第4話 こんなはずじゃなかったのに(sideボンクナー)

 ロイクを解雇した日から、三日が経過したのち。

 ボンクナーは武具屋の店内で一人、祝杯を上げていた。


「ようやく、ロイクを追い出すことが出来た! ヤツがいなくなって、せいせいする!」


 ワインをぐいっとあおる。



 ──元々嫌だった。



 地味な武具ばかりを作るロイク。

 しかも値段も安く、利益率も低い。

 祖父から店を継ぐ前から、ボンクナーはロイクのことをずっとクビにしたかった。


 しかしなんでも、ロイクの師匠は祖父の恩人らしい。

 そのせいでオーナーの息子という立場ながらも、なかなかクビに出来なかった。


「しかしオーナーが僕に代わって、ようやく準備も整った」


 ニヤリとボンクナーは笑う。


「武具を作ることしか能がない、無能な鍛冶師。あんな学がない男は、ヴァイン武具屋にふさわしくない。ヴァイン武具屋は僕がオーナーになって、生まれ変わるんだ!」


 ボンクナーの目には、ヴァイン武具屋の輝かしい未来しか映っていなかった。


 彼が次のボトルに手を付けようとした時。



 ──カランカラン。



「ちっ……客か」


 舌打ちし、ボンクナーは入ってきた客に視線をやる。


「はーい、一体どのようなご用でしょうか?」

「ぶ、武器を売ってくれ!」


 店内に入ってきた客は薄汚く、明らかに見すぼらしい姿をしていた。

 ボンクナーの大嫌いな鼻をつくような汗臭さも感じる。


(冒険者か)


 客の前だというのに、ボンクナーは顔をしかめる。


 彼が大嫌いな冒険者。

 ヴァイン武具屋を自分の思い通りの店にするためには、客であるこいつらも排除しなければならない。


 だが、まだ改革は初期段階。ロイクもクビにしたばかりである。

 ゆえに環境が整うまでは、冒険者の入店も許しているし、オーナーのボンクナーが直々に店先に立っている。


(まあそれも最初だけだがな。軌道に乗ったら、こんなヤツは出禁にしてやる)


「店に入ってくるなら、もっと外見を整えてからにしろ。そんな汚い姿で来るのは、営業妨害だぞ。まあ今回だけは許してやるがな」

「す、すまない。緊急事態だったんだ」


 客の冒険者が一瞬「なんだこいつ」というような顔をしたが、ワインを飲んでほろ酔いのボンクナーは気付かない。


「実は……近くの大森林でデスベアを見かけたんだ。このままじゃ村まで入り込んでくるかもしれない。だから……もっと強い武器を買いたいと思って……」

「デスベア?」


 なんだ、その魔物は。

 魔物について詳しくないボンクナーは首をひねった。


「まあいっか。デスベアってのがなんなのか分からないが、武器なら売ってやるよ。これとかどうだ?」


 そう言って、ボンクナーが一本の剣を指し示す。


 見た目は豪奢で、強そうな剣だ。

 一見装飾品が多く、使いにくそうだが……装備品というのは見た目も重要。ゴールド商会から仕入れた武器である。


「ん? いつもとは違った様子の武器だな。なんというか……キラキラしてる。魔物を無駄に刺激してしまいそうだ」

「はああああ〜〜〜〜〜? お前にはこの武器の素晴らしさが分からないのかい? たかが冒険者風情が、僕の経営方針に文句をつけるな!」

「そ、そうだな。見た目に騙されてはいかん。値段は……」


 その剣の前に置かれた値札を見て、冒険者が目を見開く。


「な、なんでこんな値段がする!? 高すぎる!」

「バカか! 商品が違うなら、値段も変わるのが当然だろうに! それに今までのゴミみたいな武器とは、比べものにならないくらい性能もいいんだぞ!」


 憤るボンクナー。


 彼はゴールド商会から仕入れた武具を、相場の五倍の価格で売っていた。

 これも今後、貴族と取引することを見据えてだ。この値段で買わない者は、これから客だと見なすつもりはない。


 冒険者は「今までも十分性能がよかったが……」とぼそっと呟いてから、


「くっ……! 背に腹は代えていられないか。ここの武具の性能は信頼しているしな。分かった。購入させてもらう。色々言って、すまなかった」


 まだ文句がありそうながらも、ボンクナーが指し示した剣を購入し、店から出ていってしまった。


「はあ〜〜〜〜。これだから冒険者は嫌なんだ」


 ボンクナーは深い──ふか〜い溜め息を吐く。


 これが貴族相手なら、文句なんて言わないだろう。いいものならどんなに高くても買う。それが貴族というものだ。

 しかし今の冒険者は、まだ文句がありそうだった。これではボンクナーも気持ちのいい仕事が出来ない。


「やはり、早々に冒険者を排除しなければ……もういっそ店を閉めるか? だが、それで後からクレームをつけられたら面倒臭いし……」


 ボンクナーが悪態を吐いている時であった。



 ──カランカラン。



 再び別の客が入店してくる。


 しかし今度は一人ではない。複数人の冒険者らしき男たちが、傾れ込むように入ってきた。


「ああ、また面倒な……は〜い、ヴァイン武具屋です。悪いですが、今日はもう店じまいしようかと思って……」

「どういうことだ!」


 客たちは入ってくるなり、ものすごい剣幕でボンクナーに突っかかった。


「は?」

「ここで買った剣だが……見た目が立派なだけで、全然大したことないじゃないか! せっかく大枚叩いて買ったのに、どうしてくれる!」


 こいつはなにを言っている……?


 ボンクナーが彼の勢いに押されている最中も、他の客も次々とクレームを口にする。



「試し斬りしてみたら、いつもと斬れ味が全然違う!」

「ここの武具屋の噂を聞いて、わざわざ遠くから来たのに……期待はずれだ」

「話が違う! こんな不良品をぼったくり料金で売るなんて、とんだ悪徳武具屋だな!」



 という具合に。


 よく見たら全員、ロイクの作った武具を一掃してから、ゴールド商会のものを売った客……な気がする。


 いつものボンクナーなら「黙れ!」と一喝しているところだったが、なにせ相手は腕っぷしだけは強い冒険者。

 冒険者の気迫を前に、ボンクナーはあたふたしてしまう。


「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ? 不良品を売ったつもりはないぞ」

「だったら、どう説明してくれる! 見てみろ。この剣なんか根本からポッキリ折れている。一回使っただけだぜ? 不良品をわざと押し付けやがったのか!」


 ぶーぶー。

 ブーイングも巻き起こった。


「わ、分かった。今日のところは返金させてもらう。だから落ち着いて……」


 身の危険を感じたボンクナーは、咄嗟にそう口にした。

 客の冒険者たちは不承不承といった表情ながらも、彼の対応に納得し店を後にした。


「一体どういうことなんだ……?」


 店内に残っていた最後の客がいなくなった後、ボンクナーは呟く。


(今までとは違う? 不良品? そんなバカな。ロイクの作った武器を不良品扱いするなら分かる。しかしヤツらが持っていた武器は、全てゴールド商会から仕入れたものだぞ。有り得ない)


「ま、まあいいだろう。今日はたまたまだったんだ。明日になったら、あいつらもケロッとした顔をして、武具屋に来るに違いない」


 ボンクナーは自分の動揺を誤魔化すように、酒盛りを再開した。



 ──言わずもがなだが、ボンクナーが捨てたロイクの武具は、全て超チート級のものだった。

 そのため冒険者の間では、密かにここは『伝説の武具屋』として知れ渡っていた。


 だが、愚かなボンクナーはそれに気付かず、ロイクを切ってゴールド商会の仕入れた武器を売った。

 ゴールド商会の商品も決して悪くはない。

 しかしロイクの作る超チート級の武具とは比べものにならなかった。


 これをきっかけに、彼がいなくなったヴァイン武具屋はすさまじい速度で没落していくことになるのだが……まだ少し先の話である。





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