののようだな」
とヘレナは唸り。
「お察しの通り、あの盾の寿命は尽きようとしている。冒険者を始めた頃から使っていた盾だから、思い入れもあるのだが、あれではもう戦えない。とはいえ、他にいい盾もなかなか見つからないし……どうしようかと思っていたんだ」
思い入れがあるという言葉は本当なのだろう。
そう語るヘレナの表情は、悲痛なものだった。
「まあ武具は持ち物の分身みたいなところだからな。気持ちは分かる」
「君とは気が合いそうだな。まあだからといって、パーティーの加入を認めるわけにはいかないが!」
「手厳しいな」
苦笑する。
「だったら、お近付きの印であの盾を直してやる。そうしたら、少しはその態度を軟化してくれるか?」
そう言うと、ヘレナはきょとん顔。
「出来るのか?」
「言っただろ? 俺は鍛冶師だって。新しく武具を作るだけではなく、武具を修理するのも、鍛冶師の立派な仕事だ」
「それはそうだが……ここには道具もなにもないぞ?」
「わざわざ用意しなくてもいい」
と俺は手をかざし、《鍛冶ハンマー》を出現させる。
「魔族の時も思っていましたが、それはなんなんですか?」
一部始終を見守っていたイヴから質問が飛ぶ。
「これは《鍛冶ハンマー》。
「へえ〜、便利なんだね。そんなの使ってる鍛冶師は初めて見たよ」
「そうなのか? 《鍛冶ハンマー》は鍛冶師としての基本だと教えられたぞ」
「鍛冶師については詳しくないけど、これだけは言える。ロイクの言う基本って、基本じゃないから」
いまいち意味が分からないことを言う子だな。
「それで……ヘレナ。修理しても大丈夫か?」
「もちろんだ。どちらにせよ、修理しなければ処分するものだった。鍛冶師に修理してもらえるなら、私の方こそお願いしたい」
決まりだな。
俺はヘレナの盾に近付き、何度か《鍛冶ハンマー》を振るった。
カンカンッ。
そんな音がしたかと思うと、盾が眩いばかりの光に包まれる。その光がなくなった後、なんということでしょう──あれほどボロボロだった盾は新品同様に生まれ変わっていたのだ。
「終わった」
「早すぎないか!?」
ヘレナからツッコミが入る。
彼女は急いで、修理した盾を確認する。しばらくジロジロ眺めていたが、やがて。
「す、すごい……完璧に直っている。それどころか、元より頑丈になっているような……そうだ、イヴ。鑑定を使ってもらってもいいか?」
「う、うん!」
続けてイヴが盾のもとに駆け寄り、鑑定魔法を使った。
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『聖なる盾』レア度:8
聖装化によって神々の加護を受けた盾。その輝きはまるで天光のように眩く、あらゆる攻撃を無力化するとされる。
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「せ、聖装化しているんだけどおおおおおお!?」
「せ、聖装化だと!?」
イヴとヘレナが揃って驚く。
「やっぱりって感じだけど……まさかここまでだなんて」
「イヴさん! あなたの言っていることは本当ですか!? 聖装化なんて、協会の上位神職の方でも難しいんですよ? それが今の一瞬で……」
イヴとヘレナ、エミリアの三人は盾を囲んで、一様に驚いているようだった。
「えーっと……」
俺は頭を掻いて、質問する。
「それって、そんなにすごいことなのか?」
「「「は?」」」
三人の顔が一斉に俺に向く。
「聖装化っていう現象は知っている。聖なる力が武具にこもるんだろ? だけど武具を修理したら、聖装化するのは普通なんじゃ……」
「「「そんな普通は聞いたこないよ!(ない!)(ありませんわ!)」」」
三人から強いツッコミが入った。
イヴ一人だけでもビックリするくらい大きい声なのに、今回は三人同時だ。耳がキーンとする。
「それで……これでもダメか? やっぱり君たちの冒険者パーティーに入れてもらうことは……」
恐る恐る聞く。
とはいえ、ここで断られたとしても、当初の予定通り
冒険者として実績を積めば、もしかしたらヘレナとエミリアも俺を認めてくれるかもしれない。
ゆえに心に保険をかけたつもりだったが……。
「ぜひ! お願いする!」
「こっちから頭を下げるくらいです!」
一転。
ヘレナとエミリアはすごい勢いで、俺のパーティー加入を無事に認めてくれたのであった。
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